第15話「二つの想い」

 スキルを使って高速で床を蹴ったカインは、エルドに向かって数歩踏み出した瞬間に、上へと飛び上がった。

 体を空中でひねって天井に両足をつけたカインは、天井を蹴って加速しながら落下をする。


「中々に速いが、それくらい対応できるぞ!」


 カウンターのために、エルドは笑顔で剣を振る。

 今、カインの体はスキルによって半強制的に動いている。カウンターが目の前にせまっていたとしても、それを予測して事前にイメージに組み込んでいなければ決して避けることはできない。

 カインは静かに、目をつぶる。

 思い出が、蘇る。


 ――いい、カイン。大事なのは、予測よ。相手がどんな人間で、どんなことが得意なのかを見極め、受け入れることが大事なの。


 ――戦いで一手先を読んで戦うことができれば、それだけで戦いの選択肢は一気に分岐する。難しいけど、あなたにはできるはずよ。当然じゃない。


 ――だってあなたは、私の弟子なんだから。


(ありがとうございます、師匠……ッ!)


 待ち構えていたエルドの剣を、カインはギリギリのところで体を捻って回避した。本来、空中でこんな動きはできない。しかし、ルフィアのスキルはこれを可能にする。

 空中だったとしても、最初にイメージした動きに必ず体はついてくる。


 最初から、カウンターを狙ってくるのは分かっていた。

 そして、エルドがこのスピードについてくるぐらいの実力者であることも、先ほどまでのやり取りでよく分かった。

 対応されるのが分かっているのなら、それまで予測してイメージを固めればいい。

 だから、上からの攻撃は囮だ。

 本命は、次。


「なに……ッ!?」


 大剣がカインの体に当たらず空を斬る。予想外の動きに、初めてエルドの顔に動揺が見えた。

 悔しいが、エルドの実力は本物だ。

 だから、相手を認める。

 そのうえで、相手を超える。


 空中で剣を回避したカインは、床に着地した瞬間に剣を下から切り上げる。

 上へ向かって空振りをした直後のエルドの懐は、がら空きだった。


「うらぁあぁぁぁあァァ!!!」


 確かな手ごたえがあった。

 エルドの左の下腹部から肩の根元にかけて、縦に一直線の切り傷が生じた。

 鎧の上からなので深くはないが、切っ先は肉を切ってるはずだ。

 彼のまとう鎧の隙間から流れ落ちる血と、剣の先についた血のりを見てカインはそう確信した。


「やるじゃあねぇか。良い動きだったぜ」


 怪我を負っているはずなのに、エルドはさらに歓喜に顔を染める。

 一方で、こちらはスキルの反動で全身が悲鳴を上げている。今までで一番複雑な動きだったがゆえに、反動の大きさが桁違いだ。

 だが、それを悟られるわけにはいかない。

 カインは全身に力を入れて剣を構え続ける。


「お前のこと、舐めてたよ。もっと楽に倒せると思ってた。報告よりもずっと戦えるじゃねぇか。こりゃ、報告したやつに厳しく言っておかないとな」


 そんなふうに、エルドが呟いた瞬間だった。

 ボッ、と。彼の周囲に炎が現れる。


「俺は火の適性しかもってないし、スキルも魔法には関わっていない。でもまあ、使い方によっては充分武器になる」


 予想はしていたが、実際にそれを前にしてカインは焦っていた。

 戦いの中で、スキルと魔法を絡めるのは普通だ。適性を持っているのなら、使わない手はまずない。

 しかしカインには魔法の適性はどの属性にもない。

 魔法を使うエルドに対して、魔法無しで戦わなければならないのだ。


「熱いなァ、畜生が!」


 エルドは周囲に生み出した炎を傷口に当てて止血をしていた。血を失えば動きに支障がでるからと、ためらいなく自分の体を焼けるのはさすが軍将と言ったところか。

 ただ、その時間のおかげでカインも体に巡る激痛が落ち着き始めてきた。すぐに攻撃されていたら、動けずにやられていたかもしれない。

 しかし、劣勢なことに変わりない。


「さあ、第二ラウンドだ」


 笑いながらエルドが剣を振った瞬間、彼の周りに浮かんでいた炎が彼の持つ大剣を覆う。今まで両手で持っていた剣を右手だけで持ち、左手には手のひらサイズの火の玉が収まっている。

 ありえない筋力だ。あの大剣を、右手一本で振るというのか。


「結局よぉ。単純に力が強い奴が最強だと思うんだよな、俺」


 溶けたチーズのように歪んだ笑み。

 ……来る。


「いい反応だァ、カイン=デルガ!」


 右手に握る炎をまとった大剣が横なぎにカインを襲うが、姿勢を低くしてそれを避けるともう一度懐へもぐりこむ。

 空気の灼ける匂いが鼻の奥に染み込む。

 酸素が薄い。深く息を吸って、カインは剣を振ろうとするが、


「おらァ!」


 エルドの左手に収まっていた炎の塊が、瞬く間にその形を炎のナイフへと変えた。

 炎の短剣が、カインの首を狙って迫りくる。

 だが、そこまでは予想できた。この左手が何もないわけがない。


「【自動操縦ベディオート】ッ!」


 低い姿勢から、カインは勢いよく滑り込んでエルドの両足の隙間を抜ける。

 これで、背後が完全にがら空きだ。

 しかし、カインが剣を振り上げた直後、エルドがわずかに笑ったように見えた。


「まだまだだなぁ、カイン=デルガァ!」


 ゴォァァア! と。

 エルドの足の裏から勢いよく炎が噴き出し、彼の体が強引に宙に浮いた。

 無理矢理に飛び上がったせいで、エルドの体は上下反対に、つまりは足が天井へ向き、頭が床へ向いた状態になる。


 エルドの足の防具は焦げてしまっていた。

 おそらく、火傷を覚悟でこの動きをしている。

 狂気的だ。

 この男は、勝つために自傷することを躊躇わない。

 エルドは圧倒的な筋力に物をいわせ、縦に回転した勢いを使って強引に大剣を振る。

 カインの剣と、エルドの大剣が交差した。

 だが、純粋な力比べでカインがエルドに勝てるわけがない。


「ハハハッ!」


 満面の笑みで笑いながら、エルドはカインを吹き飛ばした。

 再び、ぶつかった衝撃で壁が壊れる。

 スキルの反動や、今までのダメージの蓄積のせいで体が動かない。

 しかしエルドはためらわず左手をこちらへ向けて、


「楽しませてくれた礼だ。この場で火葬してやるよォ!」


 カインを簡単に包み込めるほどの炎が、まっすぐに襲い掛かってくる。

 逃げられない。体は動くが、確実に間に合わない。スキルを使おうにも、先ほどの吹き飛ばされた衝撃で剣を手放してしまった。

 近くにあるが、触れていなければ【武器覚醒アグナ・マグナ】は発動しない。

 悔しさに、カインが唇を噛む。

 だが、


「…………ぁ」


 炎は、途中で止まった。

 否、防がれていた。


「どうして」


 カインはポツリと呟いた。

 絶対に、やってはいけないことなのに。

 それをしては、意味がなくなってしまうのに。


「どうして、ギールッ!」


 盾を使い、スキルを使い、炎を防いでいるギールに対して、カインは叫んだ。

 上半身は裸で、アザと血で彩られている。

 特に両手が酷く青紫色に染まっていた。おそらく、カインを助けるために強引に縛られていた腕を引き抜いたのだ。

 骨や関節に異常が出ていてもおかしくない。

 そこまでして、どうして彼は。


「仕方ないじゃないですか!」


 泣きながら、ギールはそう叫んだ。

 彼の膝は、いや、身体中が震えていた。出会った時と一緒だ。こうしている今も怖くて痛いはずだ。

 それでも。痛みや恐怖でめちゃくちゃになりながらも、ギールは盾を構え続ける。


「あなたを護りたいって、思っちゃったんですからッ!」


 体が勝手に動いてしまった。

 苦しんでいるカインを見て、自分のために戦うカインを見て、指を咥えているだけなんてできるわけがない。

 死んでほしくないと。

 そう、思ってしまったのだ。


「どこまでも、邪魔な兵士だなァ! いいところに水を差すんじゃあねぇよッ!」


 炎を止めたエルドは、一気に距離を詰めてギールを吹き飛ばした。

 激痛を忘れ、カインはギールの元へ走る。


「君の方がボロボロなのに……! なんで……!」

「あなたは、僕を救ってくれたから……」


 思わず涙を流してしまったカインに対して、ギールは笑いかけた。


「負けないで、くださいよ……カインさん。あなたは、こんなところで死んじゃ……いけない人なんですから」


 残っている力を振り絞って、ギールは自分の持っていた盾をカインへと渡した。


「僕の盾、使ってください。少しぐらいなら、炎を防げるはずですから」


 カインに盾を手渡した瞬間、ギールは気を失ってしまった。

 慌てて口元と胸に手を当てる。

 息もある。心臓も動いている。

 まだ、死んでいない。


「ありがとう、ギール」


 この盾で、カインは二度も救われた。

 落としてしまっていたルフィアの剣を拾う。

 左手には、ギールからもらった盾を。


「絶対に、負けないから」


 ギールの負けるなという声が、聞こえてくるようだった。

 力強い『想い』が、盾から流れ込んでくる感覚があった。

 この感覚は、人生で二度目だ。

 ゆっくりと、カインは口を開いた。


「……【武器覚醒アグナ・マグナ】」


 湧き上がる力は、剣と盾から一つずつ。

 続けて、カインはこう唱えた。

 一度見ているから、使い方は分かる。

 ありがたく使わせてもらおう。

 誰よりも優しく、勇敢な戦士の力を。


「――【硬化デュール】」


 炎を従える軍将エルドへ向けて、カインは剣を向ける。

 自分が慕う人の想いと、自分を慕ってくれた人の想いを、その剣に込めて。

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