夢i-7

「ちょっと人に酔ってしまったようです。こういう所は初めてなので」


 無理もない。広いとはいえ室内には相当な人数がおり、照明は熱を出すものばかりだ。俺は近くの兵士っぽい人に聞く。


「すみません。連れの体調がすぐれないようで、どこか風に当たれるとこありますか?」

「それでしたら、中庭にご案内させて頂きます」


 連れられてたどり着いたのは花が咲き乱れるも手入れの良くいき届いた中庭だった。薄ぼんやりと照明に照らし出される花畑は幻想的でさえある。ベンチに腰かけ休むニジエ、兵士は気を利かせたのか扉の裏側にいるので戻る時はノックして下さいというと、その場を去っていった。ようやく落ち着いたのか、ニジエが話す。


「私、ああいう人混みはちょっと苦手みたいです」

「実は俺もだ。ここの方がよっぽど落ち着くよ」

「私も落ち着いてきました。まだタツヤさんは踊れますか?」

「なんなら一曲踊ろうか?」


 俺は手を差し出す。ニジエはその手を取る。2人だけの空間で踊る。多分、月以外見ていないだろう。腰が接し一瞬表情が見えなくなるが、すぐに照明に照らし出されたニジエの顔はサキュバスの魅了よりずっと色っぽかった。遠くからバイオリンの曲が聞こえる気がする。リズムに合わせて弧を描くように動き、その度、顔が近づく。言葉はいらない、ただ息の合うステップを踏むたび顔が近づく。曲がクライマックスに近づくと自然と唇が触れ合うように重なりあった……

 なんとなく離れるのが惜しいがいつまでもここにいる訳にはいかない。これでも一応主賓だしな。

 来た時の扉をノックし兵士に案内され大広間に戻る。その間手を握り合い無言だった。今は何よりこの暖かい沈黙が嬉しかった。

 大広間に戻ると人がまばらになっていた。すぐに2人を見つけ近づく。


「おい。陽! どこ行ってたんだよ」

「ちょっと夜風にあたりにな。レベッカは?」

「レベッカさんはさっきから食べて飲んでだ。ここで出されてるワイン、相当いいものらしいぞ」


 レベッカは食い気に走ったか。そう言えば小腹がすいたな。俺は残った料理をニジエと楽しむとケーキを食べる頃には子爵様から解散の声がかかる。中々美味かったな。帰りは青銅の蹄まで送ってくれるようだ。ニジエにとっては二度手間だが仕方ない。帰りの馬車は主にレベッカが柊に何をねだるかの話になっている。俺とニジエは手をつないだまま無言だった。馬車を降りる時、ヴィスコンティさんの手がニジエに触れる。ちょっとムッとする。俺、こんなに嫉妬深かったっけ? でも仕方ないとはいえ嫌な物は嫌だ。だが、それを表に出すほど子供では無い。複雑な感情。俺は間違いなくニジエに恋してるようだ。柊とニジエはそうそうに青銅の蹄に入ってしまった。俺達はニジエの迎えが来るまで手をつないで店の外で待つ。迎えの馬車が着た瞬間、ニジエは呟いた。


「私、ファーストキスでしたから……」


 大槍で胸を貫かれたような感覚が走る。メロドラマではよくあるセリフだが、実際に言われるとこんなに破壊力があるとは。今日1日で人生の運を使い果たしてしまったのではないか? まさか俺にこんな時がおとずれるとは……

 ニジエは馬車に乗り貴族街に帰っていく。これは間違いなく両想いだ。

 待ちくたびれたのか柊が呼びにきた。


「おい、陽、ダガーナイフ返してもらって帰って寝ようぜ。俺、もう疲れたよ」

「ああ、うん」

「お前大丈夫か? なんか返事に元気ないぞ」

「大丈夫だ、たぶん。それよりお前はレベッカの相手してろよ」

「もう着替えるって奥行っちゃったよ」

「なら、俺達も帰るか」


 マスターに城はどうだったかと聞かれ、生返事で凄かったよと、小学生並みの返事を返す。どうやら何かがあったのかは察したのか無言でダガーナイフを返す。俺はありがとうとだけ告げ受け取り宿を目指す。柊は本人に言えなかったのかレベッカの愚痴をこぼすが、全てスルーした。今は柊の相手をするよりこの余韻に浸っていたかった。宿に帰り、上着をコートかけにかける頃にはなんとかまともな思考が戻ってきた。そう言えばニジエのお兄さんに会わなかったな。近いうちに現実でちゃんと挨拶をしよう。返事はきっと芳しくなさそうだが。礼服を皺のつかないように畳み、しまうと、なんだか眠くなってきた。そういえばこっちの世界でこんなに遅くまで起きてたのは初めてかもしれない。着替えるのも面倒だし、下着姿で寝るとしよう。誰も見ちゃいないだろうし。


「残念ながら私が見てるの」


 急ぎ剣を抜く。そうだこの人がいた。なんてことだ。余韻がぶち壊しだ。

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