1章
Ⅰ 第八のラッパ
偉大なる御方、主よ。主はわたしのために城となり、塔となり
鉄となってくださいます。
彼らの悪に報い、苦しみをもたらす彼らを滅ぼし尽くしてくださります。
我らの神、主よ
どうか彼らを滅ぼし尽くしてください。
詞編 第36章 第10節
「うわちゃあ……これもだめそうだなぁ」
つまんだ布は、風になびいた端から崩壊し、塵に還っていく。本日4度目のチャンスも、これで潰えたことになる。女はがっくりと、近くの座れそうな鉄の残骸に腰掛けた。旧人類の遺産、ナノメタル。耐熱・耐腐食性能に優れ、配合されたナノマシンへのプログラム次第によってあらゆる用途に使用可能だったという、通称「神の鉄」。この熱波と火塩の中にあってなお、表面はかつてプログラムされた温度を保ち、灼熱の大気にあって異常なほどひんやりとした感触を与えてくれる。
「いい加減慣れてきたとはいえ、やっぱり気持ちいいね!」
灰色のボロマントに身を包んだ女――フィルシーは、久しぶりの「冷たい」という感覚に、大げさともいえるリアクションを見せた。なんせ、ここまで表面温度が低めに設定されているナノメタル自体、久しぶりだったのだ。これまで見かけた鉄屑はどれもこれも、ナノマシンのプログラムがイカれており、この火塩砂漠など比較にならないほどの高熱を放っているものがほとんどだった。
「っと、いけないわ。 早いとこ、次の
この火塩砂漠で生命体が生きていくためには、現状唯一の方法とも呼べる、ナノメタル文明の残り香。
詳しい原理はフィルシーにも理解の外だが、ナノマシンがこれまでの金属には成し得なかった「柔軟性」を与え、布のような役割を付与することに成功したのだという。鉄の羽衣、とでも言うべきそれは、通常の繊維質では到底耐えることのできない熱風を防ぎ、荒れ狂う塩に満ちた大気のなかでの呼吸を約束してくれる。今纏っているそれが、当時はカーテンだったのか、テーブルクロスだったのかはもはや分からない。しかし霊長が滅んだ後もこうして、過酷な環境に身を置く彼女の身体を守ってくれていた。まさに、「
「でも、やっぱり完品ともなると、そうそうないんだなーこれがまた」
成分内のナノマシンが破損していてすぐ塵になってしまうもの、状態が良くても、自身の身体に纏うとなると小さすぎるものなどばかりで、目当ての品には今のところ巡り合えてはいなかった。小さすぎたものに関しては、顔当てなどに使えないこともないので、拾ってはいるのだが。
フィルシーは、唯一人の行進を再開する。灼けた塩を踏みしめ、一歩、また一歩と砂漠を進む。地平の先に見えるのは、憎たらしいほど美しく、
それしか、なかった。
「あー、もう嫌になっちゃうよ――死なせて、くんないかなぁ」
「――対象を補足」
「声」が聞こえた。
広大な砂漠の、吹き荒れる熱風の中、ソレは透き通る様な響きで、フィルシーの鼓膜を振るわせた。
「――は?」
フィルシーは最初、また己がおかしくなったのだろうと思った。おかしくなった脳がでたらめな電気信号を送って、幻聴を起こしているのだろうと。
……私じゃない、誰かの声。そんなものは聞こえるはずがない。だって、この星には、もう――
混乱する彼女が次に聞いたのは、機械音。文明が滅んだこの大地において、やはり耳にすることのできるはずもない、繁栄が奏でる音。
ギギギ、ガシュン、ガシュン、キュイイイ、ガシュン。
音は、背後から聞こえてきた。しかも、段々大きくなっている。規則的に聞こえてくる「ガシュン」という音が、恐らく足音ないし移動音で、こちらに向けて接近しているのだ、という推測ぐらいは、おかしくなりかけた頭でも分かってしまった。
「まさか……まさか――遂に、お戻りになられた?」
驚愕と混乱が脳内を渦巻き、最後に残ったモノ、それは――期待だった。
「私は……やっと終われるのですか? ここから先に、行っても……よろしいのですか?」
幾星霜もの年月、待ち焦がれた。果てることも、狂うことも許されず、生きているのか死んでいるのかすら、曖昧だった。
とっくに枯れたと思っていたはずの、涙が頬を伝う。体が熱を持ち、死んでいたはずの心が燃え上がるのを、彼女は確かに感じていた。
あの日以来、ずっと欲しかった、救済が。遂に……
フィルシーは振り向く。長き罰を背負った旅路の終焉、その訪れに安堵しながら。
「お願いします……主よ、私を、私をどうか
「命令を拒否、これより、目標へ侵攻を開始します」
白き大地に、黒き征服者が再び降り立ったその日
レコンキスタの
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