夢d-15

「あの、素朴な質問なんですが、僕達にこんなにゆっくり案内してて門の前にいる人は大丈夫なんですか?」


 すると余裕をもって初老の男性は答えた。


「御心配には及びませんよ。私が門を開くと先ほど立っていた門番が合図をして勝手口から別の案内人が入れ違いに出て行くようになっております。日にもよりますが、平均で20人ほどの案内人が待機しており、お客様をお待たせしないよう配慮しております」


 別の案内人とすれ違っていたのか。全く気づかなかった。おそらくこちらからは庭園の配置で見えないようになっているのだろう。真のサービスはお客に気づかれないことだと言うが、ここまで完璧だとは思わなかった。もっとも普段ファミレスくらいにしか行かないから、現代の一流レストランのサービスとは比べようがないが。

 階段で2階に上がり、クロークで上着を預け、個室へと案内され、初老の男性が扉を開けると、中はクラシカルな内装に暖炉が設置され壁には旗と同じ紋様の入った飾り布が飾られていた。テーブルは1つでレースのテーブルかけがかけられており、3組のカトラリーとナプキンが用意されている。壁際には給仕係なのだろうか執事が静かに佇んでいた。


「ど、どうすればいいんだこれ?」


 柊がつぶやく。俺にもサッパリ解らん。とりあえずテレビで見た真似で誤魔化そう。確かまず女性を座らせるために椅子を引くんだっけ。俺はドアから1番近い椅子を軽く引き、ニジエに向かってどうぞと呟く。


「ありがとうございます」


 ニジエが前に立つと同時に軽く椅子を押す。タイミングピッタリにニジエが座る。どうやらこれは正解のようだ。小声で柊が耳打ちする。


「なあ、陽、普通女性が暖炉側じゃなかったっけ? 映画で見た時はいつも女性が奥だった気がする……」


 頼むからそういうことは先に言ってくれ! ニジエは気にして無いようだ。佇んでいる執事が動き、俺達の椅子を順に引き座らせてくれる。その度俺達は軽く会釈をする。もしかしたら、ニジエの席もこの人が引いてくれるものだったのかもしれない。こんな初歩で2つもミスするとは……。もう少し下のランクの店で良かったんだよマスター……

 次に待ち受けるのは左右に5本ずつのナイフとフォーク、そしてスプーンだ。ナプキンも意味不明すぎる。口元が汚れたらこれで拭けということか? 困惑してるとニジエが小声で知らせてくれた。


「手荷物は椅子の下に置いて、この場合は上座がタツヤさんですから、まずナプキンをとって二つ折りにして膝の上に敷いて下さい。次いで私と柊さんがナプキンをとりますから、柊さんも同じようにして下さい」


 流石は貴族街に住んでるだけあるテーブルマナーもお手の物のようだ。本来なら俺か柊がエスコートする立場なのに完全に逆転している。ニジエは続ける。


「ナイフやフォークは外側から使って下さい。口元が汚れたら用意されたナプキンを使って大丈夫です。その他のことはせっかくの個室ですし、細かいマナーは気にせず楽しみましょう」


 そうは言ってくれるが、ニジエの前で恥は掻きたくないし、もう少しこういうマナーも勉強しておくべきだった。まずワインのコルクが抜かれ、俺、ニジエ、ユウタの順にワインが注がれる。そうだ乾杯するんだ。座ったままワイングラスを掲げる。ニジエのワイングラスに当てようとするとニジエはワイングラスを逸らして、


「ダメです。ワイングラスは当てたら割れちゃいますから、掲げて乾杯って言えばいいんです」


 危なくワインまみれになるとこだった。気の利いた挨拶など言えず、とりあえず乾杯とだけ呟く。2人もそれに続く。


「もし、マナーが気になるなら私の真似をして下さい」


 それだ! ニジエというカンぺがここにいるじゃないか。真似をすればいいんだ。ただそれだけでいい。完璧な作戦だ。自分が情けないという点を除けば。次々に料理が運ばれてくる俺達は、ニジエの一挙手一投足を見逃さず完璧なコピーをする。気づけばあまりにコピーに夢中になり過ぎて会話がない。ニジエは肉料理が運ばれてきた時、ちょっと不満そうに、


「こんなに素敵な料理なんですから、もうちょっとお喋りしましょうよ。女性を退屈させるのは紳士として最大のマナー違反なんですよ」


 ぐうの音もでない正論……なのかも知れない。ここは完コピしつつ会話する上級技術に挑戦してみよう。


 「そうだな。料理は美味いし黙って食事ってのも味気ないよな」


 口では喋りつつも目線はニジエの手元から外さない。恐らく柊もそうしてるんだろう。

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