第19話「自分の力で」

 キィン! と、つばぜり合いで甲高い音が響く。

 そのまま力で押そうと思った直後、カインの左右から氷の棘が現れたため、慌てて後ろへ逃げる。

 両者の間に距離が開く。

 だが、それでもまだミーアの間合いの中だ。


「はッ!」


 細長く伸びた剣を振りながら、その隙間を氷魔法で埋めて死角のない攻撃がカインを襲う。

 しかし、カインはその攻撃を、スキルを使わずにギリギリで回避していた。

 全ての攻撃が目で追えているわけではない。

 それでもなんとか避けられるのは、やはりミーアの動きがどこかルフィアと似ているからだろう。

 ならば、一秒先を予測することもできるはずだ。


「【自動操縦ベディオート】!」


 鉄の鞭と氷魔法のわずかな隙間へ、カインは一瞬でもぐりこむ。

 中距離が得意ならば、即座に懐に入られてしまえば逆に対応しきれないはずだ。

 速度も充分。あと一歩を踏み出せば確実に剣が入るはずだ。


「甘いな」


 ゴォア! と踏み込もうとしたカインの目の前に、突然分厚い氷の壁が現れた。

 頭はそれを理解していた。

 しかし、スキルで体を動かしているカインの体は、対応することができない。


「がッ……!?」


 自身の限界を超えた速度で、氷の壁に正面衝突したカインは鼻から血を流しながら剣を振るが、当然崩れた体勢のまま空を斬るだけだ。

 そして、大きな隙を逃すつもりのないミーアは、すでに元の形に戻した剣を突き立てて氷の壁ごとカインを突き刺した。


「自分の作った氷で視界が遮られて急所を外したか。私も未熟だな」


 自分の手を引くのではなく、氷ごとカインを蹴りで吹き飛ばすことでミーアは剣を抜いた。

 剣で貫かれた左肩と鼻からぼたぼたと血を流しながら、カインは立ち上がった。


「どうして分かった、と言いたげだな」


 剣に付いたカインの血を振って払いながら、ミーアは言う。


「お前が私の動きを予測したのは、その根底に勇者ルフィアの動きがあるからだ。それなら、逆もあるに決まっているだろう」


 二人の動きの根底にルフィアの身のこなしがある以上、カインが予測できるのならばミーアも同じく予測できるはずだ。

 それくらい、少し考えれば分かったはずなのに。

 カインは鼻から垂れる血を拭った。


(元々魔力が少ない僕は常に硬化デュールを使えないし、自動操縦ベディオートを発動してからじゃ動作が終わるまで硬化デュールは使えない……)


 魔力を無駄遣いしないためには、自動操縦ベディオートのイメージの中に硬化デュールの発動まで組み込まなくてはならない。

 だが、ルフィアはそんな風に戦ってきたことはない。

 出来るのだろうか。ルフィアとの記憶を頼りに戦っている自分に。


「やるしかないのよ、カイン」


 カインの悩みに気づいていたのか、ルフィアはそんなことを言った。


「あなたもあの副軍将さんも私の動きに似ているけど、でも二人には決定的な違いがある。それは分かるかしら」

「違い……?」


 間髪入れずに、ルフィアは続ける。


「私の動きを、自分の動きにできているかどうかよ」

「自分の、動き……」

自動操縦ベディオートはイメージを体に出力するスキル。でもね、それが体に合っている動きでなければ当然負担は大きくなる」


 カインがスキルによる反動に苦しむ理由は、単に体が出来上がっていないことだけではない。

 女性であるルフィアとは、身長も、筋肉の質も、骨格も、体の柔らかさも全てが違う。

 それなのにまったく同じ動きを体に強制させれば、負担が大きいのは当たり前だ。

 ギールを助けるという緊急事態がなければ、脱出計画前に教えるつもりだった。

 しかし時間がない以上、今この場で伝えなければカインは勝てない。


「カイン。それはもう、あなたの力よ。あなたにしか出来ない戦い方が絶対にある。それを見つけなさい」


 無茶だと、カインは思った。

 前に聞いた話だと、ルフィアは完璧に自動操縦ベディオートを使いこなすまでに三年かかったと言っていた。

 世界を救った天才が三年だ。才能の無い自分がこんな状況で戦い方を見つけるなんてできるわけがない。

第一、自分のものにすると言っても、どうやればいいのかすらも分からないのだ。


「でも、師匠……」


 不安そうな声を出したカインに、ルフィアは笑顔で、


「目の前にいるじゃない。私の身のこなしを基礎に組み込みつつ、自分の動きに昇華した優秀な兵士が」


 視線の先にいるのは、副軍将ミーア=ラブラドル。

 お手本なら、ずっと目の前にあったのだ。

 ルフィアに憧れ、その動きを鉄の鞭と氷魔法の組み合わせに取り入れ、ここまで戦ってきた兵士。

 その全てを吸収して自分のものに。

 自分だけの、戦い方を。


「私を踏み台にするつもりか」

「せっかくだし、弟子にお勉強させてあげたいと思って」

「ならば、殺してしまっても文句は言うなよ」

「やれるもんならやってみなさい」


 直後、ミーアの攻撃が炸裂する。

 カインは全神経をかけて全ての動きを脳裏に焼き付ける。

 どこがルフィアの動きで、どこがミーアの動きなのか。

 その差の中に、答えがあるはずだ。


「どうした! 逃げるだけかッ!」

「ぐ――!」


 避けきれなかった攻撃によって、体にわずかに切り傷が生じる。

 どこかで甘えていた。勇者ルフィアの真似をすれば、それだけで強くなれると思っていた。

 だが、それは違う。

 今使っているのは勇者ルフィアの力ではない。

 師匠ルフィアが託してくれた、自分カインの力だ。

 弱くてもいい。

 見つけろ。自分だけの道を。


「僕だけにしか、できないこと……!」


 そう思った瞬間、カインの脳裏に一つのイメージが浮かんだ。

 ミーアの動きを予測して、結び付けろ。

 あとはこれを、形にすればいい。


「【自動操縦ベディオート】……!」


 防戦一方だったカインが、一瞬のうちに攻撃に回る。

 ミーアの剣の隙間を抜けていくのは、もうすでにできたことだ。

 問題は、その先。

 当然、ミーアもカインが目の前に現れる瞬間を狙ってくる。


「二度目はないぞ!」


 先ほどと同じように、カインの目の前に氷の壁が現れた。

 だが、カインはそれでもまっすぐに進んで、


「【硬化デュール】!」


 強引に、硬化した体でカインは氷の壁を体当たりで破壊した。

 痛みはあれど、怪我はない。勢いもなくならない。

 剣を振り上げたカインは気迫を込めて剣を振り下ろそうとするが、


「その硬化も、一度見ているぞ!」


 硬化をするところまで、ミーアは読んでいた。

 氷の壁で視界が遮られた瞬間に、カインの首を折るための鉄の輪が作られていた。

 そのまま首にひっかかり、力でねじられてしまえばそれで終わりだ。

 しかし。


「あなたなら、そうするはずだ」


 カインはそう口にした。

 瞬間、ミーアの表情に焦りが浮かぶ。

 それもそのはずだ。自動操縦ベディオートは動作が完了するまで別の動きはできない。

 なのに、カインは喋ったのだ。

 振り上げた剣を、下ろす前に。


「僕は弱い。きっと、攻撃だって読まれる」


 弱いことは知っている。

 それでも、勝つための道を見つけてみせる。

 ミーアがカインの一歩先を行くのなら、その一歩は譲ろう。

 譲ってなお、勝てばいい。


「僕は超える! あなたも、師匠も!」


 自動操縦ベディオートは氷の壁を破壊した段階で終わっていた。

 カインは目で見て、自らの意思で自分の首を狙ってきた鉄の輪に強引に持っていた盾をねじこんだ。

 体を軽くひねりながら、ミーアの攻撃を避けきったカインが、そのまま剣を振る。

 咄嗟に剣の形を戻して防御に回るミーア。


 だが、カインはそのまま剣を振る。

 反射的に剣を構えたミーアの隙は、カインには分かっている。

 ルフィアならこう守ると、分かっているから。

 だから次は、自分の剣で。

 何年も積み重ねてきた、自分の太刀筋で。


「そしてなってみせる! 全てを救う、最高の勇者にッ!」


 スキルを使わずに振った剣が相手を完全にとらえたのは、これが初めてだった。

 強烈な斬撃が、ミーアの胴体に大きな切り傷を作る。

 大量の血を流しながら、ミーアはその場に崩れ落ちていく。

 その間際、わずかにミーアは口角を上げて、


「また、私はあなたに追いつけないようだ」


 どさりと、ミーアは倒れた。

 今までの疲労が蓄積しているカインも、ふらりと体を揺らすが、


「勝ったのは、僕です。師匠じゃない。次の勇者は、僕だ」


 両の足でしっかりと床を踏みしめて、カインは立つ。

 自分の力で振り切った剣を、強く握りしめて。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る