第16話「勇敢な戦士」

 持っていた剣や盾が、【硬化デュール】によってわずかに光沢を得る。

 体も硬くなっているだろうが、動きに支障はない。どうやら、外からの衝撃に強くなる程度のもののようだ。


(ってことは、師匠のスキルの反動が硬化でなくなるわけではないってことか)


 【自動操縦ベディオート】を使う回数は、考えていかなければいけない。

 しかし、使用を渋っている状況ではないようだ。


「せっかく楽しんでたのに、本当に使えないやつだ」


 炎を左手の中で遊ばせながらエルドは気絶しているギールを睨んでいた。

 カインは剣を握る力を強める。


「ギールは、あなたよりもよっぽど強い兵士だよ」

「……なに?」

「僕がこれから証明してみせる。ギールの力を使って」


 カインは迷わずに正面から走り出した。

 牽制のためか、エルドは左手を前に出して炎を放出した。

 だが、カインは恐れずに正面から炎を受けた。


「なんだぁ? 吹っ切れて死にたがりになったか?」

「死んでたまるか……ッ!」


 小細工なしで、カインは進み続ける。

 炎が彼の体の全てを呑み込み、焼き尽くそうと猛威を振るう。

 体の隅々にまで突き刺すような痛みがカインの体に襲い掛かる。

 しかし、それでも炎を突き破ってカインは剣を振った。

 当然、エルドもこれぐらいでカインが死ぬとは思っていない。炎を抜けた先で、エルドは剣を振り上げて待ち構えていた。


「楽しませてくれた礼だ! 全力でぶった切ってやる!」

「やれるものならやってみろッ!」


 エルドが振り下ろした大剣を、ギールから譲り受けた盾でカインは受けとめた。

 ガキンッ! と白い火花が散る。

 彼にも小細工をするつもりはない。渾身の力で、真っ向から盾ごとカインを殺すつもりだ。

 だが、なんらかの違和感に気づいたのか、エルドの上がっていた口角が強張った。


「てめえ。なんで火傷の一つもしてねえんだ」


 炎を抜けたはずのカインに、傷がなかった。

 ありえない。あれだけの火力を受けて、傷を負わずにいるだなんて。


「【硬化デュール】は痛みを感じるけど熱には強い。全部、ギールのおかげだ」

「なんだと……? お前、そいつのスキルを使ったっていうのか……!?」

「だったら、どうした!」


 エルドの顔が、あからさまに引きつった。

 右手だけで振っていた大剣に、左手を添える。


「お前がどうしてあいつのスキルを使っているかなんてどうでもいい。問題は、そのクソザコのスキルを使って、俺の剣と炎が防がれているってことだよッ!」


 絞り出すような声だった。単純な怒りではない。

 彼のプライドが、叫び声を上げていた。


「――【怪力マスキュラ―】ッ!!」


 エルドが声を上げた瞬間、カインにかかる圧力がさらに上がった。

 一瞬でも気を抜けば、盾ごと押しつぶされる。


「俺の力は最強だ。俺が斬れないものなんて一つもねえ。ましてや、あんなクソザコのスキルなんかを斬れないなんて、ありえねぇ……ッ!」


 彼は言っていた。力の強い者が最強だと。だからこそ彼は、自分が最強であることを証明するために力でカインをねじ伏せにきている。

 では、その力を自分が馬鹿にしていた新兵のスキルで防がれたのなら。

 彼の言う最強が、あんな少年に否定されてしまったら。

 しかし、


「あなたは、強い。師匠と世界を旅して、強い人や魔物をたくさん見てきたからよく分かる。あなたは、とても強い」


 カインはエルドを否定しない。

 単純な力だけなら、決して勝てない。

 それは最初に剣を交えた瞬間から分かっている。

 でも、負けない理由が、負けられない理由が、カインにはあるのだ。


「【自動操縦ベディオート】ッ!」


 ルフィアのスキルは、イメージを完全に出力するまで止まらない。

 だからカインは想像した。

 エルドの剣を、盾で弾き返す未来を。


「な、に……ッ!」


 全力だったはずのエルドの大剣が弾かれ、わずかに体勢を崩した。

 盾を持っていた左手から破裂するような痛みを感じながらも、カインは剣を振り上げた。


「僕は、一人じゃ何もできない」


 こうしてエルドと戦えているのは、ルフィアの剣とギールの盾だけのおかげではない。

 命を捨てる覚悟をして匿ってくれたボルド。

 頑張れと笑ってくれたリズ。

 そして、ルフィアとともに過ごした歳月。

 その全てがあって、ここまでエルドを追いつめられた。


「それでも、僕が護らなくちゃいけないんだ……ッ!」


 キィィンッ! とカインの振り下ろした剣が、必死に防御に回ったエルドの剣と交わる。

 当然、カインの地力ならば弾き返されておしまいだ。

 しかし。


「【自動操縦ベディオート】……ッ!」


 腕を襲う激痛に耐えながら、カインは剣を握りしめる。

 痛みに顔を歪ませるカインを見て、エルドは笑った。


「は、ははっ! どうやら、ここまでだ! お前の力が尽きるまで防げば、俺の勝ちだ。俺の力が、最強だッ!」

「……【硬化デュール】!」


 パキ、と。何かにヒビの入る音が聞こえた。

 直後、一気にエルドの顔が曇り始める。


「まさか、おまえ……ッ!」

「今、この剣は世界で一番硬い剣だ。お前の剣なんて、砕いてやる……ッ!」


 一度、エルドがやろうとしたことだ。

 防御ごと力でねじ伏せるのが、最強の証明。 

 ならば、正面から剣ごと切ってやればいいだけだ。


「覚えておけ、軍将エルド=グラル……ッ!」


 バキンッ! と、エルドの大剣が両断された。

 苦し紛れにエルドは魔法によって炎を出しカインを襲わせる。

 しかし、カインの剣は止まらない。

 炎などものともせず、カインは剣を振り下ろす。

 この剣をここまで辿り着かせてくれた、彼のことを想いながら。


「お前の剣を砕いたのは。お前の鎧を斬ったのは。他でもない! お前が嘲笑った、勇敢な戦士の力だッ!!」


 今度は確実に。

 カインの振った剣は、エルドの体を捉えた。

 エルドの左肩から右のわき腹にかけて、切り傷が生じる。

 そして、エルドはそのまま膝から崩れ落ちた。

 静かな地下に、ガシャンと鎧がぶつかる音が響く。


「はあ……ッ。はあ……ッ」


 ボロボロになりながらも、カインは倒れたエルドの元へと歩く。

 戦闘不能になったが、まだ意識があるエルドは倒れたまま口を開いた。


「殺すか、俺のことを」

「……いいえ。殺すつもりはありません」


 剣を鞘へと納めたカインは、ボロボロのエルドを見下ろす。

 彼の両手は、剣を何万と振ったことが一目で分かるほどタコだらけだった。自分も同じだからよく分かる。この人がどれだけ努力をしてきたかを。


「あなたは強い。あなたの力は、この王国にとって不可欠なはずです」

「……当たり前だ。俺は、最強だからな」

「師匠が、勇者ルフィアが、言っていました。大切なのは、その力をどう使うかだと」


 誰よりも強い力を持っていながらも、誰かを守るためにしかその力を使わなかった勇者。何が正しい力の使い方なのかは、教わらなくても知っていた。


「認めてあげてください。あなた以外の強さを、あなたの強さで」

「……、」

「誰かを守るということは、誰かを肯定するということです。自分を肯定するために力を使ったところで、残るのは虚しさだけだ」


 そんな虚しさに憑りつかれた男が、乾いた笑みを浮かべた。


「だったらどうしろってんだ。今更、改心して誰かを守るために頑張れっていうのか?」

「はい。あなたは、僕よりもずっと強いですから。絶対にできるはずです」


 そう言って、カインは笑いかけた。

 そんなカインを、数秒ほど目を丸くしてエルドは見つめて、


「……ははっ」


 小さな笑い声を皮切りに、エルドは大笑いを始めた。

 自分の顔をタコだらけの手で押さえながら、ひたすらに笑う。


「負けだよ。俺の、完敗だ」


 いつの間にか、エルドは清々しく笑っていた。


「これじゃあ、あの新兵を見せしめなんて恥ずかしくってできやしねぇ。やりやがったなカイン=デルガ」

「そのために来ましたから」

「うるせえ。とっとと失せな。動けるようになったら、あの新兵の治療もやってやる」

「はい。よろしくお願いします」


 笑いかけてくるカインに、エルドは倒れたまま片手ではらう仕草をした。

 カインの去り際、エルドはおい、と声をかけて。


「このまま逃げる気か?」

「いいえ。まだ、やることが残っているので」


 カインはそう言うと、腰に差した剣に触れた。

 ふう、と息を吐いて全身の痛みを誤魔化すと、カインは静かに言った。


「助けに行かなくてはいけないんです。囮になっている、師匠のことを」

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