第13話「やるべきこと、やらなければいけないこと」
ギールは、一言の情報も口にしなかった。
ボルドが彼らを匿っていることも。
日の出前に魔力砲台を押さえて脱出を目論んでいることも。
何も、言わなかったのだ。
「わたくし、最初はどうしたらいいのか分からなかったんですの」
リーリアは不安そうに胸の前で指を絡めながら、
「でも、怪我を治している間に彼が、『自分のことはいいからルフィア様たちに早く逃げるように伝えてください』と。それで……」
「ここまで来てくれたっていうことね」
「はい。私があなた方を城から逃がしたと伝えたら、信じてくれましたわ」
全てが綱渡りだった。
リーリアがルフィアとカインを逃がしたことは、本来ならば墓場まで持っていかなければならないほどの事実。
それを言っても構わないと思えるほど、ギールは口が堅いと思えたのだろう。
しかし、リーリアの心情は複雑だった。
「わたくしのやるべきことは、あっていたのでしょうか? わたくしは、彼に何もしてあげられませんでしたわ。このまま戻って彼の拷問をやめるように頼んだとして、上手くいくかも分からなくて……」
経験したことのない状況で不安に駆られる中、リーリアはギールに言われた通りにこの場所までやってきた。
もしかしたら、もっと別のいい方法があったのではないか。
彼への拷問を止め、ルフィアたちも逃がせる最善を逃してしまったのでは。
そんな後悔が、ずっとリーリアの胸の中にあった。
入ってきたときにやたら元気だったのも、この不安を誤魔化すものだったのだろう。
リーリアの体は、まだわずかに震えていた。
当然、それにはルフィアもカインも気づいている。
だから、彼らは笑って、
「大丈夫ですよ、リーリアさん。あなたはこうして、僕たちのところまで来てくれたじゃないですか。何もしてない、なんてことはないです」
「でも、こうしている間にも彼は……!」
心優しいリーリアは、ギールが痛めつけられているのを見ていられない。
きっと、このままギールが兵士として生きることが出来なくなれば、彼女は今以上の後悔に駆られてしまうだろう。
ならば。
「だったら、これからあなたの選択が間違いじゃないって証明すればいい。……ですよね、師匠?」
「そうね。ここまでやられちゃ、何もしないなんてあり得ないわ」
そう言って二人は笑った。
笑みの理由が分からないリーリアが二人を見ると、カインが口を開く。
「リーリアさん。僕たちはこれから、ギールを助けに行きます。城の中まで、案内してもらってもいいですか」
「えっ……!? でも、それでは……」
ギールを助けに行くということは、王国にギールと繋がっていると知らせに行くようなものだ。
しかし、ギールを助けるために工夫を凝らす時間も作戦を立てる時間もない。
そもそも、ルフィアはずっとこうやって戦ってきたのだ。魔王とも、魔物とも、小細工なしで常に正面から倒してきた。
そんなルフィアを見続けてきたカインが、回りくどい道を選択するはずもない。
「確かに、ギールをただ助けるだけじゃ意味がないわ。大事なのは、私がまた城の中へ行くことよ」
「……ルフィア様が?」
「ギールが拷問されているのは、私たちがどんな方法で逃げるのかを探るため。そして、勇者に手を貸したものへの見せしめ。……そうよね」
「え、ええ。城の者はそのように言っておりましたわ」
「なら、城から逃げたはずの私がもう一度現れて、また逃げられたとしたら?」
そう。細かいことを考える必要はない。
単純なことだ。国の中心を指名手配犯に荒らされた挙句、まんまと逃がしてしまった王国が、どの面を下げて一人の新兵を見せしめにするというのだ。
逃がしてしまったという失態を棚に上げて勇者に協力したという罰を見せつけたとしても、国民たちは納得しないだろうし、他国からも笑われてしまうだろう。
これから勇者を排除して王国の力を確固たるものにしようという中、わざわざ醜態をさらすわけがない。
「しかし、今のルフィア様が城に行くのは危険すぎますわ! 万一のことがあったら、全てが台無しになってしまいます!」
「それなら大丈夫よ。この子が守ってくれるから。ね?」
「はい! 必ず守ってみせます!」
「ってことよ、分かった?」
「は、はぁ……」
一体どこからこの自信が溢れてくるのだろうと、リーリアは気の抜けた声を出した。
リーリアが困惑している間にも、ルフィアとカインは準備を始めていた。
「あ、あのっ! 私は何をしたら……」
「城の中へ案内してくれるだけで充分よ。そのあとは、自室に戻って関係ない素振りをしていなさい」
「それだけですの……? わたくしもお役に立ちたいですのに」
悲しそうに俯くリーリアへ、ルフィアは微笑んで、
「前にも言ったけど、あなたにはあなたにしかできないことがある。それを考えて動きなさい」
「分かりましたわ……」
きっと、直接何かをしたいようだが、そういうわけにもいかない。
あからさまに肩を落とすリーリアがカインの目に映るが、その隣にも不安そうな顔をした少女がいた。
「カイン、どこか行っちゃうの……?」
「うん。昨日僕を助けてくれた人が困ってるみたいだから、ちょっと助けに行ってくるよ」
「すぐに帰ってくる……?」
「それは……」
カインは言い淀んだ。
もうすぐに兵士たちがここに来てしまう可能性がある以上、ギールを助けに行ったあとにここに戻ってくることはないだろう。
ここから出ることはすなわち、リズとの別れということになる。
カインは少しだけ考えてから、口を開く。
「少し時間がかかるけど、絶対に帰ってくるよ。だからそれまで、いい子にできる?」
「リズ、一人にならない……?」
「大丈夫。約束だよ」
優しく笑うと、リズはカインの腹に抱き着いた。
顔を腹部に埋めるリズの頭を、カインはそっと撫でた。
きっと、リズは本能的に分かっているのだろう。もう二度と、会えないかもしれないということに。
リズへの約束を破らぬよう、必ずここに戻ってこようとカインは思った。
と、リズと会話をしているうちにどこかへ行っていたのか、ルフィアが部屋の扉を開けた。
「ボルドさんに話を通してきたわ。リズちゃんのことと、馬車のこと。とりあえずできる限りはやってくれるそうよ」
「そうですか。なら、すぐにでも行きましょうか」
「ええ。じゃあ、お願いできるかしら」
ルフィアの視線を受けて、リーリアは頷いた。
だが、リーリアは部屋から出る前に立ち止まって、
「あの、ルフィア様。一つ、お願いしてもいいでしょうか」
「ん? なにかしら」
「わたくしのこと、リアと呼んでくださいませんか……?」
「いいわよ。よろしくね、リア」
「はぁぁああああぁああっっっ!!! かしこまりましたわ! 誰にも見つからず、完璧に城の中へと案内して差し上げますわっ!!!」
恍惚な笑みを浮かべて、リーリアは先頭を切って走り出した。
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