現実i-6

 次に俺が五百円を投入する。この機体の弱点は解った。挟む力は弱いが持ち上げる力自体は悪くない。狙いはぬいぐるみ本体じゃない、真横に付いたタグに引っかける戦法が有利とみた。このアームは下に降りる時、少しブレる癖がある。最初の3回でその癖を掴めれば、物にするのは簡単かもしれない。戦法を気づかれないように、まずはぬいぐるみ本体を狙う。少し右によれる感じだ。2回目、今度はタグを狙う、真横をかすめる。そんなに甘くはないか。3回目ブレを計算に入れタグを狙う。惜しくもタグをかすめた。


「なんだか随分ズレているが、もしかして苦手なのかな?」


 良かった、戦法はバレてない。というか誤解されているようだ。


「そうですね。クレーンキャッチャーは久しぶりなので、感覚が鈍ってるのかもしれません」


 なんとか誤魔化したが、優さんは頭がいい、この手の誤魔化しはあまり使えないぞ。優さんは相変わらず真正面からぬいぐるみを狙う。それじゃあ無理だよと心の中でアドバイスをする。少し違和感を覚える。なんでぬいぐるみの腹ばかり狙うのだ? 取りやすいのは首の部分だろうに。優さんの回が終わるとぬいぐるみは、ほんの少し出口に近づいていた。もしかして、早くも持ち上げるのを諦め、転がして出口にすり上げる方針に変えたのか? これはマズイ。下手したら優さんに協力してしまうことになる。

 俺は焦らず冷静にタグを狙いを続けるしかない。俺の番だ。冷静に全ての神経を集中して、タグに爪を引っかける。またずれたか。もう少し手前でいいのかもしれない。結局、良いとこ無しに俺の番は終わった。優さんは中心から左の出口に効率よく転がしている。出口はすぐ近くだ。新堂は虹江に実況をしている。今回で優さんは出口まですぐ近くに転がしてきた。上手く同じ手段を取ればこれで決着が着くかもしれないが、下手したら優さんの勝利を早めてしまう可能性も高い。何より角度が悪いのかタグが見えなくなっている。これじゃあ俺の戦法が使えない。どうしたものかな。ここは正攻法で行くしか無いだろう。

 ひと際膨らんでいるぬいぐるみのお尻を狙う。もう随分アームの力も強くなってるはずだ。しかしアームからぬいぐるみは無常に滑り落ちた……が落ち切ってない! よく見るとタグがアームの爪に引っかかっている。このままいけばぬいぐるみゲットだ! 出口の上まで行くとぬいぐるみが落ちる。完璧だ。と思ったが、出口の横にぶつかりぬいぐるみがアームより左、壁と出口の間に挟まってしまった。これじゃあ取りようが無い。


「仕方ないし、店員呼んで来たら?」


 新堂に言われ、景品の補充をしてたゲームセンターの店員に声をかける。するとアクリルのドアを開け景品のぬいぐるみを渡してくれた。


「はい、虹江これプレゼント」


 さりげなく手渡す。虹江はちょんまげハムスターのぬいぐるみを抱きしめ満足そうに笑顔になる。


「ありがとうございます。うわぁ、モフモフだぁ」


 こうしてみると実年齢より幼くみえるな。しかし、ハム安、その位置変われよと言いたくなる。


「やれやれ、負けてしまったね。やはり現役の高校生には敵わないな」


 優さんは肩をすくめながら笑顔でそう言った。その時の笑顔はいつもと違い、心から笑ってるように見えた。新堂は残りのゲームを勝手に遊んでいた。狙いは流石に正確だがそれじゃあ取れないんだよ。


「勝手に遊ぶなよ。貸してみ」


 最後のゲームを遊ぶ。狙いはいい加減でいい。虹江の手にぬいぐるみが渡った今、もう単なる消化試合だ。しかし意外な事が起こる。首を挟んだアームからぬいぐるみが落ちないのだ。スポンとストレートに出口からぬいぐるみが落ちる。あんなに苦労したのに、こんないい加減にやって簡単にとれるなんて。

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