夢k

夢k-1

「……きろ! ……起きろ!」


誰かに肩を乱暴に揺すられ起こされている。誰だ? 意識がボーっとする。


「起きてくれ! タツヤ!」


この声はマスターか、あれ? 俺は番犬のねぐら亭で寝てたはず……


「ああ、マスターおはよう、どうしたんだ? 宿にまで押しかけて」

「起きたか。外が大変なんだ。防衛は有志から募るが今回はそれじゃ間に合わん。敵に多数の【ガーゴイル】が混ざって来やがった。とてもじゃないが手が足りん。今回は手伝ってくれ。もう冒険者のほとんどが向かった。クルスもさっき起きて走って向かった。頼むぞ」


 マスターが出て行くと、俺は装備を急いで装着しながら考える。そうか封印解除と襲撃がやはり重なったか。もうニジエ達は闘っているのだろう。いけない、狙いはルンレストじゃない。来栖先輩だ。こうしてはいられない、急がないと。

 宿を飛び出して門へ走る。既に門は閉じられていた。大声で叫ぶ。


「俺はケルベロス退治のタツヤだ! このルンレスト防衛の為、闘いにきた。門をあけてくれ」


 それを聞くと門番達は人1人通れる程度に門を開ける。急いで門をくぐるとすぐ閉じられた。剣を抜き、すぐに振るう。ウェアウルフが2匹倒れる。なんだこれは。聞きなれた声が耳に入る。


「右翼、来栖に続いて倒して、左翼は薄目で耐えられる。魔術師は門に防壁をかけ続けて」


 新堂の指揮の声だ。俺はすぐに門を離れると、来栖先輩のいる右翼側に敵を斬りながら走る。今度は声をかけられる。


「陽菜、来たわね。右翼側に敵が密集してるから、来栖と一緒に闘って。敵にはガーゴイルが混ざってる。爬虫類みたいに見えるけど岩で出来てるモンスターだから気をつけて」


 低空飛行でこちらに向かってくるのはそれか、城壁を飛び越える程の高さが出ないのは自重が重いからか。来栖先輩先輩の元に急ぐ。見えた。あの長大な剣は間違いない。近づき叫ぶ。


「敵の狙いは来栖先輩です! 一旦下がって下さい!」

「ああ、あの指名は聞いたよ。まさか俺が狙いだったとはね。だからこの位置にいるのさ。門は頑丈でも木製だ。ガーゴイルに特攻されたら持たない。敵の流れは明らかに門を直接狙ってない。俺が狙われてるなら敵を全て斬り伏せるだけだ!」


 確かにそれも一理ある。ガーゴイルが飛んでくるのはこちら側のが多い、左翼側には10体程度で、こちらには倍以上の数が来てる。門にはウェアウルフとオーガが多少向かってるだけだ。魔術師達の複合防壁は抜けないだろう。来た! ガーゴイルだ。人型の爬虫類に翼を付けて黒く塗りつぶしたような姿は如何にも悪魔と言った感じだ。意識して剣を振るう。固い物を割る感触、そうだこいつら岩で出来てたのか。

 斬ると地面に重い音を立てて落ちる。手が痺れる。肉を斬るのとは訳が違う。剣で岩を斬るなんて聞いたことが無いしな。とにかく数が多い、振り方なんて意識してる場合じゃない。


「振り方が散漫になってる! 敵が岩なら岩を斬るイメージを持って。幸いこいつらは必ず1斬りで割れる。最小の動きを心がけるんだ」


 来栖先輩からアドバイスが飛ぶ、そうだ大切なのはイメージだ。来栖先輩に教えられ、新堂に鍛えられた自分の剣を信じる。そして敵を斬るんだ。

 ガーゴイルの増援はまだ飛んでくる。こいつらは傷が浅いとダメージにならない。必ず断ち切るイメージで確実に減らす。


「魔術師達はウェアウルフの相手を、守りの魔法が得意な者は門に防壁を張って。左翼側、ガーゴイルには2人1組で相手して。来栖と陽菜はガーゴイルのみを相手に右翼側の他の者はオーガを減らして」


 雪崩のように敵が押し寄せる。終わりが見えない。だが確実にオーガやウェアウルフは減りつつある。しかしガーゴイルがその分増えているのだ。厄介な戦況だ。雑魚が減っても、その分強敵が増えては意味が無い。来栖先輩は突きで砕くようにしている。あの動きを真似よう。膝から腰へ、そして腕に力を流すようにコンパクトな突きに。その一撃はガーゴイルを貫き砕く。これなら最小限の動きで敵を減らせる。まだまだ相手できるぞ。


「治癒魔法の使い手は重傷者の回復に回って。ポーションを持っている者は出し惜しみなく使いなさい。ウェアウルフとオーガは後一息で全滅するわ。確認後、ガーゴイルへの対処に回って」


 新堂の指揮からするに、もう重傷者が出始めたか。無理もない。もう30分以上ぶっ続けで闘っているのだ。疲労の蓄積も相当だろう。指揮は任せて、とにかくこいつらを壊す。それだけだ。来栖先輩は俺の倍近い数を相手している筈だ。持ちこたえるのも相当だろう。他の冒険者や兵士も疲労の色が濃い、明らかに動きが鈍い。だがそれにしてもおかしい、人数が減ってる。なんでだ?


「撤退命令なんて出してないわよ。みんな勝手に下がらないで!」


 かなりの数が指揮を無視して門に向かう。まだ動けるのに何故?


「ここが正念場なのよ。矢尽き、刀折れるまで闘いなさい」


 不意に思い出した。新堂の言葉と来栖先輩の話。俺は声を張り上げる。


「ダメだ新堂! 一旦下がらせて態勢を立て直させるんだ。みんな武器がもたなくなってるんだ!」


 俺達、現実の人間は武器がかなり壊れにくい。一方。夢の住人の武器は普通に壊れる。鋼の武器で岩を相手に斬りつければ最悪、武器が折れかねない。こんな根本的な見落としがあるとは。新堂も自分達を基準にして考えてしまったのだろう。無理もない。この乱戦の指揮を取りっぱなしなのだ。


「わかったわ。武器の損傷があるものは一時避難、後、動ける者は武器を交換して戦列に復帰。私達が最後の壁になるつもりで。後ろにはみんなの帰りを待つ人達がいることを忘れないで!」


 流石の指揮だ。恐慌に陥った戦士はもはや只の足手まといだ。更に言えば恐怖は伝染する。新堂はそれを回避して皆を振るい立たせる。敵はガーゴイルのみとなっていたが、まだまだ遠くから増援が飛んでくるのが見える。飛行速度が遅いのが救いだ。ニジエが気になるが、恐らく柊が守ってるだろう。格闘士なら砕く攻撃と相性はいいはずだ。こちらへの攻撃の手が緩まる。なんでだ?


「戦列を一時さげるわ! 魔術師が狙われ始めてる。闘えるものは魔術師を中心に円陣を組んで守る闘いに切り替えて。密集用意!」


 狙いが変わった。来栖先輩が狙いじゃなかったのか? 俺達はじりじりと下がりながら闘い続ける。こんなのいつ終わるんだよ。ふと気が付くと目の端に柊がハイキックしている姿が見える。こんなに下がってたのか。だが悪い事ばかりじゃない。


「みんなにエンチャントをかけます。聖なる水よその武器に力を与えて!」


 ニジエの声だ武器が冷たく感じる。ガーゴイルがもろくなったような感触。ここでエンチャントは有難い。火照った腕にも気持ちがいい。これならなんとかまだ闘える。武器を持ち替えた冒険者や兵士が出てくる。武器は斧やハンマーの類だ。ここに来て闘い方を変えたのだろう。この増援は心強い。


「来栖、左翼に回って、陽菜、右翼はアンタを中心に持ちこたえて。敵、目測で40! 左翼側の攻撃が濃くなってきたわ」


 ここに来て敵の戦法も変わってきたか。こちらもフレキシブルに対応するしかない。とにかく目に入る敵を最小の攻撃で壊す。今、俺に出来るのはそれだけだ。来栖先輩がいなくなるのは痛手だが、こちらへの攻撃の手は緩くなっているようだ。これなら何とかなる。戦列に復帰した者達の士気も高い。安心して目の前の敵に集中できる。だがここに来て無情な一言が聞こえる。


「敵、増援、更に30。ここが正念場よ」


 つまり70近いガーゴイルの群れを30に満たない数で相手しなきゃいけないのか。城の兵士達を出せよ。まだマシになるのに。手が重い。多分相手にした数は50を超えてるだろう。来栖先輩はそれ以上相手にしてるに違いない。ガーゴイルは城壁に特攻せずに律儀にこちらに向かってくる。何か違和感を感じる。


「砕けろ! 岩野郎! ニジエさんは俺が守り切るじゃん!」


 柊の声が響く。こちらは押されてるようだ。新堂がガーゴイルを相手にしているのが見える。戦術士が直接戦わなければならない状態というわけだ。これはマズイ。ジリ貧だ。遠目にもまだ飛んでくる影が見える。終わりが見えない闘いがこんなにキツイとは。俺は気づけば一呼吸に2匹の相手をできるようになっていた。ここに来て成長するとは。皮肉なものだ。もっともそれで右翼側が持ちこたえてられるのだ。こちらは何とかなる。

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