第12話「お願いとお礼と再会と」
太陽は見上げると首が疲れてしまうほど真上にあった。
ギールが帰ったあと、カインたちは作戦の決行に備えて昼まで睡眠をとった。ボルドがルフィアたちを匿うことのできる最後の日だ。
カインたちが動くまで、あと半日の猶予があった。
外に出られないルフィアはリズとともに部屋で過ごしている。
一方、カインはというと。
「……ここらへん、だったよな」
フードの端を掴んで深く被りなおしたカインは、王国の西側へ再び足を運んでいた。
目的は空き家を探すことではない。兵士の巡回も、ギールが説明していたように指示がでているのか、昨日よりも多く感じた。
足を止めたのは一つの古びた家。
その扉を、カインはノックした。
数秒して、扉が開く。少し不機嫌そうな顔で出てきた男は、フードの隙間から覗くカインの顔を見るや否や途端に身構えた。
「てめえ……! なんの用だ!」
カインが訪ねたのは、リズを売ろうとしていた男。
つい半日前に殺されかけた相手の前に、カインはわざわざやってきたのだ。
男が声を荒らげるのは分かっている。
だから、カインは単刀直入にこう切り出した。
「あなたに、お願いがあってきました」
男のこめかみの血管が、はち切れそうなほどに膨らんだ。
「ふざけるんじゃねぇぞ! てめえのせいでこっちは大赤字もいいところだ! それなのにお願いを聞いてほしいだと!? 俺を舐めるのも大概にしろッ!」
男はカインの胸倉をつかんで彼を持ち上げた。
今すぐにでも殴りかかろうと腕を振り上げるが、カインは一切の抵抗をせずに言葉を紡ぐ。
「明日の明け方に西側と南側からそれぞれ、馬車でこの国から出るふりをしてほしいんです」
「……は?」
ピタリと、男の手が止まった。
戦う意思を欠片も見せないカインは。目を丸くする男をまっすぐに見つめて、
「僕たちは明日の明け方、この国から逃げるために動きます。ほんのわずかで構いません。少しだけ、兵士たちの気を逸らして欲しいんです」
交渉。
これが、カインがここに来た理由だった。
無事に魔力砲台を計画通り壊せたとしても、そのあとの馬車が他の兵士に追いつかれない保障はない。
万一追い付かれてしまった場合に戦闘が始まったとして、その数を少しでも減らすことができたのなら逃げ切る可能性も上がるはずだ。
たった数秒の時間稼ぎのために、カインは命を惜しまずにこの場所へ戻った。
だが、そんな事情をこの男が知っているはずもない。
「何を言ってんだお前。第一、この国から逃げるって……」
「僕の師の名は勇者ルフィア。世界から指名手配をされた人です。僕は師匠をこの国から逃がしたい」
「寝言ばっかり言ってるんじゃねえぞ。本当に殺されたいみたいだな」
脅すように威圧感を出して男はカインを睨みつける。
だが、カインは表情を変えない。
裏で仕事を続けているからか、男はカインが嘘をついていないと察したようだった。
怒りを通り越して呆れた顔をした男は、カインから手を離す。
「お前、バカだろ」
見下す態度を取りながらも、男はカインを家の中へ入れた。
一応は、会話をするつもりらしい。
だが、素直に協力する気は当然ないようだった。
「俺には協力をする義理なんて微塵もない。むしろ、指名手配をしているお前らの情報を流して小銭稼ぎだってできるんだ。それなのに、俺がお前の時間稼ぎをすると信じるのか?」
「信じます。僕には、それしかできないから」
「……、」
即答したカインを、男は不愉快そうに顔を歪ませた。
面識がないという次元ではない。つい半日前は敵だったのだ。その相手に対して、どうしてこいつは頭を下げられる。
どうして信じると、そんな顔で言える。
「お願いします。どうしても、師匠を死なせたくないんです。お願いします…!」
カインにとっては、恥やプライドなど大切な人の命に比べたらなんでもない。
この国に知り合いなんていない。関係のない善良な人たちを巻き込むわけにもいかない。ならばせめて、闇で生計を立てているこの人ならば。
「おい、クソガキ」
言われて、カインは顔を上げた。
相変わらず、鋭い目つきをこちらへ向けたまま、
「あのリズってガキのときもそうだった。どうしてお前は、他人のために命を懸ける」
自分の利益のために他人を欺く人間を、この男は山ほど見てきた。
ましてや、見返りも何も求めずに誰かを助け、命を狙われた相手に頭を下げる彼の中には、一体どんな感情があるというのだろう。
そんな疑問に、あっけらかんとカインは答えた。
「特別な理由はありません。目の前で困っている人がいたら、ただ助けたいって思うだけです」
「……なるほどな」
はあ、と男はため息を吐いた。
どうやら、男の想像よりも勇者という存在は、救いようのないほどに正義に染まっているらしい。
うんざりしたような顔で、男は口を開く。
「……明日の明け方だな? 俺たちが見えるぐらい派手に暴れたなら数台出してやる。だが、こちとら商人だ。タダで動いてやるつもりはない」
カインは苦い顔をした。当たり前だが、彼に取引をするような金はない。
出来る範囲でなら、求められた対価を出すつもりだ。
自然と体に力が入る。
対して、男は脱力したまま口角を上げた。
「いつかあの子どもとキメラスライムの分も含めて金を山ほど持ってこい。利子もたんまりつけてな。それでチャラにしてやるよ」
「あ、ありがとうございます!!」
「先に言っておくが、裏切らないという約束はしない。裏切ってお前たちの計画が漏れても、俺を恨むんじゃねえぞ」
「は、はい。わかりました……」
いろいろと不安はあるが、最低限の約束はできた。
まだ時間はあるが、ここにい続けるものよくないだろう。
分かりやすく肩を落としながら、カインは踵を返した。
と、一歩目を踏み出そうとした瞬間、男はカインを呼び止めた。
「賞金稼ぎの魔法使いがこの国に来ているって噂だ。あのガキに施した紋章にも精通しているらしい。逃げる前に殺されて金を返せなくなる、なんてことだけはやめてくれよ」
「あ、ありがとうございます! ……えっと」
「ベルドロだ。忘れるんじゃねえぞ」
「はい! ありがとうございます! ベルドロさん!」
嬉しそうに頭を下げて去っていくカインを見て、ベルドロはまたため息を吐いた。
カインがボルドの家に戻ったのは、昼下がりのころだった。
先に今日の目標である南西の壁を一目見ようと動いていたら、この時間になってしまった。
二階へと上がると、リズが出迎えてくれた。
「カイン。お帰り、なさい……!」
「うん、ただいま。師匠とちゃんとお留守番できたんだね」
頭を優しく撫でると、リズはふわわ~ととろけた顔になったが、何かを思い出したのかすぐに顔を引き締めた。
「あのっ、カイン……! これ……っ」
リズが差し出したのは、不器用に修繕されたカインの靴だった。
昨日、リズのことを助ける際に壊れてしまった靴を頑張って直してくれたらしい。リズの小さな手には、数か所ほど針で怪我をした跡があった。
「これ、リズちゃんがやってくれたの?」
「……うん。カインに、頑張ってほしい……から」
靴を渡してくれたものの、視線は下を向いていた。
どうやら、出来があまりよくないのを気にしているようだ。
靴を受け取ったカインは、満面の笑みでリズとの目線を合わせて
「とっても嬉しいよ! 本当にありがとう、リズちゃん!」
「うんっ!」
ぱぁああと顔を明るくして、リズはカインに抱き着いた。
穏やかな顔でカインがリズの頭を撫でていると、奥からルフィアが現れた。口元にパンくずがついていたので、食後のようだ。
「師匠、口にパンがついてますよ」
「え、本当?」
「女性なんですから、そういった細かいことにも気をつけてくださいね」
「はいはい。分かってるわよ」
昔から戦いに明け暮れた生活をしていたため、ルフィアはそういった点を気にしないことが多い。
料理が苦手というわけではないが、食事も栄養が取れればいいという考えで、カインが弟子になる前の食事は大層悲惨だった。おかげで、カインの料理の腕前がやたら上達したのは別の話だが。
「まったく。そんなだからすごく綺麗なのに男が寄ってこないんですよ?」
「それとこれとは別の話でしょ!?」
ルフィアがキレのいいツッコミを入れたところで、コンコンというノックが聞こえた。
瞬間、ルフィアが警戒心を露わにした。ボルドではない誰かの気配を察知したらしい。カインもすぐに剣を握って扉が開かれるのを待つが、
「ルフィア様~~~っっ! わたくしでございますわ~~っっ!!」
やってきたのは、二人が知っている人物だった。
被っていたフードを外すと、ふわふわくせ毛の青髪が現れる。
まあ、髪の毛以前にこんなことを言うのは一人しか知らないが。
「わたくしですわ、リーリアですわ! リーリア=ベルデ=アルリガードですわ! ああ、ルフィア様。今日も逞しくお美しいですっ!」
初めて会ったと同じテンションでグイグイとルフィアたちに距離を詰めるリーリア。
王女のことも知らないらしく、リズはギールのときよりも怯えた表情でカインの腕にしがみついていた。
「リ、リーリア王女!? どうしてここに……というよりなんでここを知っているんですか!?」
「はッ! そうですわ。わたくし、とっても大切なことを伝えにきたんですの!」
パン、と手を叩いたリーリアの顔つきが真剣になった。
「ギールという新兵が、あなたたちに協力したと捕まってしまったのですわ!」
「え……!? ギールが!?」
一体、どこで気づかれてしまったのだろう。
誰かに見られている感覚はなかった。いや、昨日はたくさんのことがあったから注意力が落ちてしまっていたか。
とにかく、だ。
「ギールは、無事なんですか!?」
「最初に疑いをかけられたときに否定したために、地下で拷問を受けていますわ」
「そんな……っ!」
勇者の味方をするということは、それだけで綱渡りの行為だ。ボルドももし見つかってしまえば、同じか、もしくは処刑か。
しかし、それにしても自国の兵士を拷問なんてありえるのだろうか。
「わたくし、拷問の話を聞いて隠し通路を使って様子を見てきたんですの。どうやら、ある程度情報を引き出したら、見せしめにして勇者に関わることの愚かさを民に示すと……」
そのことを知ったリーリアは、人がいない隙にギールに近づき、もうすぐ見つかってしまうということをルフィアたちに知らせるためにこの場所を聞いてやってきたそうだ。
ギールはかなり痛めつけられており、リーリアのスキルで少し手当てをしたがまだ拷問は続くらしい。
リーリアの話を一通り聞いたルフィアは、低い声で言う。
「カイン、今すぐ荷物をまとめなさい」
「え……?」
「申し訳ないけど、あの子が拷問に耐えきれるようには見えなかった。ここが見つかるのも時間の問題よ。早く出ないと、ボルドさんの命まで危ない」
すぐに泣いてしまう軟弱なギールが、拷問に負けてこの場所を言ってしまった場合、ここにいるのを兵士たちに見られたらボルドは間違いなく捕まってしまうだろう。
ボルドは恩人だ。
辛い思いをさせるわけにはいかない。
リズだけを置いて、すぐに立ち去るべきだ。どこかで息を潜めて夜を待ち、作戦を決行すればいい。
しかし、動き出したカインとルフィアへ、リーリアは手を伸ばして引き留める。
「ま、待ってくださいまし! まだ伝えなければならないことがありますの!」
二人の動きが止まる。
リーリアは必死の表情で、
「わたくし、地下からの報告をこっそりと聞いたのですけれど……」
一つ呼吸を置いて、リーリアは言った。
ルフィアもカインも予想しなかった、その内容を。
「新兵ギールは、どれだけ拷問を受けても、一つの情報も口にすることはなかったと……!」
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