第6話

「……もう一回、言ってもらっていいかな?」

 日曜の午後。おなじみの東銀座の「ファン・ゴッホ」で、蘭鰍あららぎかじかは夜勤明けの腫れぼったい目を血走らせつつも微笑みを絶やさず、笠原弘美かさはらひろみに聞き直した。

「明日の午後から、桶川の某デイケアサービスに、緊急の交代要員として入って下さい。期間は翌日の昼まで、泊まりこみのケアサービスです……もう一回言いましょうか?」

 笠原弘美は、にべもなくもう一度、一言一句同じ台詞を繰り返した。

「……月曜も火曜も、アタシ補習あるんだけど?」

「そこは聖ルカの婦長さんと学長さんに話し通しました。存分に実習として腕を振るってこいとの事です」

 同期の学生や一般教職員は無関係だが、聖ルカ病院及び同医学校は、立地的に近い事と、その病院としての特殊性――中央にチャペルがあり、「協会」からは築地本願寺と並ぶ「聖域」として扱われている――から、「協会」との繋がりは決して浅いものではない。その看護婦長、2001年以降は看護師長だが、それと院長、医学校長あたりになれば、立場上「協会」の事は既知である。特に看護師、看護学生は鰍以外にも数名、主にネゴシエイターが居る関係上、スケジュール的な無理は多少ならねじ込める。それをするのが「協会」事務員の笠原弘美の仕事であり、彼女はその鉄壁の微笑みでゴリ押しを通す事では定評があった。

「……アタシの単位はどうなるのよぉ……」

 どさっとソファの背もたれに体を投げ出し、天井を見上げて鰍はぼやく。

「理由は大きく二つあります」

 その様子を一顧だにせず、笠原弘美は淡々と続ける。

「まず、河の市かわのいちさんからの情報で、デイケアの対象者である梅野松蔵氏、この方のお住まいに今回の件の重要な情報がある可能性が高い事。梅野松蔵氏は当該地域の地主で、今回のマンション建設現場も梅野氏の持ち物だそうです」

「だから、夜のウチに家捜ししろって事?」

「ありていに言えばそうです。もう一つ。これを見てください」

 鰍の毒のある突っ込みをいなしながら、弘美は手にしていたタブレット端末を鰍に見せる。

「質問掲示板?……なにこれ、よく見つけたわね」

 そのタブレット端末の画面には、某大手プロバイダが運営するサイトの質問掲示板の、ある質問が表示されていた。

――小学四年生です。このあいだ、おじいちゃんとおばあちゃんの家に泊まりで遊びに行きました。そうしたら、夜中に、おばあちゃんが、お魚みたいな姿になって泣いてました。直してあげる方法を知っている人がいたら、教えて下さい――

「……これがフェイクでない可能性は?」

「IDからたぐって調査中です。ただ、投稿日が五日前なんで、タイミング的にはバッチリではありますよね」

「IDからたぐるって、それクラッキングじゃ……まあいいけど、いやよくないけどさ、それにしてもホントによく見つけたわね」

「たぐるにしても、見つけるのにしても、そういうの得意な方達が居まして、協力を依頼してます」

「……一応聞いておくけど、もしかして人ではなかったりするの?」

「……百々目鬼って御存知です?あと目目連とか」

「あ~……そう言う事?」

「はい、モニタいっぱい使って株価監視するついでに、こう言うの見てるんだそうです。だもんで、モニタ代と電気代と引き換えに。あと、たぐってるのはサトリさんとかそっち方面の方々です」

「……良くわかんないんだけど……」

「ネット時代に対応するため、面と向かわなくても、書き込みから相手を読む訓練なんだそうです。みんなで同じ書き込みを読んで、答え合わせし合ってるらしくって」

「……結構みんな時代に対応してるんだ……」

「で、やっていただけますよね?」

 満面のビジネススマイルで弘美が迫る。

「……デトニクス2号の改造費、「協会」で持ってくれる?」

 鰍が、愛用の拳銃の改造費をもちかける。

「保証はできませんが、上に掛け合ってみます。じゃあ、OKですね?」

「逃げ道塞いどいてまったく……いいけど、アタシ、准看だから介護の資格は持ってないわよ?」

「そこはそれで、見習いって事で話は通してあります」

「……やっぱ逃げ道無かったんじゃん……」

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