第14話「軍将エルド=グラル」

 カツカツと、石の階段を下る音が薄暗い空間に響く。

 なるべく大きな足音を立てないように、されどスピードを落とさないように、カインはリーリアの後ろを必死に走っていた。

 さすが趣味が城から抜け出すことなだけあって、そこらの女の子よりもよっぽどリーリアの足は速い。


「地下の拷問部屋まで、あと少しですわ。覚悟はよろしいですか?」

「……はい。大丈夫です」


 今回のギール救出に関しては、どれだけ話を大きくできるかにかかっている。

 力を奪ったはずの勇者と、警戒すらしていなかった弟子の二人に城を荒らされ、挙句逃走を許してしまう。そんな筋書きがあれば、カインたちとの関係を認めていないギールを見せしめにするなんてことは出来ないはずだ。

 だがそれはつまり、この城の中で戦い続け、勝ち続けなければならない。


「拷問担当は、軍将エルドが直接担当しているはずです。わたくし、あの人のこと苦手ですの。なんだか、人を傷つけるのを楽しんでいるように見えて。きっとあの兵士さんの拷問をやっているのも、それが楽しいからですわ」

「……、」


 許せなかった。カインは唇を噛む。

 どうしてあんなにも純粋で、誰かを守るために必死になれる人が苦しまなければならない。


「エルドはとにかく力が強いですわ。あんな性格で軍将を務められるのも、彼より強い兵士がこの国にいないからです。……気をつけて」

「ありがとうございます。心配してくれて」

「あなたが死んだらルフィア様が悲しむから心配してるんですの。勘違いだけはなさらぬように」

「あ、はい」


 と、リーリアが足を止めた。

 この先が、拷問部屋らしい。


「ここを出たところにある通路を直進し、突き当たりを右ですわ。そこが拷問部屋です」

「分かりました。本当にありがとうございます、リーリアさん」

「礼には及びませんわ。これくらい、どうってことありません」

「いつか必ず、この恩は返します」

「だったらルフィア様を守りぬいてくださいませ。それで十分ですわ」

「……はい」


 ふう、と息を吐く。

 小さくカインが頷くと、リーリアが隠し扉を開けた。

 リーリアはこのまま自室に戻ってこの関係がばれないようにするらしい。本当に、城の中ならば誰にも見つからずに移動できるようだ。


「お気をつけて」


 それだけ呟き、リーリアは隠し扉を閉めた。

 カインはすぐに走り出す。

 言われた通りに進むと、鉄格子によって閉ざされた部屋を見つけた。

 その中には、椅子に縛り付けられた青髪の少年。


「……ギールっ!」

「ぁ……? カイ、ンさ……ん?」


 酷いありさまだった。

 体はアザだらけで、太ももや足元は自分が吐いた血で真っ赤に染まり、目には生気がほとんど消え去ってしまっていた。

 これだけの拷問を受けて、彼は一言も喋らなかったというのか。


「……許せない…………ッ!」


 ギリ、と。

 カインが歯を鳴らした瞬間だった。

 背後から、声が聞こえた。


「誰のことが、許せねぇって?」

「――な」

「遅えよバァカ!」


 後ろを振り返る前に、横から殴られたカインは壁に吹き飛ばされた。

 凄まじい衝撃を受けて、肺の中の空気が口から一気に吐き出される。


 考えられない力だ。

 ただの打撃で人の体がこんな簡単に飛ぶのか。

 ガララ……と砕けた石の壁の中で、カインは呼吸を整えながら立ち上がり、剣を抜く。


「金髪。瞳は黒。身長は平均。とりあえず、名前も聞いておくか」

「……カイン=デルガ」

「当たりだな。お前が勇者ルフィアの弟子ってやつか」


 カインよりも二回りは大きな体で、その巨躯に負けないほどの長さをした大剣を背負う男。

 横を刈り上げた頭に、見下すような視線。

 おそらく彼が、軍将エルド=グラルだ。

 だが、カインの頭に巡る思考は彼が誰であるかへ向いていなかった。

 エルドは今、カインの名を確認したのだ。

 つまり、彼は。


「僕が誰だか確証もないのに、あんな攻撃をしたのか……!?」


 ぶつかった壁が崩れるほどの威力で、敵だと確信のない相手を殴りつけたというのか。

 もし、味方の兵士だったらという可能性も頭にあってなお、あの攻撃を。

 だが、エルドはヘラヘラと笑って、


「王国の兵士だったら、ここにいるのは命令違反だ。どっちにしろ問題ねぇよ」

「ふざけるな! 問題がないわけないだろう!」

「うるせえなぁ。いいんだよ別に。命令に従えないやつが兵士である必要なんてないんだからよぉ」


 言って、エルドはギールへ視線を移した。

 バカにするような笑みを浮かべていた。全て、彼が悪いというのか。

 殺意すら滲むほど鋭い視線を向けられてもなお、エルドは余裕のある顔で、


「それで、お前はこいつを助けに来たのか?」

「……違う」


 ここで、ギールを知り合いだというわけにはいかない。

 彼が守ってくれたものを、壊すわけにはいかない。

 出かけていた言葉を喉でぐっと堪えたカインは、吐き捨てるように。


「僕はお前を倒しに来た。師匠を殺そうとした、お前たちへの復讐だ」

「なるほどね。あくまでもそうくるつもりか」


 少し不機嫌そうな顔でエルドは言った。

 カインが口を滑らせるのを待っていたらしい。言質を取るためにあえてカインを煽っていたのだとしたら、かなり頭が回る。

 どうやら、ただ強いだけで軍将という地位にいるだけではないようだ。


「まあ、なんでもいい。ここで殺せば同じことだからな」

「やれるものならやってみろ」

「少しぐらいは楽しませてくれよ、少年」


 言って、エルドは背負っている剣を抜いた。

 並大抵の筋力では剣を振るどころか持ち上げることも叶わぬだろう鉄の塊。

 その迫力だけで、カインは頬に汗が流れるのを感じた。

 剣を構えたエルドは小さく呟く。


「――【怪力マスキュラ―】」


 瞬間、ただでさえ太いエルドの筋肉がさらに盛り上がった。

 来る。

 そう思ってカインが全神経を集中させた直後。

 エルドはすでに、剣を振り上げて目の前にいた。


「【自動操縦ベディオート】ッッ!」


 半ば強引に、スキルを使って横っ飛びをしたカインは受け身を取れずに床を転がる。

 自分がいた場所は既に、粉々に砕けていた。


「おお、初見で反応するのか。やるなぁ」


 嬉しそうにエルドは笑った。

 あの攻撃は間違いなく、最初から殺すつもりの一撃だ。それをどうして、こいつは笑って繰り出せる。命を奪うという重みを、知っているはずなのに。

 しかし、カインに休む時間はない。エルドはまた剣を振り上げて。

 ――その手を、離した。


「え……?」

「その一瞬で反応できないところはまだまだだなぁ、おい!」


 剣をその場に置き去りにしたエルドは、砕けるほどの力で床を蹴りだして低い姿勢でカインの懐に入る。

 不意を衝かれたせいで、スキルの発動が間に合わない。ルフィアのスキルは動作の始まりから終わりまでを頭の中で完結させなければ発動しない。

 避けようと思っているだけでは、体は動いてくれないのだ。

 そして、渾身のパンチが腹へと叩き込まれる。


「あ、ガ……ッ!?」


 体の中で爆弾が炸裂するような痛みがカインを襲った。

 次いで、勢いよく吹き飛ばされたカインは壁へと叩きつけられる。


「そりゃあ、最初にあれだけ大振りされれば誰だって剣に意識が行く。だったら、それを残して殴ってやりゃあいい。別に剣だけで戦う必要はないからな」


 ケラケラとエルドは笑う。

 おそらく、ただ力が強いだけはない。スキルで筋力そのものが格段に強化されている。だから、ただの拳であれだけの威力が出るのだ。


「は……ッ、は……ッ」


 息が上手く吸えない。吐き気とめまいが全身を行ったり来たりしていた。

 酸素が足りない。視界がわずかに灰色に侵略される。

 そんなカインを見て、エルドは楽しそうに、


「おいおい。手ごたえないなぁ、カイン=デルガ。そんなもんかぁ? よくもまあ、そんな力であの勇者についていったよ。度胸だけは認めてやる」

「……黙れ…………!」


 吹き飛ばされてもなお、カインは剣を手放さなかった。

 壁に埋まった体を起こして、剣を構えなおす。

 ギールを痛めつけ、こうしてへらへらと笑っているその顔を見て、悔しかった。


「僕はお前を許さない。絶対に負けるもんか」

「いいね。戦い甲斐があるってもんだ」


 カインは息を整える。

 ここは地下の拷問部屋だ。狭い部屋の中ならばルフィアのスキルは使いやすい。壁や天井を利用するときに、イメージがしやすいからだ。

 すぐ先にあるエルドは、剣を構えながらも余裕のある表情だった。

 カインの攻撃を待っているようだった。

 やはり、エルドはこちらを格下と思っている。

 ならば、その隙を狙う。

 剣を構えて、イメージとルフィアとの記憶を結びつける。


「【自動操縦ベディオート】」


 必ず、勝ってみせる。

 ギールを、守るんだ。


「――《乱汽龍らんきりゅう》」


 勇者ルフィアが作った型の一つを使って、カインは地を蹴った。

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