砂で覆われた世界に少年はただひとり立っていた。

彼は自分が誰なのかも、どうしてここにいるのかもわからず、ただ、気がつくとそこにいた。


空は吸い込まれるように黒く、どこまでも空が続いているようにも見えるし何もないようにも見える。それでも少年があたりを見渡すことができるのは無数に輝いている星のおかげであった。

空気は澄んでいて冷たい。思わず腕をさすった時、少年は薄汚れた麻でできたポシェットをかけていることに気がついた。

ポシェットの中にはいくつかモノが入っていたが、どれも少年の記憶にはないものばかりであった。

例えば、コンパスのような道具。一見普通のコンパスとさほど構造の変わらぬそれに従って歩を進めると、数秒ごとにくるくると回り、その都度異なる方向を指し示した。それからメモのようにも絵のようにも見える一枚の紙切れ。インクはとうの昔に擦り切れてしまったかの如く、かつて何を表していたのかてんで検討がつかない。

そして、少年の頭を一番悩ませたのが、ポシェットの奥底に入っていた、ほんのりと暖かい、透明な球体である。

ソレは明らかに知っている全てのモノと似通ったところがまるでないのにも関わらず、それでいて触れるとどこか懐かしいような気持ちになるのであった。

この世界のヒトであれば、自分がどこで何をするべきなのか、それでなくてもこれらの使い途がなんであるのかくらいは知っているのかもしれない。そう思った少年はヒトを探すべくあたりを散策することにして、球体をポシェットに戻した。


しばらく歩くと、同じく砂に覆われた大きめの岩に腰掛けて空を眺めている老人を見つけた。彼は少年と同じような、しかし重ねた年の分だろうか、傷がついてボロボロになっているポシェットを肩からかけていた。

「あの、すみません」

少年が声をかけると老人は少し驚いた顔をした後、ゆったりと微笑んだ。

「驚いたな、ここでヒトに会うとは。もう何年振りだろう。君はどこから来たんだい?」

小さく頭を振って、わからないんです、と零すと、実は私もなんだとあっけらかんと笑う。

「それで、君は私に何か用があるのかい?」

「実は、コレがなんなのか知りたくて。貴方はコレを見たことがありますか?このポシェットの奥の方に入っていたんです」

そう言ってそのほんのりと暖かい透明な球体を取り出すと、老人は一瞬虚に突かれた顔をしてブツブツと考え込んだ。

「ソレ、ソレは!……いや、でも、しかし、私のアレは、」

一頻り唸ったあと、顔を上げ、少年が怪訝そうな様子でいるのを見て申し訳なさそうに

「すまない、見覚えがあると思ったのだが、どうも違ったようだ。でも、本当に大切なモノは見せてはいけないよ。いつどこで落として壊してしまうかわからない。」

と言った。その声はあまりに寂しそうであった。

「その、貴方は、何か大切なモノを無くしてしまったんですか。」

「そう、かもしれない。おそらく、私は何かを失ってしまった。随分昔のことだから、ソレが何であったのかも思い出せない。けれど、どうしようもなく恋しくなって、こうして探しにここに戻ってきてしまうんだ。」

「そう、なんですね。でも、」

少年は遠慮がちに俯いた。

「僕には、これが本当に大切なのか、それもわからないんです。」

そうか、と目を瞬かせ、優しい声音で諭すように老人は言う。

「君は、それを無くしたくないと思うかい?」

「たぶん。たぶん、僕はコレを無くした時後悔すると、そう思うんです。」

「それならば、とりあえずしまっておくのが良いだろう。どうしてもこのヒトに見せたい、そのために今まで持ち歩いてきた、と思えた時、初めて取り出すようにしなさい。」

それから、老人は行くあてがないのであればあの丘の上に行くのがおすすめだよ、と言った。あの場所なら、この世界を一通り見渡せるからと。

老人に別れを告げ、指し示された丘に登ると、確かにそこはこの辺りで一番高いようで、砂で覆われた世界が眼下に広がっていた。


歩き疲れて腰を下ろした少年の頬を一段と冷たい風が撫でる。思わずポシェットを抱くと布越しにほんのりと球体の暖かさが伝わってきた。

未だ自分が何者であるか、どこに行くべきなのか、わからない。これから先、ヒトに会えるかどうかもわからない。それでもポシェットの温みだけは確かに少年の心に安らぎを与えていた。

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