夢b-17

 鈍い大きな鐘の音に続いて5回連続で澄んだ鐘の音が鳴る。これで大体午後5時くらいだ。ドタドタと店の中が騒がしくなるマスターはどの冒険者達にも分け隔てなく優しく対応している。俺はエール酒の入ったジョッキをチビチビ舐めマスターの手が空くのを待っている。しばらくしてトタトタと冒険者とは違う軽やかな足音が聞こえてきた。


「父さ~ん、遅れてごめ~ん。みんないらっしゃいませ~!」


 どうやらレベッカが裏から店内に駆けてきたようだ。マスターは娘の姿を見ると、


「おう、来たか、今こっち忙しいから、ちょっとそこの飲んだくれの相手しててくれ」


 と余計な一言を付け加える。


「はいは~い、どうしたのタツヤ? 普段はお酒飲まないのに今日はなんかあったの?」


 いつもなら声をかけてくれるのは嬉しいが、今はハイパーウザったい。思わず顔をしかめてしまった。


「なんでもねーよ。それよりエールもう1杯」

「なんか今日はご機嫌斜めだね~、今持って来るから待ってて」


 そう言って他の客の注文もとりながらパタパタと忙しく店内を駆け巡る。この店に1人のウェイトレスじゃ客には塩対応だが、今日は逆にそれが有難い。2杯目を飲み終える頃にはマスターも手が空き、夜から店で厨房に立つ奥さんに料理の注文を頼んでいた。


「マスター、エールもう1杯……」

「今、他の客の注文受けてんだからよ。お前の香草焼きはもうオーブンの中だからもうちょい待ってろ、おいレベッカ、タツヤにエール持って行ってくれ」

「は~い、お待ちどうさま、今日は良く飲むね~、本当にどうしたの?」


 興味深々といった具合にこちらに聞いてくる。客も落ち着いてきたからだろうか? なにも答えずに黙っていると、俺の様子に気付いたのか注文を取っていたマスターが気を利かせる。


「レベッカ……男にゃ飲みたい日があるんだ……イイ女はそれに気付いてやるもんだぜ」


 しかしレベッカはマスターの言葉を華麗にスルーする。


「そんなものなのね~、まあいいや、まだ私には早いってことで。でタツヤ何があったの?」


 本当の事を素直に言って馬鹿笑いされてもしゃくなので、違う事を言っておく。


「今日の依頼、失敗したんだよ。だから不機嫌なの」

「な~んだ、そんな事か。依頼失敗くらい誰でもあるよ。その程度で怒ってちゃ身がもたないよん」

「俺に取ってはその程度じゃないの。さあ、訳を話したんだから行った行った」

「はいは~い、わかりましたよ~。でも母さんの料理はそんな顔して食べても美味しくないからね、料理を持ってくる頃には機嫌直ときなよ」


 どうして女って奴はこう正論で返してくるんだ? 3杯目のジョッキを中ほどまで飲むとハーブの焦げたいい香りがしてきた。


「あいよ、お待ちどうさん。レベッカがお節介したようだが、コイツを食って機嫌直せよ」


 待ちに待った鳥の香草焼きが来た。普段は半身を頼むが今日はヤケ食いしたくて丸ごとを頼んだのだ。テーブルナイフで大きめに切り取ると大口でかぶりつく。口の中にまずハーブ、続いて胡椒のスパイシーな味がなだれ込む。肉汁もたっぷりだ。3口目を口にする頃には大分気分も晴れてきた。


「マスター、エールもう1杯!」

「またかよ、まあまだ大丈夫そうだからいいか。そのかわり吐きやがったら店から蹴り出すからな」


 料理と合わせて飲むのは初めてだったが、このジューシーな肉汁をエール酒で洗うように飲むと不思議と何杯でもいける気がした。4杯目を開ける頃には目の前の皿は鳥の骨だけになっており、気分もフワフワして完全に機嫌が良くなっていた。マスターがデカい豚肉のローストをテーブル席に運んでいるのが見え、レベッカに次の注文を頼む。


「お~いレベッカ、オレンジジュース1杯くれ」

「はいよ~、どうやら気分良くなったみたいね」

「まあな、細かいこと気にしても仕方ないっつーかさ」

「そうそう。冒険者はそうでなくちゃ、失敗のし過ぎも良くないけどいつまでも引きづっちゃ幸運が逃げていくよ」

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