上原先生

「あの、これ、違いますか?」

「あれ、あっ、僕のだ。いつの間に落としたんだろう、気がつかなかったな」

「本堂の方ですよ。物が落ちる時の音って不思議と聞こえないですよね、子どもの声も大きかったですし。」

「確かに。いやあそれにしても助かった。これがなかったら嫁さんにこっぴどく叱られるところだった。ありがとう。」

「それはよかったです。僕も勇気出して声をかけた甲斐がありました。」

「えっと、それで、君は」

「嗚呼、自己紹介がまだでしたね、僕は長尾といいます。以前、上原先生には高校の方でお世話になっていました。」

「学生さん!そうかそうか、上原も先生だもんなぁ。あの上原がなぁ。」

「あのう、上原先生は少なくとも僕たち学生の前では随分先生らしい方だったのですが。そんな感じではなかったのですか?」

「先生らしい方!まさか!上原が高校の時にはどちらかというと先生から目をつけられる方だったよ」

「そう、だったんですか…?ちなみに、貴方は上原先生の同級生でいらっしゃる?」

「あっごめん、そうか、僕も名乗ってなかったな。僕は松永、上原とは高校の時同じクラスだったんだ」

「ああ、いえ、こちらこそ突然すいません。松永さん。それで、目をつけられるとは…?」

「うーん、なんていうのかな。髪を奇抜な色に染めたり、タバコを吸ったり、っていうのではないんだけど。あいつは、とにかく朝起きるのが苦手なやつでさ。いつもだいたい遅刻するんだけど、教室に入ってくる態度が妙に堂々としているっていうか。肝が座っているっていうのかな。」

「ああ〜なるほど!確かに、何にも動じないどっしりとした感じはしてましたね」

「そうだろう?だからまあ、頼り甲斐はあるんだけど、叱る側からするとなんでそうも偉そうなんだって感じなんだろうな。そうそう、いつだったか、急にあいつが三日くらい学校を休んだ時があってさ。学校にも連絡はないし、家の人は学校に行っていると思っていたらしくて、結構騒ぎになったなぁ。」

「えっそれは大変じゃないですか。」

「そう、大変。でも四日後にはしれっと学校に来てさ。職員室に呼ばれたんだけど、教職員が見守る中、堂々と真面目な顔で『自分探しの旅をしてました』って答えたらしい。バカだよな。それで担任の逆鱗に触れて問答無用で反省文3枚。」

「はぇ〜上原先生にそんな時代があったなんてなぁ」

「むしろ僕たちにとっては上原が先生やっているってことが驚きだったけどな」

「そう、ですかね。」

「まあ、ただ、今考えると、確かにあいつは教わる側じゃなくて教える側だな。君みたいな学生が葬式に来るくらいだから、良い先生だったんだろうな」

「そうですね、良い先生でした」

「いやあ、でも僕も最近は会ってなかったからな。話が聞けてよかったよ。あとこれも。拾ってくれてありがとう」

「いえいえ、こちらこそ、上原先生の学生時代の話を聞けてよかったです。面白い話をありがとうございました。」

「じゃあまた」

「はい、また機会がありましたら。それでは」




電車に乗って、かつての同級生の先生姿を思い描く。確かに、あの堂々とした態度は先生としては頼り甲斐があるように見えなくもない。意外と天職だったのかもしれないな、と思ったところでふと気が付いた。


「・・・あれ、あいつって中学の先生じゃなかったっけ」





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