第24話「勇者の弟子は想いの全てをその剣に」

 目の前で、火山が噴火したのかと思うほどだった。

 雲に届きそうになるまで伸びた炎の塊が龍のようにうねり、カインたちに襲い掛かる。

 逃げ場がない。受け止めるしか、ない。

 ギールの盾だけだとおそらく炎に呑み込まれる。

 迎え撃つには、今までの全てを組み合わせる必要がある。


「師匠、僕の後ろに!」


 ルフィアには背中に密着してもらい、カインは盾を構えた。


「【硬化デュール】、【碧風アルゲイル】ッ!」


 ギールのスキルは、触れているものまで硬化させることができる。

 あまりにも大きい対象は無理だろうが、ルフィア一人程度なら大丈夫なはずだ。

 しかし、硬化が熱に強いとはいえ、あの炎はエルドのそれとは格が違う。

 アルテマの周囲の壁石がドロドロに溶け始めているのだ。

 石をも溶かす熱量に耐えきれる保障はない。


「アハハハッ! 死ね! 死ね! 善人ども!」


 炎の塊が向かってくる。

 カインは足元から溢れ出した風で自分の周りを膜のように覆い、盾と風で防御を固める。

 ゴォア! とカインの視界が盾と炎で埋まった。

 熱風に耐えながら、全身に力を入れて盾を構え続ける。

 風で自分たちを覆っていなかったら、息をしただけでも喉が焼けていただろう。


「ぐ、ぐぅぅうう!」


 硬化しているとはいえ、痛みと熱は感じるのだ。

 無事であるはずなのに、全身が溶けるような感覚がカインを襲う。

 このまま防戦一方ではそのうちカインの力が尽きて終わりだ。

 何か、打開策を。


「前に進みなさい、カイン」


 カインの背に身を寄せるルフィアが、そんなことを言った。


「私はどれだけ絶望的な状況でも、真正面からねじ伏せてきた。過去にアルテマを倒したときも、私はこの炎を切り刻んでやったわ」

「これを、正面から……?」


 炎の中で、ルフィアはこれをねじ伏せたというのか。果たしてそんなことが、自分にできるのか?

 だが、可能か不可能かを考えている余裕はない。

 やるしかないのだ。自分が、この場で、この剣で。

 いつかルフィアを越えなければならないのならば。

 今が、超えるときだ。

 両手で押さえていた盾から右腕を外し、カインは剣を抜いた。


(手が、震える……)


 失敗すれば、ルフィアは死ぬ。

 死に直結する命がけの攻撃を前に、カインは恐怖に震えていた。

 でも、大丈夫だ。ルフィアがついている。

 ルフィアは決してカインを見捨てなかった。

 どれだけ才能がなくても、前に進む勇気さえあれば絶対に勇者になれると、笑ってくれた。

 この五年間で、十分すぎるほどもらった。

 でも、欲を言うのなら。


「師匠。お願いがあります」


 ふうと息を吐いたカインは、少し照れ臭そうに、


「頑張れって、言ってください」


 その言葉を聞いて、ルフィアはこんな状況であるにも関わらず笑ってしまった。

 楽しそうに口角を上げながら、ルフィアはカインの背中をトンと叩いて、


「頑張れ、カイン。大好きよ」

「……あははっ」


 その一言だけで、なんでもできる気がした。

 体の内側から、力が湧いてくる。

 守ろう、絶対に。世界よりも大切な、この人を。


「――【武器覚醒アグナマグナ】」


 カインが剣を強く握った瞬間、その剣が硬化によって光沢を増し、さらに青緑の風が剣を覆った。

 剣の覆う風はぐるぐると竜巻のように渦を巻き、まるで風そのものを握っているようにも見えた。

 硬化で熱に強く。風で炎の勢いに対抗する。

 あとは、手数だ。

 ひたすら風をまとった剣で、炎を斬る。

 ゴリ押しなら、五年間見てきた。


「師匠は魔王との戦いのとき、一秒の間に千回の斬撃を繰り出した。そこまではいかないけれど、あれをイメージすれば」


 千に届かなくていい。

 百でも、二百でもいいから。

 この腕が千切れる限界まで、斬って斬って斬りまくれ。


「――【自動操縦ベディオート】!!」


 これをルフィアが使ったのは確か、再生能力を持つ相手との戦いだったか。

 斬っても再生してしまう相手を、再生よりも早く切り刻んだ剣技。

 だが、今回のイメージはあの記憶だけではない。


 ミーアとの戦いで教わった。自分にあった動きでないと、負担が大きい。

 でも大丈夫だ。この型には特別な動きは何もない。

 ただ、連続で斬ることだけを考えろ。

 剣を振るだけなら、何万、何億とやってきたではないか。

 あの経験値を、無駄にするな。

 今までの全てを、みんなの想いを剣に込めろ。


「――《暴龍の逆鱗》」


 カインは盾から手を離し、両手で剣を握った。

 それから一秒もかからず、炎がカインたちを呑み込もうと迫りくる。

 だが、一秒あれば充分だ。


「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!!!!」


 一秒にも満たない時間に、何度も何度も剣を振る。

 イメージができたのは百二十三回。

 炎に対抗はできてはいるが、斬撃だけでは足りない。

 だからカインは、剣を斬るイメージだけでなく、リズのスキルを増長させることも組み込んでいた。

 ドドドドドドドァ! と剣を覆っていた風が膨れ上がり、本当の意味で竜巻のように増幅していく。


「な、なに、これ……!?」


 炎を操る感覚の中で、カインの反撃を感じたアルテマは表情をこわばらせた。

 考えられなかった。先ほど見たときには、ここまでの力があるとは思わなかった。

 アルテマは多くの敵と魔物を葬ってきた相当な実力者だ。

 当然、一目見ただけで相手の力量を把握するぐらいはできるのだ。

 だからこそ、外へリズを投げるだけで除外できると考えた。

 なのに。


「なんなのよ、あんたは……ッ!」


 リズを助け、ここまで戻り、あまつさえこの炎帝アルテマの炎を相殺しているのだ。

 ありえない。こんな馬鹿げたことをやったのは過去に一人だけ――


「また、また勇者か……!」


 今度こそ、勇者を殺せると思っていた。

 それなのに、今度はその勇者の弟子に阻まれているのだ。

 許せない。

 二度もあんな虫唾の走る善人に負けるなど、プライドが許さない。


「てめぇみたいな三下のガキに、私が負けるわけがねえだろうがァ!」


 アルテマはさらに魔法の火力を上げた。

 これ以上の力は、炎魔法耐性に特化したドレスだとしても自分の体が焼けてしまう可能性がある。

 だがそうだとしても、あの二人を殺す。


「死ねぇええええええええええッ!」


 自分のできる最大の火力を、注ぎ込んだ。

 これを破れるとしたのなら、それこそ本当の勇者でなければ……


「うそ、でしょ……?」


 ついに、視界に映ってしまったのだ。

 幻覚でも見ているのかと思ってしまうほどだ。

 それはまるで、あの日の――


「勇者、ルフィア……?」


 いや、違う。

 あれは、


「僕は絶対に、負けない! 師匠も誰も殺させないッ!」


 青緑の風をまとい、暴れ狂う龍のように炎を斬り続けるカインがいた。

 もうすでに、カインは二百以上剣を振っていた。

 最初に自動操縦ベディオートを使ったときにイメージした回数は、もうすでに超えている。


 だが、カインは自動操縦ベディオートが終わった途端からイメージを再構築し、剣を振り続けていた。

 ブチブチと、腕の筋線維が切れていく音がする。

 それでも、止まらない。


「覚悟しろ、アルテマ=ロウルルー!」


 そしてついに、カインは膨大な炎を、突き抜けた。

 目の前に現れたカインに対して、アルテマは炎と風と土の魔法を同時に使い、最後の抵抗を試みる。

 だが、硬化で土を打ち砕き、風で炎を掻き消し、力で風を突き破る。


「これが僕の、僕たちの、想いの全てが込められた、世界最強の剣だッ!」


 勇者の弟子は、何重にも重なる魔法を、強引にねじ伏せる。

 想いの全てを、その剣に込めて。


「おおおおおおおおッ!」


 ドゴァ! とアルテマは剣がまとう風によって勢いよく床に叩きつけられた。

 魔法使いとして肉弾戦を避けてきたアルテマは、その一撃で完全に気を失っていた。


「…………勝った……?」


 全身に痛みが走る。

 腕がもう上がらない。魔力も、底を尽きた。

 だが、勝った。勝ったのだ。世界最強の炎使いに。

 ふらりと、カインの体が揺れた瞬間、


「カイン……!」


 倒れそうになっていたカインを、ルフィアが抱きしめた。

 目に涙を浮かべながら、ルフィアはカインの頭を自分の胸に押し付ける。


「よかった……。生きてて、本当によかった……」


 戦闘中はカインを不安にさせるわけにはいかなかったのだろう。

 今更になってルフィアを襲っていた恐怖や不安が決壊したダムのように溢れ出したようだった。


「苦しいです、師匠……」

「あ、ご、ごめんなさい……」


 ルフィアから解放されたカインは、ボロボロの体でにっこりと笑って、


「約束、守りましたよ。ちゃんと生きて、あなたを護れました」

「ええ。あなたは最高の弟子よ」


 ルフィアはそっとカインの頭を撫でる。

 しかし、悠長にしている時間はない。

 すぐ近くから、兵士たちの声が聞こえた。


「向こうだ! あの炎が目印だ! あそこへ向かえ!」


 アルテマの暴力的な炎が、兵士たちの目印になってしまっていたらしい。

 今の状態のカインが、何人もの兵士を相手にできるとは思えない。


「仕方ない。このまま壁の外へ行くわよ、カイン」

「え、でも……魔力砲台は……」


 アルテマとの戦闘があったのは、ちょうど二つの魔力砲台の中間地点。

 あの戦いの中でも、おそらく魔力砲台が使用不能になっていることはない。

 だが、残された魔力で砲台を扱うのは不可能だ。

 万一、武器覚醒アグナマグナを使えたとしても、時間がない。


「砲台に当たらないことを祈って逃げるしかないわ!」

「……分かりました」


 残された少ない魔力を使って、リズのスキルを使ったカインはルフィアを抱えて壁から降りた。

 着地してすぐ、カインとルフィアは用意されていた馬車に乗り込む。


「私が運転するわ! カインは後ろに!」


 言われるまま、荷台でぐったりと体を横にした。

 馬車が進み始めた衝撃で、体がガタガタと揺れる。

 静かに体を起こしたカインは、荷台から壁を見た。

 視界に映った二つの魔力砲台が、どちらもこちらに向いていた。

 まずい。

 このままだと、すぐに撃ち込まれてしまう。

 祈るしかないと思ったカインは目をつぶった。


「何か、何か……!」


 そう、カインが呟いた瞬間だった。


 ドガァァアアアアアアアアアアアアアン!!!!!


 そんな轟音とともに、魔力砲台の設置されていた壁が勢いよく崩れ落ちた。

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