第11話「アルリガード王国脱出計画」
テーブルの上で広げられた、王国の全体を簡単に描いた地図。先日抜け出した王城を中心に、壁が国全体を円形に囲んでいた。
その円形の壁の東西南北にある門に、ギールは視線を移した。
「とりあえず、門からはほぼ不可能です。常に一〇人以上の警備がいる上に、魔力砲台も常に発射できるようにしてありますから」
「魔力砲台? 私が昔に来た頃は、そんなものなかったと思うけど」
「僕が講義で聞いた話だと、最初の試作型が出来たのが六年前で、量産に成功したのが三年前らしいです。魔力を使って砲弾を作ることで、兵士さえいれば弾切れが起こりません。アルリガード王国の鉄壁の守りは、国を囲む壁に配置された魔力砲台によって成立していると言っても過言ではありません」
ギールの話では、兵士たちの目を盗んで壁を抜けたとしても魔力砲台によって追撃されてしまう可能性が高いということだった。
壁を抜けるだけでも一筋縄ではいかないだろう。ルフィアの低下した身体能力では、簡単に逃げきることは困難なはずだ。
「魔力砲台は各門の上――要は壁の上側に埋まるように二つずつ、そして門と門の間には他と同じ高さで等間隔に五つの砲台がそれぞれ配置されています。壁の中に設置されているものだけで二十八。非常時のために武器庫に収納されているものも含めれば、最低でも四〇はあるはずです」
「じゃあ逃げるなら、その砲台を先になんとかしないといけないってわけね」
「でも申し訳ないですが、新兵の僕には砲台をどうにかすることはできません。魔力も少ないので、砲台に配置されることもないでしょうし……」
弾の装填には当然兵士の魔力を使うため、魔法に長けた人材が配置される。魔法の適性がない新兵のギールでは、魔力砲台に近づくことすらできないようだ。
策が思いつかず、カインは頭を掻く。しかし、ルフィアはリズの白銀の髪を三つ編みにして遊びながら、
「だったら、警備が薄い魔力砲台を一つ押さえて、向きを変えて近くの砲台に打ち込んで壊しちゃえばいいじゃない」
「それは僕も思いましたけど、砲台と砲台の間はそこまで近くありません。距離と砲台の威力を考えても、確実に数回撃たなければ壊せません。装填の時間や、魔力の負担を考えると現実的ではないと思います」
問題はそこにもあった。何発も打てればいいが、カインとギールは元々魔力が少ないうえに、最強の勇者は呪いで魔力を少しも扱えない。
一発撃てたとしても、他の砲台が壊せなくては意味がない。
だが、ルフィアは不敵な笑みを浮かべて、
「何を言ってるの。魔力が絡む武器なら適役がいるじゃない。ね、カイン」
そこまで来て、ようやくカインは思い出した。
長らくお荷物だと思っていた、以前のスキルの使い方を。
「そうか! 【
「え? なんですかそれ」
カインは簡単に自分のスキルの説明をした。
武器に秘められた魔力を覚醒させる能力であること。大抵の場合、【
しかし、今回はその反動がありがたい。
一発で隣の砲台を壊しつつ、使った砲台も壊すことが出来る。
「短時間で二つの砲台を破壊できるのなら、脱出も不可能ではないかもしれません!」
ギールは広げた地図の南西を指差した。
「それなら、兵士の多い門からそれぞれ距離のあるこの南西が一番いいと思います。この位置に先に馬車を用意して砲台を破壊すれば、門からの兵士は間に合わない上に他の砲台の射程も届かない」
「馬車なら、ボルドさんに頼めば準備できそうね」
「それじゃあ、時間はいつにしましょう。できる限り早い方が、いい気がしますけど」
カインは腕を組んだ。
ギールは少しだけ視線を左上に向けて、
「狙うのなら、真夜中よりも日の出の頃です。警備の交代のタイミングは日の出と日入り。そして、その中で最も兵士が少なくなるのは日の出です」
「なら、もう日は上り始めているから、動くなら明日の日の出ね」
「それまでは準備ってことになりますか?」
「ええ。空き家を探すのも無意味だろうから明日のために準備や休息に専念した方がいいわね」
計画の決行までまるまる一日ある。砲台の制圧などでは必ず戦闘があるだろうから、食事や睡眠を今のうちにちゃんと取っておくべきだろう。
そもそも、二十四時間も余裕があればだが。
「ねえ、ギール。僕のことは、兵士の人たちに伝わっているのかな」
「カインさんの名前自体は上がっていませんが、副軍将のミーアさんが弟子についても指名手配をすることと準備をしていました。名前は大丈夫だと思いますけど、フードも被らずに外に出るのは危険だと思います」
「そうなるよね……」
西側にも兵士を多く配置し、カインの指名手配も急いでいる。どうやら、ミーアという人はかなり頭が回るらしい。
それだと、この場所が見つかるのも時間の問題だろう。
しかし、まだカインの素性を調べ上げるまでに至っていないのなら、次の日の出までは猶予は残されているはずだ。
そうやって悩んでいると、ルフィアの膝の上にいたリズが眠そうな顔をして、
「ルフィアたち、どこか行っちゃうの……?」
「ええ、ちょっとここだと私たちは怖い人に追われちゃうから、別の場所にね」
「じゃあ、リズも行く……!」
膝の上でくるりと回ったことで、ルフィアが編んでいた三つ編みが解けながら波を描いた。
ルフィアは自分の目を見つめるリズの頭を優しく撫でて、
「ごめんね。リズを連れていっちゃうと、あなたまで大変な思いをしちゃうの。保護してくれる施設があるはずだから、落ち着いたらボルドさんに連れて行ってもらって」
「ん、ん……っ! 私、ルフィアとカインと、一緒にいる……!」
「我慢して。いつか落ち着いたら、また会いにくるから」
ルフィアの苦い顔を見て何かを察したリズは、膝から降りてカインの手を掴んだ。
「カインも……行っちゃう?」
「……うん。でも、リズちゃんのことが大切だから、お別れしなきゃいけないんだ。僕も師匠も、リズちゃんとバイバイしたいわけじゃないんだよ」
「…………うん」
悲しそうな顔で、渋々リズは頷いてくれた。
リズをこれ以上巻き込んでしまえば、王国が保護してくれなくなる可能性もあるかもしれない。
いつか、笑顔で過ごしているリズを見に来れるように、今は逃げ延びることだけを考えるべきだ。
「ほら、もう朝になっちゃうからもう寝ましょう」
ルフィアに抱っこされて、リズは奥の部屋へと戻っていった。
部屋の隅の隙間から、白い日差しが入り込んでいた。
「僕もそろそろ戻った方がいいかもしれませんね。他の兵士の人に見られるわけには行きませんし」
「本当にいろいろとありがとう。君のおかげで逃げる道筋がようやく見えたよ。怪我は大丈夫?」
「はい! 硬くて丈夫なことだけが僕の取り柄ですから!」
胸を張ったギールはとんと右胸を叩いた。
少しだけ頭のコブは残っているが、もうほとんど大丈夫らしい。本人の言う通り、丈夫さはかなりのもののようだ。
ルフィアにも一言声をかけてギールは裏口へ向かう。先ほど話していた通り、日の出は昼間に比べて兵士の数が一段と少ない。
明け方に戻ることに関しては、西側でチンピラに絡まれて気を失っていたと説明するらしい。みんな自分の弱さは知っているから、この言葉を疑う人はいないだろうと語るギールが、少しだけ可哀そうに見えてしまったことは早めに忘れようと思う。
兵士が少ないのを確認したカインは、ギールを見送るために裏口から外に出た。
「あの、カインさん!」
去り際に、ギールはこちらを振り返って、
「僕を、弟子にしてくれませんか! あなたみたいに、僕もなりたいです!」
カインにとってルフィアが輝いて見えたように、ギールにもカインが輝いて見えたのだろう。
彼の気持ちは分かるが、カインは自分がそこまで優秀だとは思えない。
申し訳ないが、彼はアルリガードで強くなってもらおう。
「あー、えっと。そういうのは、考えてないから……ごめん」
「は、あははっ。そうですよね。ごめんなさい! そ、それじゃあ僕は戻ります! またどこかで! 絶対に逃げ延びてくださいね!」
少し恥ずかしそうに頬を赤らめて、ギールは小走りで城へ向かって戻っていった。
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