第18話「勇者に憧れた者へ」
「……【
カインが状況を把握しきるより先に、ミーアが変形させた剣を振った。
すぐにルフィアを庇うように立ったカインは、変則的な太刀筋を凝視する。
複雑な動きをしているが、目で追えない速度ではない。これならギリギリでかわしながら隙を伺って――
「カイン! 剣から氷魔法が出るわ、注意しなさい!」
「――ッ!」
叫びの直後、カインの体をかすめた剣から冷気が発せられた。
ルフィアの声のおかげで、ギリギリ反応が間に合った。
至る所から自分へと向かってくる氷の棘の規模を確認したカインは、避けることなく全身に力を入れた。
「【
皮膚に氷が刺さる直前に、カインの体がわずかに光沢を得て硬くなった。衝撃や痛みは当然あるが、ギールのスキルのおかげで怪我はない。
「なるほど。防御力を上げるスキルか」
氷や剣では傷がつけられないと判断したミーアは、鞭のような剣で輪を作るように振って距離を詰めてきた。
剣を持っていない左手をミーアが伸ばすと、カインの横に生じた氷が爆弾のように弾けた。
盾を使って氷を防ぎながら体を動かした瞬間、その動きを予測していたミーアが剣で作った輪っかをカインの首元に通した。
「切れはしなくとも、首を折るぐらいならできそうだな」
「【
スキルを使って、カインは首を剣によって締められる前にそこから抜け出して後ろへと下がった。
硬化に甘えて、剣撃の回避に対する意識が疎かになっていた。
首にあの曲がった剣をひっかけられて、首の骨をやられたら硬くなっているなんて関係ない。
柔を持って剛を制すとはいうが、女性の自分が筋力で劣ると分かっているからこそ、そういった戦闘には慣れているのだろう。
カインはもう一度気を引き締めなおすために大きく息を吐いたが、対してミーアは狼狽を顔に浮かべていた。
「今のスキルは、まさか勇者ルフィアの……?」
その戸惑いは、スキルが原則一人につき一つであるはずなのに、カインが二つ目のスキルを使ったということが原因には見えなかった。
訝しげにカインが眉をひそめる後ろで、ルフィアが声を上げた。
「そうよ。彼は私の後を継ぐ弟子だから」
「……なるほどな。なら、彼が第二の勇者になる前に倒すとしよう」
今度は滑らかに移動しながら、カインの動きを阻むように氷魔法を使ってミーアが攻撃を始めた。
油断をすれば鉄の鞭に腕や足を巻き取られておられる可能性がある。硬化しているとはいえ、いつも通りに動ける以上は関節を狙われたら一たまりもない。
「カイン。私のスキルを使いこなしたいのなら、相手の動きのすべてを見なさい。剣も、体も、視線も、魔法も、すべてを観察して、一秒先を予想しなさい」
「はい……ッ!」
さらに、スキルの反動で次の動きがさらに遅れたならば、その時点で敗北が確定する。
純粋な攻撃力だけならば当然エルドの方が上だが、戦いにくさに関してはミーアの方が厄介だ。
カインは全てを目で追い、脳に刻み込む。
ひたすら防御に意識を回しながら、カインは見に徹する。
と、自分の横に出現した氷の柱を防ごうと盾を素直に構えた瞬間、ミーアが口を開く。
「【
グォ! とまっすぐに伸びていたはずの氷の柱が意思を持ったように変形し、盾を避けてカインへと襲い掛かった。
当然、硬化しているカインに大きなダメージはない。しかし、それに気を取られた一瞬を狙ってミーアは剣を振る。
鞭のようにしなったかと思えば、真っ直ぐに戻って突きを放ち、それがさらに曲がりながら氷を放つ。
まさに変幻自在の攻撃だが、その中でカインはどこか違和感を覚えた。
否、既視感を覚えたのだ。
「気づいたみたいね、カイン」
カインのわずかな表情の変化に気づいたルフィアがそう言った。
ルフィアは最初からどこかで気づいていたのだろう。
ならばおそらく、この予想はあっているはずだ。
カインはミーアの剣捌きを目で追いながら、頭の中でイメージを固める。
「【
鉄の鞭の軌道の隙間を縫いながら、カインがミーアへ剣を届かせた。
イメージが未熟なために攻撃は不完全で浅く、反射的に出したミーアの左手の小手を破壊する程度だった。
だが、カインの顔に動揺はない。
何かに気づいたのか、カインは穏やかな声で、
「あなたの身のこなし、とても綺麗です。まるで、師匠みたいだ」
「何が言いたい」
「あなたも、僕と同じなのかもしれないと思って」
「なんだと……?」
同じように、ルフィアに憧れたカインだからこそ分かる。
ミーアの動き方は、根底の部分でルフィアを真似ているように見えるのだ。
問題は、どうしてミーアがルフィアの身のこなしを知っているのかだが。
「この副軍将さんはボルドさんの孫よ。ずっと前だけど、私の戦いも見ているはずだわ」
この一言で、全てが繋がる。
新兵時代にルフィアに憧れたミーアが、その背中に憧れて鍛錬を重ねてきた。
その中で多くのことを学んだとしても、基礎となる部分がルフィアの動きで構成されている以上、どうやってもその名残は残ってしまうのだ。
ただ、十数年前に見たルフィアの身のこなしが未だミーアの体に染みついているのなら。
ここまでルフィアに憧れているのなら。
「なら、僕たちが剣を交える理由はないはずです」
構えた剣を下ろして、カインはそう言った。
「ミーアさんも、師匠が本当は災厄の勇者ではないことを分かっているはずです。助けてくれとは言いません。でもせめて、師匠に死んでほしくないと思っているなら、ここで戦う必要なんて……!」
元々、誰かを斬るために剣を握ったわけではない。
これはギールを守るための戦いで、そのために必要なことはもうこの場から逃げることだけだ。
ミーアと戦う必要なんて、本当はないはずだ。
しかし。
「……けるな」
小さく呟いたミーアの声は、震えていた。
「ふざけるな……ッ!」
怒りに、震えていた。
憤怒に歪む形相に、カインの背筋に寒気が走る。
スキルを解いてまっすぐに伸びた剣の切っ先が、カインへと向いた。
「私の祖父が勇者と親しいからどうした。私が勇者に憧れて鍛錬してきたからどうした。そんなことで、私が剣を納めると思ったか!? 笑わせるなッ!」
怒りの源泉は、誇りだ。
男か女かなど、微塵も関係ない。
ただ兵士として。
ただ剣を握る戦士として。
命よりも重い誇りに泥を塗られたことに、ミーアは憤慨していた。
「私はアルリガード王国副軍将ミーア=ラブラドル。私はこの国のために、国民の幸福と笑顔のために剣を握れることを誇りに思っている! お前は私の誇りを踏みにじるつもりかッ!」
エルドとは違う質の、勝利への執念。
ルフィアやカインのように、漠然と誰かを救いたいからというわけではない。
自分の国の人たちを守りたい。
そんな気高き想いを持って、彼女は剣を握っているのだ。
カインは心の底から反省した。
先ほどの言葉は酷く失礼だった。
剣を握る理由が違うがゆえに対立しているが、根底にある想いは同じはずだ。
ならば、ないがしろにしてはならない。
もう一度、カインは剣を構えた。
「分かりました。なら、僕も全力で戦います。そして、伝えてみせる」
ミーアの誇りを、これ以上傷付けないために。
証明しなければならない。
この剣で、この力で。
副軍将ミーア=ラブラドルに、きちんと勝って。
彼女の原点ともいえる憧れは、まだここに確かにあるということを。
「あなたの憧れた最強の勇者は、ちゃんと僕が受け継いでいるということを!」
「そうだ。それでいい。私も全身全霊を懸けてお前を斬ろう! カイン=デルガ!」
今度こそ、本当の意味で。
二人の戦士は、その剣を交えた。
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