行間「unknown battles of unnamed heroes」
「おりゃあ~~~~~~っっっ!!!」
時刻は日の出。
場所はアルリガード王国の中心、王族の住む巨大な城の西側に設置された側塔。
王国の守りがより強固になってからはほとんど使われなくなった形だけの防衛用施設。
だが、そんな塔の中で満面の笑みを浮かべ、ピョンピョンと跳ねるのは、豪華なドレスと煌びやかなジュエルを身に着けた、おとぎ話から引っ張ってきたのかと思うほどに端正な顔立ちをした王女様。
アルリガード王国第一王女、リーリア=ベルデ=アルリガード。
そんな王女様は、叫んでいた。
心の底から、楽しそうに。
「ぶっ放せですわ~~~~~~~~~っっっ!!!」
直後、建物が崩れるのかと思うほどの轟音と振動が塔を襲う。
ぐらりと揺れる床でなんとか踏ん張りながら、リーリアは視線を前へ向ける。
側塔の上部にある大きな扉を解放し、リーリアは王国を守る壁を見つめていた。
壁はかなり遠くに見えるが、南西の壁の一部が崩れ落ちているのが映った。
それを確認できたリーリアは、満足そうに両手を上げた。
「やりましたわ! 当たりましたわ! 大成功ですわ!」
そんなリーリアの声を聞いて、横にいた一人の兵士が今にも泣きそうな顔で声を上げる。
「リーリア様! こ、こんなことをやってしまっていいんですか!? 僕、これ以上やらかしたら兵士でいられなくなると思うんですけど!」
「大丈夫ですわ! 私たちはな~んにも悪いことなどしていませんの!」
全身に包帯を巻く新兵、ギールに対してリーリアは余裕のある表情で、
「私たちは
「そ、そんな言い訳が通用するんでしょうか……」
不安そうにギールは頭を抱えた。
エルドとカインの戦いの途中で気を失い、目が覚めたらベッドの上。
誰が応急処置をしてくれたのかは教えてもらえず、全身の痛みが取れないためにベッドで寝ることしかできないギールの元へひょっこりとリーリアは現れたのだ。
そしてスキルで傷を治したのかと思ったら、ルフィアたちの手助けをすると言われてここまで連れてこられた。
リーリアは脱出についての詳細を聞いてなかったらしく、道中でギールの話を聞いた後、援護射撃の方針を決めた。
本当は周囲に打ちまくってかく乱させようとでも考えていたのだが、ギールのスキルを聞いたリーリアはあることを閃いたのだ。
「それにしても、本当に届くんですね。通常の数倍の魔力を込めて、僕のスキルで砲台が破裂しないように発射するだけで」
「半分賭けでしたけど、できたなら万事おっけーですわ!」
試作型の巨大魔力砲台をバンバンと叩きながらリーリアは笑っていた。
アルリガード王国が魔力砲台によって強固な守りを確立させる前、試作型として作られた、今のものよりも三回りほど大きい砲台。
城の探検と脱走という奇抜な趣味を持つリーリア以外には、ここを知っているものはあまりいない。
じきにここに気づいた誰かが来るだろうが、別にそれで構わない。
「それでは、もう一つの砲台をぶっ壊すためにまた魔力の詰め込みですわ! 手を貸しなさい、ギール!」
「そ、そんなぁ! 元々魔力が少ない僕じゃあ、これ以上はもう無理ですよ!」
「私も手伝いますわ! だからつべこべ言わずに根こそぎ詰め込めですの!」
「ひぃ! わ、分かりましたよぉ!」
あまりの圧に泣きそうになりながら、ギールは魔力砲台の後ろに備え付けられた魔力を流し込むための板に手を当てる。
続くように、リーリアもギールの横にくっついて彼の手に華奢な腕を重ねる。
「わ、わわっ!」
想像以上に近い距離にギールは顔を真っ赤にするが、
「動かないでくださいまし。早くしないと、ルフィア様たちを助けられませんわ」
横に立つリーリアの顔は、真剣そのものだった。
ただルフィアとカインを助けたい。
それだけのために、リーリアはここにいると引き締まった顔が伝えていた。
「す、すいません……」
動揺した自分が恥ずかしいと、ギールは視線を下げた。
落ち込む素振りを見せたギールを見て、リーリアは優しく笑う。
「私たちには、私にしかできないことがありますわ。そう、ルフィア様が言ってくださいましたの。だから、頑張りましょう。これが、私たちにしかできないことですわ!」
「はいッ!」
そして、魔力を装填し終わった二人は魔力砲台の向きを調節する。
ギールは大砲をがっしりと掴み、スキルで自分と大砲のどちらもを硬化させて衝撃に備える。
さきほど撃ったときには、あまりの衝撃に体が後ろへふき飛ばされるところだった。もしかしたら、硬化していなかったら死んでいたかもしれない。
だが、それでもやるしかないのだ。
命を懸けて自分を守ってくれたあの人たちの恩に、報いるために。
準備を終えたことをギールが視線で伝えると、リーリアは少年のように笑った。
そして楽しそうに両手を上げ、叫ぶのだ。
自分にしかできないことを見つけたと、あの勇者に届くように。
「ぶっ放せですわ~~~~~~~~~っっっ!!!」
そして、同時刻。
場所は王国の壁を守る西の門。
そこでは、明け方にも関わらず兵士たちがせわしなく走り回っていた。
「どうなっている! あの炎はなんだ! 勇者たちはどこにいる!」
「分かりません! 民間から入った情報ではこの西の門へと逃げたと言っていたのですが……」
「訳が分からない! 炎が消えたと思ったら今度は壁が壊れたんだぞ! あそこに勇者たちがいることは間違いないじゃないか!」
「は、はい……」
これだけ兵士たちが動揺している理由は、不確定な情報の連続が原因だった。
昨日の夜中、勇者が西の門から逃げようとしているとの情報が入ったのだ。
だからわざわざ南西の兵士を西側に寄せて配置したにも関わらず、大事件が起きているのはその南西の壁。
あの巨大な炎も、壁の破壊も、兵士たちの予想を超えた事態でどうするのが正解なのかが分からないのだ。
と、そこにやってきたのは胴体を包帯で縛り上げた女性の兵士。
「まずは現状の確認だ! 一つ一つ整理をすればやるべきことは見える!」
「ミーア副軍将! ご無事でしたか!」
「ああ、治療に少し時間がかかってしまって遅れてしまった。すまない」
そう言いながら兵士たちに指示を出そうとミーアが進もうとした瞬間、何者かがミーアの元へと走ってきたのだ。
「た、助けてください!」
「なんだ! すまないが別の兵士を頼ってくれ! 私にはやるべきことが――」
「俺たちの馬車が、勇者に奪われたんです!」
「なに――ッ!?」
ミーアへと話しかけたのは、薄汚れた服を着た男だった。
見たところ行商人といったところだが、それに使う馬車を奪われたということか。
男は西の門の方を指差した。
「少しだけ馬車を借りたいと言われて馬車を渡した瞬間、俺たちの制止を振り切っていってしまったんです! あれがないと商売ができない! 助けてください!」
ミーアは顔を歪めた。
男の馬車を奪った者が勇者だという保証はない。
勇者と名乗ることで脅したという可能性もある。
だが、考えている時間はない。
ここで迷って時間を浪費する方が悪手と、ミーアは考えた。
「むぅ……! 分かった! すぐにあの馬車を追え! 数で押せばあの弟子も倒せるはずだ!」
そのようにミーアが指示を出してから、数分が経った頃だった。
南側から、別の兵士が走ってきたのだ。
息を切らしながらも、兵士はこう叫ぶ。
「ミーア副軍将! 大変です! 南の門で、行商人の馬車が勇者に奪われ、逃走されたと……!」
「な、なんだと!?」
思わずミーアは声を上げた。
これで、今しがた追跡の命令を出した西の馬車か、今報告があった南の馬車のどちらかは勇者が乗っていないということになる。
いや、もしかしたら。
「おい、お前。さっきの話は本当だったん――」
振り返ったミーアの視界には、先ほどの薄汚れた男がいなかったのだ。
いつの間にか、どこにもあの男はいない。
そこまで来て、ミーアは青紫色の短髪をぐしゃぐしゃと掻いた。
「くそ……! やられた……!」
体を震わせたミーアは、血がにじむほどに唇を噛んだ。
だが、その一瞬で全てを呑み込んだミーアは凛々しい声を張り上げる。
「全員、西と南の馬車の追跡をやめろ! 全て罠だ! やはり勇者がいるのはあの南西! そちら側で走る馬車を見つけて追え!」
言いながら、ミーアも南西へと向かって走り出す。
「やりやがったな、勇者ルフィア……!」
と、そんな様子を建物の陰から不敵な笑みを浮かべて見つめる男が一人。
そして、ニヤニヤと笑う男の元へ歩いてきたのは、ガタイのいい強面の男。
「いいんですか、ベルドロさん。あんなガキの言うことを聞くなんて」
「当たり前だろ。これであのガキは俺に山ほど金を返さなきゃならねぇからな」
クスクスと笑うベルドロを見て、ガタイのいい男も呆れたように笑う。
「それにしても、あなたも悪い男だ」
「なんだ。別に俺は何も約束は破っちゃいないぜ」
「確かにそうですけど……」
「元々、あのガキとの契約は馬車を出すことだけだ。誰かに言っても文句なしだっていう言質も取ってる。だからいいんだよ、あの炎帝アルテマに情報を流して金をもらって、国にも嘘の情報を渡して稼いだって」
ベルドロがやったことは、大きく分けて三つ。
一つはカインとの約束である西と南から馬車を出して兵士たちをかく乱すること。
二つ目はアルテマ=ロウルルーに脱出の予定時間とリズについての情報を流したこと。
三つ目は王国に勇者たちが西へ逃げたという偽の情報を流したこと。
アルテマからは既に情報料は受け取っている。
それゆえ、勇者側が勝てばアルテマからの金を得つつ、のちに彼らへの借りが生まれ、アルテマが勝てば勇者を殺したことによる報酬の一部もこちらへと流れてくる。
どっちへ転んでもベルドロに金が流れてくるのだ。
最後に、一番面倒な勇者たちが王国に捕まって金が回収できないという事態を避けるために偽の情報を流す。
これが今、ベルドロができる最善手。
リズとキメラスライムを失ったあとに、どうにか赤字を減らすために行ったことだ。
「覚えておきな。これが悪人だ。約束を破るだけが悪じゃあない。自分の利益のために他人を最大限利用するのが、本当の悪人だ」
ベルドロはそう言って、日の当たらない影へと歩いていった。
これが彼らの戦いの一部始終である。
しかし、この戦いは歴史には決して残らない。
さらに、彼らが公に名を晒すこともないだろう。
だが、そこには確かにあったのだ。
名もなき勇者たちの、知られざる戦いが。
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