第17話「信じてるから」
「呪いってのは、本当に厄介ね……」
城の通路を駆けまわりながら、ルフィアはそんなことを呟いていた。
勇者ルフィアが現れ、また逃げられるという筋書きが目的である以上、あえて目立つように動かなければならない。
なので、カインとリーリアの二人とは早めに別れたルフィアは、わざと兵士に見えるように立ち回っていた。
ボルドの店から出るときに拝借してきた剣が一本だけ。他にも欲しいところだったが、呪いのせいで体力が著しく低下している今は逆に邪魔になる。
こんなに剣が重く感じたのはいつ振りだろう。
たった一〇分程度走っただけで汗をかいているルフィアは、呪いによる力の低下を改めて感じていた。
「そこまでだ!」
「まったく、仕事なのは分かるけどもうちょっとぐらい休む時間ぐらいくれてもいいじゃないの」
小さな舌打ちをしながら、ルフィアは剣を構える。
相手は三人。どれも特別強いようには見えない。
これならばいけると判断したルフィアは、すぐに攻撃へと移る。
「元勇者を舐めるんじゃないわよ……!」
著しく低下しているとはいえ、数日前は世界最強だったのだ。今まで剣を振ってきた経験値も残っているルフィアの前で、ただの兵士が数人程度ならば問題はない。
スキルが使えない分、速度は劣るが、それでも美しいと思えるほどの身のこなしで相手の剣を躱し、いなし、反撃をする。
「あの時は刺されたときの出血と見たことのない呪いに動揺してまともに動けなかったけど、今ならまだマシね」
一分にも満たない戦いで三人の兵士の意識を絶ったルフィアは、周囲に兵士がいないことを確認して壁にもたれかかった。
やたらと豪華な素材の壁に、ルフィアの汗がべったりとつく。
カインと別れてからもう一〇分近く逃げながら兵士を相手にしていた。
全盛期ならば汗が滲むことすらないはずなのだが、今はもう体力の限界が見えてきていた。
リーリアとの打ち合わせの通りならば、今頃カインは地下でギールの拷問をしていたエルドと戦っているはずだ。
必ず勝つという彼の言葉を信じてはいるが、もうルフィアの方も時間がない。
この作戦はカインに全ての運命がかかっている。彼が負けた瞬間、彼の助けが来ない時点でルフィアの負けも確定なのだ。
「さっさと勝って戻ってきなさい、カイン」
「――ずいぶんと疲れているようだな、勇者ルフィア」
はあ、とため息を吐いたルフィアは横を向く。
青紫色のショートカットに、威圧感のある吊り上がった目元。攻撃ながらも人を魅了できる美しさを持ちながら、それを武器にする気はないと言わんばかりに肌の露出が少ない装備。
明らかに他の兵士とは別の雰囲気を感じ取りながらも、ルフィアは表情を変えずに、
「元、勇者ね。今はただの保護者よ」
「全世界で指名手配中のな」
両者の間に沈黙が流れる。
女同士にしか見ることのできない火花が静かにぶつかり合っていた。
そんな沈黙を破るように、女兵士が口を開いた。
「私の名はミーア=ラブラドル。王国のためだ。殺させてもらおう」
「あら、どこかで見たことあると思ったらボルドさんのお孫さんだったの。大きくなったわね」
「おかげさまでな」
ルフィアが勇者と呼ばれる前、アルリガードで魔物を大量に討伐したためにまだ新兵だったミーアは戦わずに済んだ。もし人手が足りないからと前線に駆り出されていたら、命を落としていたかもしれない。
恩は当然感じている。だが、それとこれとは話が別だ。
「せっかく会話をして少しでも体力を回復しようと頑張っているところ悪いが、さっそくやらせてもらおう」
「じゃあ、最後に一つだけ」
剣を抜こうとするミーアに対して、ルフィアは余裕のある笑みを浮かべて、
「私を刺したあの呪いのナイフ、あれはなに?」
「詳しく知っている者はこの国にはいない。あれは国王がどこからか仕入れてきたものだ。呪いを施した魔法使いにも、心当たりはない」
「ずいぶんと素直なのね」
「これから殺すのだから、嘘をつく必要がない」
直後、ミーアは一気に距離をつめてルフィアへと襲い掛かる。
小さく息を吐いたルフィアは、一気に集中力を高めて攻撃を待つ。
ミーアの武器は他の兵士とは違った、レイピアのような細長い刀身。切るための刃も見えるが、刺突がメインでほぼ間違いない。
次の攻撃にも備えるために、ほんの少しだけ体をずらしてルフィアは突きを回避した。
「さすが勇者だ。良い反応だな」
「これでも世界を救ったことがあるのよ、私」
そんな返事をしたルフィアだったが、一切の油断はない。むしろ、何か嫌な予感を感じていた。
空振りをしたはずなのに、ミーアの動きにブレがないのだ。
まるで、元々剣を当てる気などなかったかのように。
「――【
瞬間、ルフィアは首元に悪寒を感じた。
反射的に膝を曲げてしゃがんだ瞬間、頭の動きに遅れたポニーテールの毛先が剣によって斬られた。
しかし、ミーアが行ったのはただ剣を引くという動作だけ。あの剣では髪が切れるなんてありえない。
「これも避けるか。やはり呪いがあっても侮れないな」
「……スキルで剣の形を変えたってことね」
ミーアの持つ剣の先が、いつの間にかスキルによってV字に変形していた。
もしルフィアの反応が少しでも遅れたら、その曲がった切っ先によって首がギロチンのように切り落とされていただろう。
「完全に不意を突いたつもりだったのだが」
「目と勘と運には自信があるから」
ルフィアはわずかに距離を取った。ミーアの剣が予想のできない変化をする以上、どこまでの変形が可能なのかを見定めておく必要がある。
だが、ミーアは冷めた目で、
「残念だったな、私の得意なのはその中距離だ」
ミーアはおもむろに剣を振り上げた。
直後、彼女の握る剣がおかしな動きを見せる。
溶けたチーズのように、刀身が曲がってしまったのだ。しかし、ミーアは構わずに剣を振る。
バチンッ! と本来剣を振ったときにはありえない空気を叩く音が響く。
それはさながら、刃のついた鉄の鞭。
しかも、刀身がさらに細長くなってリーチが増しており、ルフィアの首をありえない角度から狙う。
「でも、これぐらいなら避けられるわよ」
「安心しろ。この程度で殺せるとは思っていない」
しなる鉄の鞭の速度はそこまで速くはない。今のルフィアの身体能力でも、なんとかさばききれる。
だが、第二の刃が放たれた。
ルフィアが剣によって鉄の鞭の軌道をずらそうとした瞬間。
パキ、と空気の凍る音がした。
「氷魔法か……ッ!」
本来ならば避けられていたはずの位置に、鉄の鞭から氷の棘が伸びてルフィアの頬をかすめた。
魔法の基本属性は火、水、風、土、光の五つ。その中で水と土の魔法をかけ合わせた派生型が氷魔法だ。
これはずいぶん厄介な敵だと、ルフィアは苦笑いをする。
「元々長いリーチの中で、さらに好きな角度に氷魔法で攻撃。対人戦ならかなり強いわね」
「ああ。エルドは炎を使うせいで相性が悪く負け越しているが、それ以外にはここ数年負けた記憶はないな」
何度も何度も、しなる剣と氷の棘が波打つようにルフィアを襲う。
ルフィアは必死に下がりながら回避に全力を注ぎ、何とか無傷で攻撃を凌ぎ続けていた。
「本当に。あれだけ弱っているのに攻撃が当たらないのは自信を無くすな」
「勝手になくしてなさい。それくらいで折れる心なら兵士向いてないわよあなた」
「余計なお世話だ」
攻撃は続く。
もうすでに、ルフィアの息は上がっていた。腕の力もなくなってきているのか、剣を振るというよりは体を動かした反動で何とか振っているようにしか見えない。
「見るも無残だな。あの勇者ルフィアが防戦一方とは」
「そりゃそうでしょ。こちとらドでかいハンデつきよ」
そんな返事をするが、ルフィアの顔に余裕はなくなっていた。
それでもまだ怪我の一つもないのはさすがルフィアだろう。
だが、ジリ貧であることに変わりはない。
氷と鞭の猛攻が続く中、ミーアは急に訝しげに顔を歪めた。
違和感があったのだ。
「……何を狙っている」
「さあ? なんのことかしら」
「体力が残りわずかなのは見ればすぐに分かる。それなのになぜ、必要以上に後ろに下がる。まるでどこかへ誘導するように」
そう。下がりながら攻撃を避けるルフィアだったが、本来ならば避けれているはずの位置からさらに一歩後ろに強引にルフィアは動いていたのだ。
最初の突きを一切の無駄なく避けることができたのなら、当たらない間合いは完璧に把握できるはずだ。
それなのに、どうしてあえて体力使ってまで下がる。
「そろそろ目的地だから、教えてあげてもいいわよ」
「……なに」
「私の弟子はさっきまで、地下で軍将さんと戦っていたはずよ」
ピクリと、ミーアの表情が強張る。
複雑な曲線を描いていた鞭がまっすぐな剣に戻り、ひりついた氷も空気に溶ける。
「まるで、エルドがすでに倒されているかのような口ぶりだな」
「私は信じているわ。あの子は必ず勝って私を助けに来る」
「……考えられないな」
副軍将という立場からエルドを見続けてきたからこそ、ミーアはそう言った。全盛期の勇者ルフィアに負けたのならまだしも、何の脅威でもなかったはずの勇者の弟子が、あのエルドを倒したなんて。
もちろん、そんな力量差はルフィアだって百も承知だ。
でも、それでも。
「勝つわ。だってあの子は、私が選んだ最高の弟子だもの」
結果を知らずとも、勝ち誇ったようにルフィアは笑った。
視線がわずかに横にずれる。その先はただの壁だ。特別な理由がない限りはそこを見るはずがない。
だが、ルフィアは叫ぶのだ。
最初に予定した合流場所に、軍将を下したカインがやってきていると信じて。
「助けろ、バカ弟子ッ!」
そう、ルフィアが叫んだ瞬間だった。
ドゴォア! とルフィアの目の前の壁が何者かによって内から壊されたのだ。
そうしてでてきたのは、剣と盾を持った金髪の少年。
「すいません、遅くなりました!」
「大丈夫よ。私もてこずって今来たところだから」
そんな二人のやり取りを前に、副軍将ミーアは不機嫌そうに彼らを睨みつけ、剣を強く握りなおした。
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