第2話

河の市かわのいちから要請?」

 その蘭鰍あららぎ かじかは、金曜の午後遅く、「協会」からの呼び出しで東銀座の「ファン・ゴッホ」でホットコーヒーをすすりつつチョコパフェを嗜んでいた。

「はい。河の市さん、今埼玉の桶川に居るんですけど、応援が欲しいって」

 河の市、というのは「協会」のネゴシエイターである。

「応援ねぇ……で、アタシに声がかかるって事は、荒事になるって上が判断したのね?」

 ハンターである鰍は、交渉ごとは得意ではない。その鰍を呼ぶとなれば……

「みたいですねぇ……」

 「協会」の事務担当、笠原弘美かさはら ひろみが、ソーダフロートのストローから口を離して相づちを打つ。

 「協会」とは、有り体に言うなら、「人と、人ならざるものの間の仲裁」を目的とした組織である。本部は通称「銀座大本営」と呼ばれ、高度成長期に掘るだけ掘りまくった銀座の地下、そこに使わずに残された空間を利用して設置されている。その為、「銀座大本営」という割に、実際には日比谷から新橋まで、主に地下鉄銀座線と日比谷線に沿う形で設備が点在しており、噂によれば皇居に通じる秘密通路もあるとか、その先は国会議事堂まで行っているともまことしやかに囁かれる。いずれにしろ利用されなかった地下空間を再利用している為に使い勝手はあまり良くなく、特に会議室、応接室の類いが少なく、あっても広さがないものが多い。そこで、面倒くさくなった「協会」の関係者は、簡単な打ち合わせは近所の喫茶店を使うことが多く、「ファン・ゴッホ」は使用頻度が高い方のベストスリーに入っている。今まさに鰍たちが使っているテーブルは、平日は「協会」がリザーブを入れている位だ。


「で、アタシに何をさせたいわけ?」

 鰍が聞く。「協会」は仲裁、当事者同士が納得する形での解決を原則とし、その為のオブザーバー役として当事者同士の誤解を解く為にに必要な情報の収集、円滑な交渉の為の進行役、双方が納得出来そうな解決策の提案などを行う事が圧倒的に多く、為に、その為の「ネゴシエイター」と呼ばれるスタッフが大半を占める。もっとも、「ネゴシエイター」であっても小競り合いに巻き込まれることは茶飯事で、「ハンター」であっても交渉は常に必要だから、たいがい「ハンター」も「ネゴシエイター」もどちらでもそこそここなす。鰍も勿論交渉事も出来るが、彼女への依頼は、圧倒的に、談判破裂して暴力に訴えるステージにいたるシチュエーションが多い。

「それが、河の市さんもまだ良くわからないらしいんです。なんでも、桶川のごく一部で数日前から深夜に地鳴りがして、だんだん強くなってるそうなんですが」

 笠原弘美が、ソーダフロートをゆっくりかき混ぜながら答える。彼女のような事務職は「協会」のプロパーだが、「ハンター」や「ネゴシエイター」はそのほとんどが外部スタッフ、いわば契約社員のようなもので、必要に応じ、地域と能力が適当なスタッフが選ばれ、依頼を受ける。勿論断る事も可能だが、それなりに見返りが良い事もあって断るスタッフはあまりいない。

「あの河の市が、ねぇ……」

 スプーンを舐めつつ、鰍は思案顔をする。

 河の市は普段は雲水僧、駅で黙って立ってたりする修行僧のそれだが、その格好であちこちを放浪していることが多く、何をして生計を立てているのか誰も知らないが、とにかく何か気になることがあると「協会」に連絡をよこすタイプであり、自然と、その土地その土地の事情に明るい。その河の市がまだわからないとなると、よほど急に何かが起きようとしているのか。鰍は、過去の経験からそんな推論を立てる。

「「団長」からは、万一の場合は武器の使用に制限は付けないと言付かってます。現地は密集はしてませんが住宅地、その中のマンション建設予定地だそうです。詳しくはこれで」

 住所の入った、グーグルマップのプリントアウトを笠原弘美が鰍に渡す。

 「協会」が今のような形になったのは戦後、GHQと共に海外の同様機関の情報が入ってきてからだという。荒事になる事もあるので「ハンター」の大半は現場では武装しているのが常であり、日本国においてそれは明確に違法行為なのだが、ほとんどの場合は色々な意味で「人払いをしておく」為、警察沙汰になる事は滅多に無い。だが、それでも希に「人払い」が間に合わなかったりして問題となる為、「協会」には国家機関に属する上位スタッフも若干名居て、事後のもみ消し工作に奔走している。「団長」と呼ばれる人物もその一人で、どこのどういう機関に属するのか、皆薄々わかってはいるがあえてコードネームというかあだ名で呼んでる。

「OK。弾代は協会持ちでいいのよね?」

「報告書出していただければ、こちらで判断します」

「前貸しで少しちょうだい?」

「それはいいですけど、四五オートなんて鰍さんくらいしか使わないから、聖銀弾のストック切れてますよ?」

「え~?」

「鰍さんの関係者ってみんな変な弾使うから……他の人はほとんど九ミリか三五七マグナムなのに。替えません?」

「やだ!で、いつ行けば良いの?」

「河の市さんは、すぐにでも来て欲しいって」

「……あのさあ、アタシ、今日これから補習の夜学あるんだけど」

「学校、夏休み始まったんじゃないんですか?」

「こないだの仕事で学校休んだ分よ!小テスト落したら単位ヤバいんだから!」

「じゃあ、補習終わってからですね、河の市さんにそう伝えておきます」

「……あんた、さらっと冷酷よね……」

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