夢d-16

「そう言えば陽は今日、謎の魔術師に助けられてたじゃん。あれは誰だったんだ?」


 いきなり話しづらい話題をぶち込んできた。


「マスターにも聞いたんだけど、あだ名しか分からんらしい、確か火竜の花嫁って呼ばれてるそうだ」

「花嫁ってあだ名だと女性の方なんですか?」

「ああ、初日にゴブリン達に殺されそうになった時、助けてもらったこともあるんだ」

「つーことは陽が助けてもらったのは2度目ってことか、なんか特別なことでもあんのかな」


切り札と言われたことと、魔法円のことは黙っておく。


「さあ? 偶然じゃないか。噂でも神出鬼没らしいし」

「ところで見た目はどうだったんだ? 助けられた時は近くで見たんだろ?」


 実際によく見たのは今日だが、それは伏せておく。


「金髪の長い髪した西洋人風の女性だったよ。結構美人だったけど俺の好みじゃなかったな」

「なんでよ? 美人に助けられるとか羨ましいじゃん」

「羨ましいかぁ? 俺は守りたい感じの子がタイプなんだよ」

「例えばニジエさんみたいな感じか?」


 この野郎、言いづらいことをハッキリと……。顔を上げるとニジエは顔を赤くしている。


「ニジエ、このバカの言うことは真に受けなくていいからな」

「そうなんですか? 私少し嬉しかったんですけど……」


 ヤバい! なんだこの可愛い生き物は! 心拍数が跳ね上がるのを感じる。


「何だよ2人して、赤くなってるじゃん」


 コイツ黙らせたい! ああ、出来ればこの店、ニジエと2人で来たかった。早く食事を進めようとすると、ニジエの手も止まっている。これじゃあ次の動きが解らないじゃないか。ステーキだし、一口サイズに切って食べれば問題ないだろうと1枚のステーキを次々一口サイズにナイフで切り始める。


「タツヤさん、それマナー違反です……」 


 なんてことだ。この状態で出た一言目がそれか。心情的にはテーブルに突っ伏したい気分だったが流石にそれはマナー違反だと俺でも解る。落ち込んだ心で食べるステーキはどこかほろ苦い味がした。

 柊の余計な一言でしばらく気まずい無言の食事が続く。だが、デザートのムース・オ・ショコラが良かったのか、ニジエに笑顔が戻る。俺も食べてみると舌触りの滑らかなチョコレートが口の中でとろけてスッとお腹に入っていくようだ。これは美味い。出来ることならもう2、3個欲しいくらいだ。バカにされると思って黙っているが、俺はかなりの甘党なのだ。


「これ美味いね。ニジエはどう思う?」

「私も初めて食べましたけど、こんなに美味しいチョコ初めてです」


 良かった。恥ずかしがる顔もいいが、やはりニジエは笑顔が1番似合う。出来ることならこのまま眺めていたいが、食べ終えたら締めのコーヒーが運ばれてきた。エスプレッソというのだろうか、かなり濃いめの匂いがする。

 苦いのは正直好きじゃないのでパスしたいが、ニジエがたっぷり砂糖を入れて飲んでいるのを見て真似してみる。

 コーヒー独特の香りが凝縮されながらも、たっぷりの砂糖が苦味を打ち消して、これがコーヒーかという味がした。家で眠気覚ましに飲んでいたコーヒーとは別物に感じる。もっとも家で飲むのはインスタントなのだから当たり前か。

 茶菓子をつまむとコースはこれで終了だ。最後にニジエは軽くナプキンをたたまずに置く、俺も面倒なので適当に置いた。柊はどうでもいいところで几帳面なのか、綺麗にナプキンを畳んで置く。

 すると執事風の給仕が呼び鈴を鳴らす。帰りの案内人は行きの案内人と同じあの初老の男性だった。

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