第21話「賞金稼ぎの魔法使い」
「ん……」
眠っているルフィアの体がピクっと動いた振動で、カインは目を覚ました。
うっかり、深く眠ってしまっていた。
慌てて顔を上げる。
まだ、日は昇っていなかった。
「よかった。まだ日の出前だ」
ルフィアを起こさないようにゆっくりと立ち上がって、周囲を確認する。
兵士の巡回はあるが、特別くまなく探している様子はなかった。
変に探し回って国民の不安を煽るよりも、カインたちに国から出るという目的がある以上、壁の警備を増やせば問題ないと思っているのか。
いずれにせよ、この路地裏で休めたのは幸運だった。
「師匠、起きてください。もうすぐ日の出です」
「……ふあ、ぁ……」
大きなあくびをしながら、ルフィアは目を覚ました。
「ごめんなさい。いつの間にか眠ってたわ」
「大丈夫です。師匠だって疲れてるんですから」
ルフィアはその場で背伸びをしてから立ち上がった。
冒険のおかげで短時間の睡眠のあとにすぐ行動するということには慣れていたので、二人はすぐに壁へと向かって進みだした。
目標は南西の壁。そこの魔力砲台を一つ制圧し、カインのスキルで隣の砲台を破壊。そのあとに外に設置してある馬車に乗って逃走。
全てが上手くいくとは思わないが、壁を抜ける方法はそれしかない。
「行きましょう。この国を出れば、少しは落ち着けるはずですから」
「ええ。外でのんびり寝る方が楽でいいわ」
兵士たちに見つからないように、裏路地を進んでいく。
夕方に城に侵入したからか、警備が薄くなっているという雰囲気はなかった。
しかし、日の出の際に警備が交代するというギールの言葉は本当だったようだ。
壁に近づいた辺りで、眠そうな顔をしながら城の方へと戻っていく兵士たちを見かけた。
「今、交代したばかりみたいですね」
「なら、ここから数時間が一番警備の薄くなる時間ね。あの兵士の様子を見るに、私たちが攻めようとしているのは気づいていないみたいだから、慎重に行きましょう」
「はい。僕が先に様子を見ます。師匠は近くで待機してください」
カインは静かに壁の方へと走っていく。
首が痛くなるほど見上げないと、一番上が見えなかった。
南と西の門から離れている場所のため、壁の近くには警備がいなかった。
近くに階段の入り口があるが、そこにも警備がいない。
ここまで警備がいないということはありえるのだろうか。
不審に思ったカインは、罠の可能性も考えながら階段を上がっていく。
「なんだ、これ……!」
カインは思わず、声を出してしまった。
階段を上っている最中、兵士が倒れていたのだ。
死んではいないが、意識がない。
どこかに衝突したのか、頭に打撲した跡があった。
それと、わずかに焦げた匂いもする。炎だろうか。
さらに階段を上ると、他にも兵士が倒れていた。
「もうすでに、警備が倒されてる? 一体、誰がこんな――」
そんなことを口にしながら、階段を上り切った直後だった。
ゴァ! という音とともに、カインの頬を巨大な火柱が通り抜けた。
「まぁだ兵士がうろついていたのね。ほら、殺しはしないから早く出てきなさいな」
聞こえてきたのは、やけに色気を感じる女性の声。
何者かは分からないが、そう簡単に姿を見せるわけにはいかない。
まずは様子を見るべきだと、カインはその場で息を潜めたが、
「そういえば、もうすぐ日の出ね。なら、この子の声を聞けば誰かははっきりするわね」
何かを引っ張るような音が聞こえた。
そして次に聞こえてきたのは、聞き覚えのある少女の声。
「は、離して……! や、やだ……!」
「リ、リズちゃん!?」
思わずカインは通路に出てしまった。
その姿を見て、そこにいる人物はにやりと笑った。
「あらあらぁ。これで出てくるってことは、あなたがルフィアの弟子ね。待っていたわぁ」
恍惚とした表情を浮かべるのは、鮮血のように紅い髪と瞳を持つ女性。
赤と黒で鮮やかに彩られたドレスのような服。
彼女の周囲に漂う炎によって一切綻んでいないことがあるところを見ると、魔法に耐えられるように作られたドレスだろう。
ならば間違いなく、魔法使い。
そんな魔法使いが、リズの手を掴んでそこに立っていた。
「お前は……」
「そうね。そうよね。自己紹介をしないと、訳が分からないわよね」
魔法使いの女は、気味悪く笑って、
「私の名前はアルテマ=ロウルル―。賞金稼ぎの魔法使いよ」
「どうして、そんな人がこんなところで……」
「さしずめ、私の首を狙いにきたってところだろう」
カインの後ろからやってきたのは、ルフィアだった。
詳しいことは分からないらしいが、どうやら二人は顔見知りらしい。
「知っている魔力を感じてきてみたら、あなただったなんてね」
「久しぶりね、勇者ルフィア。ああ、もう勇者じゃないんだったわね」
アルテマは愉快そうにケタケタと笑った。
だが、ルフィアは鋭い目つきのまま、
「リズを離しなさい」
「い、や、よ。せっかくあなたの弱みを見つけたんだもの。最後まで利用させてもらうわぁ」
暴れるリズの手を離すことなく、アルテマは言った。
痛そうに顔を歪めるリズを見て、剣を抜こうとするカインを、ルフィアは手で制止した。
リズが人質になっている以上、下手に動くべきではないという判断だろう。
カインは素直に従って立ち止まった。
「どうしてここが分かった」
「買ったのよ。あなたたちが日の出に脱走するっていうことと、この女の子の情報をね」
「情報を、買った……!?」
カインは唇を噛んだ。
裏目に出た。ベルドロは王国ではなく、アルテマに情報を売ったのだ。
しかし、悔やんでいるカインを嘲るようにアルテマは続ける。
「魔法にある程度明るければ、この子の話を聞いて呪いの紋様から居場所を特定するのは簡単。だから調べてみたら、この子もう壁に来ていたんだもの。間違いなく当たりよねぇ?」
「ごめん、なさい……。リズ、役に……立ちたくて……」
もう二度と会えないと、どこかで察していたのだろう。
ギールとの会話を聞いていれば、この時間に壁に来ればカインたちと会える可能性は高いことぐらいはリズでも分かるはずだ。
しかし、そのわずかな可能性に賭けてここに来たところで、アルテマに捕まったということか。
「それに聞いた話によると、あなた、呪いで身体能力が著しく低下している上に魔法もスキルも使えないみたいじゃない」
「だったら?」
「邪魔になるのはそこにいる弟子だけ。ある程度戦えるって聞いてるから、どこかへ行ってほしいのよね」
「そう言われて簡単に動くわけないだろ! 師匠には傷一つつけさせない!」
「知ってるわよ。ルフィアの弟子っていうなら、気持ち悪いほど善人だろうし」
言いながらアルテマアが指をくるくると回すと、周囲に風が発生した。
「気を付けなさい、カイン。アルテマ=ロウルルーは、火と風と土の魔法適正を持ちながら、炎魔法のスキルを持った最強の炎使いよ」
ごく稀にしか生まれないとされる、魔法系スキル持ち、かつその属性の魔法適性を持つ魔法使い。
魔法適性があるというだけでも充分な火力が出ることはエルドとの戦闘で分かっている。しかし、アルテマはそれにスキルの威力が上乗せされる。
最低でも倍以上の火力。さらに、風と土の魔法まで組み合わせるとなると、厄介という次元ではない。
アルテマはそんなルフィアの説明に付け加えるように声を上げる。
「そして、かつて勇者ルフィアに負けた魔法使いよ。でもまさか、あなたを殺せばお金が貰えるなんて思ってもいなかったわ。邪魔されないように兵士たちも倒しておいたから、二人っきりでたっぷりお話ししましょう!」
瞬間、アルテマを囲んでいた風が強まり、リズの体が浮かび上がる。
そして、アルテマが腕を横に振ると、浮かんだリズがそのまま壁の外へと投げ出されてしまった。
目の前で、リズの体が下へと落下していく。
落ちていく瞬間の泣いているリズの顔が、カインの脳裏に焼きついて見えた。
「結構高さがあるから、放っておくと死ぬわよあの子。さあ、どうする勇者!」
「絶対に、死なせない!」
躊躇いなく、カインは走り出した。
投げ出されたリズを助けるために走るカインを、アルテマは一切止めようとしなかった。
「そうよねぇ! ルフィアの弟子なら、迷いなく飛び降りるわよねぇ!」
痛快な表情をしたアルテマの甲高い笑い声が響く。
この魔法使いは許せない。だが、今はリズが最優先だ。
絶対に死なせてなるものか。
リズを救う。そのあと、ルフィアも守る。
そのために、自分がいる。
壁から落ちていくリズを助けるために、カインは勢いよく壁から飛び降りた。
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