夢b-18
そういうとレベッカはオレンジジュースの入ったジョッキをコトリと置く、結構酸っぱいものだったが酔い覚ましにはこれくらいが丁度いいのかもしれない。オレンジジュースを飲み干し、ふうっと一息つくと、後ろから声をかけられる。
「ちょっといいかな?」
誰だろう? 顔だけ振り返り見ると、自分より一回りくらい大きい男性で髪がツーブロックのオールバックに整えられ精悍な顔つきだ。鎧姿の格好からするに他の冒険者だろうか。パッと見その鎧は随分値が張りそうだ。しかし身につけてる武器はギルド登録時に支給されたダガーナイフ1本だった。
「ん? アンタだれ?」
酔いが残ってるせいか失礼な口の利き方をしてしまう。しかし目の前のイケメンは軽く笑い自己紹介をする。どうやら広い心を持っているようだ。
「ハハハ、自己紹介が遅れてゴメン。俺はクルスって名前でキミと同じ冒険者だよ。武器は大きいから、入口の剣立てに置いてある、多分同じタイプの戦士かな」
言われて入口を見ると刃渡りも含めて俺の身長程はある長大な剣が1本立ててあった、あれは間違いなく両手剣の代表格【クレイモア】だった。確か武器屋で見た時はこんなデカい剣扱えるのかと思ったものだ。値段も2500オーロと高価だった。改めて自分は明らかな恪上相手に失礼な態度を取ってしまったことに気づくと、すぐ立ち上がり礼をして、丁寧な挨拶をする。
「あの、申し遅れてすみません。俺、じゃなくて、自分はタツヤと申します。まだ駆け出しです。何の御用でしょうか」
緊張して変な自己紹介になってしまった。だがクルスさんは、
「ああ、そんなにかしこまらないで。お願いがあるのはこっちだから」
お願い? こんな恪上が駆け出しに何のお願いだろうか?
「さっき知り合いから聞いたんだけど、タツヤ君はウェアウルフの爪を2本もっているんだよね? もしかしてもうどこかに売っちゃったかな?」
どうやら昼の騒動を知ってるらしい。それも結構詳しく。だが、もうあの失敗は教訓になった。言われて笑われようと恥ずかしくは無い。ましてやこんなに恪上ならなおさらだ。
「いえ、売ってません。昼失敗した時のまま2本とも持ってます」
「お、持ってるのか。それじゃ相談なんだけど、ウェアウルフの爪を1本、100オーロで売って欲しい。出来れば2本共欲しいんだけどいいかな?」
「つまり200オーロですか? はい構いません。しかし、クルスさんはそんなに出してまで欲しがる理由があるんですか?」
「うん、実は俺達も依頼失敗しちゃうとこで、納品まで後2本なんだ」
なるほど、確かに市場に流すより依頼として納品した方が価格は遥かに上がる。少し高めに買い取ってもクルスさんは儲かるんだろう。
「では2本で200オーロで買い取りお願いします」
「ありがとう。キミに声をかけた甲斐があったよ。これで仲間にも分け前が渡せる」
自分の中でちょっとした疑問が浮かぶ、この人何本の納品依頼受けたんだ?
「すみません、ちょっとした疑問なんですけどいいですか?」
「ん? なんだい? 答えられることなら何でもいいよ」
「クルスさんは何本の依頼受けられたんですか?」
言ってしまって失礼だったかもしれないと後悔する。もしかしてこれは人の失敗を聞いてると思われたんじゃないか?
「ああ、そのくらい別に構わないよ。依頼は40本3000オーロの依頼だったんだ。朝一番で行って閉門ギリギリまで粘ったんだけど引きが悪くてさ」
……文字通り桁が違う、空いた口が塞がらないとはこのことだろうか……。
「キミのことは聞いてるよ。でも俺は1人じゃなかったし、優秀な仲間に恵まれただけさ」
絶対そんなレベルの差じゃないと思う。仮にコボルトの牙40本の依頼があっても俺には無理だ。
「ありがとう、これで仲間にガミガミ言われずに済むよ。はい200オーロ」
クルスさんは財布から銀貨を200枚出すと手を差し出した。俺は間違ってもこの人を傷つけないように丁寧にウェアウルフの爪を2本差し出す。
「ついでにここは奢らせてもらうよ。キミの初ウェアウルフ挑戦記念にね」
なんていい人だろう。ふと気づくと今日は誰かにサービスしてもらったり奢られたりばかりだ。
カウンターを見るとマスターが大量のウェアウルフの爪と1000オーロ金貨3枚を交換しているとこだった。1000オーロからは金貨になるのかと思いながら、それにしても今日はいろんなことがありすぎた。酔いも手伝って泥のように眠れるだろう。ややふらつきながら番犬のねぐら亭で遅めのチェックインを済ませ部屋に入ると、ファルシオンを立てかけ、ブレストプレートを外しブーツを脱いでベッドに入った。
本当に濃い1日だった。このブレストプレートの入手、フィリップさんのサービス、ウェアウルフの失敗、マスターの宿題の意味、ニジエとの出会い、ギルドという繋がり、そして魔法にクルスさんと多分濃さでは夢の世界でもっとも濃厚な1日だっただろう。それにしてもなんとなくニジエのことが気にかかる。そんな未練がましい事を考えながら眠りに落ちていった……。
―――現実ではこんな濃い1日はあり得ないだろう―――
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