第23話「炎帝アルテマ」
「あらあらあらぁ? 大事なお弟子さんが身を投げたっていうのに、ずいぶんと余裕があるのね」
「まあね。あの子が死ぬはずないし」
「相変わらずつまらない女。まあいいわ」
カツ、カツ、とアルテマの履くハイヒールが鳴る。
ルフィアにもう力が残っていないことを分かっているのか、無防備にグイグイと距離を詰める。
「本当に、悲しいぐらい弱くなっているわねぇ。とてつもない呪いだわぁ」
「困ってるのよ。あなた治せる?」
「無理よ。私、呪いは専門外だから」
「使えない魔法使いね」
「うっさい。殺すわよ」
ボゥ、とアルテマは右のてのひらに炎をともした。
しかし、一切顔色を変えないルフィアを見て、舌打ちをしながら炎を消す。
アルテマは踵を返してまた遠ざかりながら、
「せっかくなら、この呪いについて知ってること教えてくれない?」
「なんで私がわざわざ教えなきゃいけないわけ?」
「どうせ殺すつもりなんでしょ? 減るものじゃないしいいじゃない」
うんざりとアルテマはため息を吐いた
とはいえ、兵士もあの弟子も排除した今、特別急ぐ理由もない。
その気になれば今のルフィアなら数秒で殺せるのだ。
少しくらい話しても問題はないはずだ。
「その呪い、半端じゃないわよ。私でも……いや、世界中の魔法使いでもそのレベルの呪いをかけられるのは数人程度じゃないかしらぁ」
「ちなみに、私の場合はナイフに呪いが込められていたんだけど」
「呪いを付与した武器……ねぇ。ならもう、そんな芸当ができるのは一人だけじゃない?」
一つ呼吸を置いて、アルテマは言った。
「ヘシュカ=ルミリオーネ。南の大国ダンダリアに拠点を置くクソ外道の魔法使いよ」
「聞いたことないわね」
「そりゃあ、魔王狩りに人生かけてたあなたは知らないでしょうね。魔王が暴れていた裏で呪いをかけた武器やポーションをさばいて金を稼いでいたんだから」
ルフィアの冒険は魔王討伐を基本としていた。
道中に訪れた街や村で人助けをすることは多かったが、悪人を懲らしめるために自分からどこかへ向かったことはあまりない。
それゆえ、裏でこそこそとやっている悪事に関しては認知していないことが多いのだ。
「ふうむ。じゃあ、ここを出たら向かうべきはダンダリアか。あんま好きじゃないのよね、あそこ」
「そんなこと知らないわよ。どうせここで私が殺すんだから」
「見逃すってことは?」
「絶対にない。あなたは私が殺す」
それに関して譲るつもりはないようだった。
まあ、それも当然だろうとルフィアは思っていた。
アルテマと始めて出会ったのはカインと出会う一年前。
金を稼ぐために周囲に村があるにも関わらず広範囲に炎魔法を使っていたところをルフィアが止め、勝負となり、ルフィアが圧勝したことがきっかけだった。
人生初の完敗を経験し、アルテマは次に会ったときは必ず殺すと言い残して去っていったが、よもやこんな場所で出会うとは。
どうやら、あのときのお前を殺すという捨て台詞は本気だったらしい。
「じゃあ、戦うしかないわね」
「あらあらぁ。どうやって戦おうっていうのかしら。そんな体で」
言って、アルテマが両手を大きく横に広げた瞬間。
「――【
ゴォアアアアアア!!! と。
炎の渦がたちまち通路を埋め尽くし、竜巻のように縦に伸び上がった。
まだ距離はあるのに、喉が焼けるような熱風がルフィアの全身を襲う。
これでもおそらく、アルテマにとっては準備運動ともいえるレベルだろう。
炎の魔法適正を持ちながら、さらに炎魔法のスキルを重ねて持つ、世界で最も強力な炎魔法を使う魔法使い。
あまりにも暴力的な炎魔法を見て、人は彼女をこう呼ぶ。
「炎帝アルテマ……!」
「あははははッ! あなたに負けた六年前から、私はあなたを殺すためにひたすら努力をしてきた! 安心しなさい。一瞬で灰にしてあげる!」
あれが本来のアルテマの姿だ。
剣を握った瞬間に暴力的な人格になる剣士のように。
炎を扱いだした瞬間、アルテマはためらいなく人を殺せるほどにまで高揚する。
あのスイッチが入ってしまうと、周りに住む人々まで被害を受けてしまう。
どうにかして、こちら一点に意識を集中させなければ。
「残念だけど、私は死なないわ!」
「今の際に残すのなら別の言葉の方がいいわよぉ!」
アルテマを覆う炎の柱が、さらに密度のある炎となって燃え上がる。
熱される空気だけでも肌が悲鳴を上げている。
しかし、ルフィアはそれでも一歩も引かない。
「大丈夫よ。だって、カインが助けてくれるもの!」
「ふざけるんじゃないわよ! あいつはあの小娘を庇って飛び降りた! 万一死んでいないとしても、戦えるわけがない!」
「あなた、何も分かってないみたいね!」
「なに……?」
ルフィアはにやりと笑って、
「リズの呪いの紋章を辿ってここに来たのに、何も気づかなかったのね。だからあなたは私に負けるのよ」
「バカにしてるのか! あの呪いは魔力とスキルを封じるものよ! あの子が戦力になれるわけがない!」
「じゃあ、リズのスキルをカインが使えるとしたら……?」
「……は?」
万が一として。
カインがリズのスキルを使えたとして、だ。
どうしてそれだけでルフィアはあそこまで笑っていられる。
「リズにかけられた呪い、あんな小さな子にかけるにはずいぶんと大袈裟に感じなかった?」
「だったら、なによ」
「理由を考えればいいのよ。それで、全てわかる」
ルフィアは不敵な笑みを浮かべていた。
「あれだけの呪いを施すということは、リズには魔法もスキルも使われたくないということ」
「それぐらいは分かっているわよ!」
「加えて、リズは高価で取引されていたらしいわ。ここまできたら、分かるわよね」
スキルを使われたくない。
さらに、たぐいまれな価値を見出された。
アルテマならば、よく分かるはずだ。
「まさか、私と同じ……?」
「ええ。魔法適正を持ちながら、さらにその属性の魔法系スキルを持つ、生まれながらにして稀有な才能の持ち主。そして、リズの瞳は緑色よ」
「……!」
アルテマの表情が一気に変わった。
魔法に精通するアルテマならばよく知っているはずだ。
魔法適正は、瞳の色を見ることで分かることが多い。
例えば、緑の瞳は、風。
だが、しかし。そうだとして。
「だ、だからって! そんな都合よくあの小娘のスキルをあの弟子が使えるようになるわけないじゃない!」
「都合がいい? 上等よ」
ルフィアは確信していた。
カインに剣を託し、彼が自分のスキルを使ったあの瞬間から。
「舐めないでくれるかしら。こちとら、たった一人で魔王を倒した世界で一番都合のいい人間よ!」
まるでおとぎ話の主人公のように、やたら都合がいい自覚がルフィアにはずっとあった。
しかし、呪いで力を失ったあの時からきっと、世界の中心は自分ではなくなった。
自分はもう勇者ではない。
だが、それでいい。
勇者の器を持つ人間が、跡を継いでくれる。
「そんで、新しく勇者になる人間が、これぐらいの都合のよさに恵まれないわけないじゃない!」
ルフィアがそう叫んだ、直後だった。
壁の外から、青緑の風が竜巻のように現れ、遅れて人影が勢いよく飛び上がってきた。
凄まじい速度で壁に上がってきた人影は、慣れていないのか少し不器用にふらつきながらも姿勢を整えて剣を構える。
「大丈夫ですか、師匠!」
「もちろん! ばっちり時間稼ぎしておいたから!」
グッと親指を立ててルフィアは笑った。
それを見て、アルテマはこめかみの血管を浮き上がらせた。
「なるほどねぇ。これが勇者ってやつなのね」
そう小さく呟いた直度、さらに炎の火力が上がる。
アルテマの足元の石が、わずかに溶け始めていた。
しかし、そんなことなど気にせずにアルテマはこちらへと手を向けた。
「腹が立つ。ぶっ殺してやる」
縦に伸びていた竜巻にも見える炎の渦が、勢いよくカインたちへと襲い掛かった。
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