Wondering in Wanderland

Palmette Lotus

序:ReVerse

 シャマルエムの民たちは、死から逃れようと、次々に主に背く言葉を口にした。

 また、シャマルエムの司祭は、言った。

「統べ治められる方、主よ。あなたは、あなたが造りなされたすべてのものを、終わらせるよう言われた。統べ治められる方、主よ、遍くすべての裁きを望みます」

 シャマルエムの司祭は、仔羊と棕櫚の実とぶどう酒を主に捧げ、主への感謝を示した。

 主は、生命も、恵みも、楽園も、祝福も、等しく始まりの土へと還された。


                       黙示の手紙 第15章 第3節






 そこには、大きな槍が突き刺さっている。地面より上に見える柄の部分だけでも、ゆうに数メートルはあろうそれは遥か昔の大戦の遺物。かつての文明のナノマシン由来の技術、ナノメタルの結晶である。経年崩壊も、劣化すら起こすことなく、とっくに存在しないはずの持ち主を待ち続けるその得物を、一人の女が見つめていた。

「数えるのも、そろそろ億劫になってきたなぁ」

 まるで電柱の本数を確認することに飽きたかのように、女はそう口にした。ぼろきれと言われてもおかしくない灰色のマントとフードは、地平線の彼方まで続くこの火塩砂漠からこれまで女を守ってきた。だが、対塩性能もそろそろ限界が近い。どこかで新品を調達する必要があることも、女は重々承知している。

「だから、久しぶりに――本当に久しぶりに、こうしてをしているわけなんですが……これじゃ放浪者というよりは、十戒の預言者様みたいッ……あっつ!」

 冗談を言ったそばから、大気の熱に耐えきれずに口内が悲鳴を上げる。慌てて女は口を閉じ、フードを深く被り直した。

 

 ――火塩砂漠。

   それは、征裁の大地。

   それは、欲望の成れの果て。


 、滅びと再生の証。

 星の表層を覆いつくした際限なき塩塊は、その精製過程で付与された放熱現象を今なお残し、風によって飛散したそれらは、大気を燃やし、際限なきこの地獄(てんごく)と作り上げた。


 ――私は、必ず終わりを見つける。そのために……


 女、フィルシーは歩き続ける。灼熱の白き世界を、一歩一歩踏みしめながら。




 その歩みに呼応したのかは定かではない。しかし、「最後の奇跡」の到来を、確かにそれらは感知した。


「見つけました、御主の遺した、彷徨える幻想」

 救済は動き出し、


「『主の祝福』か、急がなきゃ」

 雷霆は駆け抜け、


「早い者勝ち? いいや、強い者勝ちだ」

 太陽は熱を増し、


「――」

 呪いは唾棄した。




 使命を終えたはずの者たちは、再び駆動うごき始める。

 取り戻した世界で、再び、自らの刃を振るわんと――






 主は女に言われた。

「わたしはわたしの帰る場所へ行く。しかしあなたは、わたしが帰ってくるまでの間、待っていなければならない」

 女は、主がお告げになった通り、その場所から先に行くことはできなくなった。


                         天命記 第6章 第21節

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