第5話

「……って事なんだけど……」

 土曜の昼下がり。蘭鰍あららぎかじかは、東銀座の喫茶店「ファン・ゴッホ」で笠原弘美かさはらひろみに昨夜の件を説明していた。

「その件は、河の市かわのいちさんからも報告が入ってます。思ったより大変だったみたいですね?」

「大変だったわよぉ」

 軽く聞いて来た弘美に、アイスコーヒーのストローを咥えたまま鰍が答える。

「心象念使うヤツだなんて思ってもいなかったし。ホント、お姉ちゃんかばーちゃん連れて行きゃよかった」

「それで、この先どうします?河の市さんからは、引き続きサポートの依頼が来てますけど」

「……乗りかかった船だから、最後まで付き合いたいけどねぇ……一発〆ないと気が済まないし。けど、決め手を探しておかないとね……」

「決め手、ですか……」

 弘美も考え込む。ここで言う「決め手」とはつまり、あのレベルの何かが、突然暴れ出した原因と、どうやったらまた大人しく出来るか、その方法の事だ。

「……河の市さんは、とにかく時間のあるうちに地道に調査してみるって言ってましたけど」

「アタシはダメよ、今夜から夜勤の実習だし」

「まあ、しょうがないですね、急な話でしたから」

 通常、「協会」ハンターなりネゴシエイターなりの予定は、ある程度余裕を持って確保される。殆どのスタッフは「協会」とは別に、表の仕事を持っている。今回のような、突発事態による出動要請は滅多に無い……事も無いが、そこから長時間身柄を拘束されるとなると、大抵のスタッフは表の仕事に影響が出る。

「河の市さんにはそのように伝えておきます、けど、二三日後でしたっけ、動けるようにスケジュール調整、お願い出来ます?」

 弘美が、鰍にビジネススマイルでお願いする。

「……一応見直してはみるわ。割増料金にしてくれる?」

「……上に伝えてはおきます」

 弘美のビジネススマイルは揺るがなかった。


 同じ頃、河の市は桶川市の市立図書館に居た。今日は雲水の姿ではなく、「河の市」の通り名で呼ばれるとおり、目に障害のある按摩師が調べ物に来た風体をしている。実際、河の市は過去の因縁から眼が不自由であり、書物を調べるのは苦手なのだが、この際贅沢は言っていられなかったし、やはり後天的な理由から、その程度には真面目な性格であった。

 調べていたのは、昨夜の現場の過去の地形と、その変遷の歴史だった。河の市の見立てでは、あそこは間違いなく以前は沼沢地、いつ頃埋め立てられたのか、それに関係して何か事件はなかったか、そこから手がかりをたぐろうという腹だった。だが、朝一番から昼過ぎまで、根を詰めて探した割りには得たものは少なく、埋め立てられたのは高度成長期の少し前だという事以外はめぼしい情報はなかった。

「まあ、こんなもんでしょうかねぇ……」

 得てして、公共図書館の地元史などそういうものだ。仮にこれが道路や橋、トンネルと言った公共物であればそれなりの情報が残されている事が多いが、どうやらここは個人の持ち物だったらしく、埋め立てられた時期以外の情報がない。

「沼一つ、いや周りの田畑ごと個人持ちたぁ、お大尽だねぇ……」

 呟いて、河の市は思う。そんな大地主なら、土地台帳の一つや二つ、地域の記録の一つや二つ、土蔵の奥に埋まっていても不思議はない。

「攻めてみるなら、そっちですかねぇ……」

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