第10話「へっぽこ兵士」
唐突な土下座に、リズが怯えていた。
目の前にいるのが兵士だと忘れてしまうかと思うほど、綺麗な土下座。
「え、えっと――」
「ひぃい! ごめんなさい!」
ゴンッ! ともう一度少年は頭を床に押し付けた。
さすがのルフィアも、どうしたものかと腕を組んで困惑していた。
とりあえず、カインは扉の方へと歩き逃げられないように退路を塞ぐ。しかし、少年はそんなことに気づかずに怯えたまま頭を下げ続けていた。
どうやら、本当にただ怖がっているだけらしい。
「……大丈夫よ。別に私たちはあなたを取って食おうだなんて考えてないわ」
「う、嘘だ! だって、ミーアさんが災厄の勇者に関わったものに命の保障はないって!」
「そんなふうに言われているのはさすがにショックね」
「師匠はそんな人じゃないのに! 許せません!」
「ひぃ! ほら、やっぱり僕を殺す気なんだ! 僕のことを血祭りにあげてその血肉を使って怪しげな魔法の素材にして世界を滅ぼす破壊兵器を作るつもりなんだぁぁあああ!!」
部屋の隅に逃げた少年は、頭を抱えて小動物のように震えていた。
いくら若い兵士とは言え、これはさすがにどうなのだろう。
話をする以前の問題だ。カインもルフィアも険しい顔をしていた。
そんな中、ルフィアの手を握っていたリズがゆっくりと少年の元へと歩き、
「ルフィアも、カインも……怖く、ないよ? リズのこと、守って……くれた」
「……へ?」
そんなリズの声を聞いた少年が、ようやく彼らの話を聞く耳を持ったようだ。
おそらく、自分がリズを助けに入ったという記憶はあるのだろう。その少女が、彼らの隣で穏やかな顔をしているのだ。
結果的には、これが最もカインとルフィアの信用を得るために最適な方法だったらしい。
「そういえば、僕はこの子を助けるために空き地へ行って……。じゃあ、この女の子を助けたのはあなたなんですか?」
「多分、そうだと思う」
正直、この少年がいなかったら負けていたと思っているカインは、少しだけ遠回しに肯定した。
しかし、少年はその言葉を聞いて困惑したように、
「で、でも。どうして勇者とその仲間が人助けを……?」
「そりゃあ、この子を助けたいって思ったからでしょ? カイン」
「はい。それ以外に理由って必要ですか?」
目の前の二人が何を言っているのか、少年にはすぐに理解が出来なかった。
今、勇者はこの国だけでなく世界の敵となっている。捕まれば当然命はないと分かっているはずなのに、彼らは隣人に挨拶をする程度の感覚でこの少女を助けたというのか。
これが、勇者。
嘘をついているようには、どうやっても見えなかった。
「じゃあ、災厄の勇者って、一体……」
「嘘に決まってるじゃない。逆にどうして素直に信じたのかが不思議だわ」
少し悩む素振りを見せながらも、少年はようやく信じてくれたようだった。
落ち着きを取り戻した彼は、椅子に腰かけるとまず頭を下げた。
「僕はギールって言います。あの、すいませんでした」
「別にあなたのせいじゃないわ。上から言われたんでしょ?」
「はい。あなたたちがこの国に来る前日に、兵士全員に勇者を討てとの命令が出て……」
その命令に素直に従ったことに後悔があるのか、ギールはわずかにうつむいた。
ギールの表情を見たルフィアはカインに視線を送る。
もう少し会話をして、彼が信頼できるかを判断したいようだ。
「あの、少し質問してもいいかな?」
「は、はい。僕が答えられることでよければ」
「どうしてあの空き地に来たの? 昼間ではあまり兵士は見なかったのに」
「それは、副軍将のミーアさんの指示です。勇者たちが身を隠すならおそらく西側だから、空き家などに隠れていないか確認しろと」
カインは首筋に嫌な汗が流れるのを感じた。
やはり、その場ですぐに思いつく程度の発想は、相手にも簡単に予想できてしまう。もしスムーズに空き家を見つけてしまっていたら、逆に見つかっていたかもしれない。
隣に座るルフィアも、ボルドさんへの借りは当分返せそうにないわね、と苦い笑みを浮かべていた。
と、そこでカインの中に疑問が一つ。
「でも、あの場所は空き家ではなかったはず。西側ではああいったのは無視すると思っていたのに」
「それは……そうなんですけど。先輩たちからも、勇者の捜索以外はしなくていいって言われていましたし。でも……」
わずかに言い淀んだギールは、ルフィアの膝の上でちょこんと座るリズを見る。
「助けなきゃって、思ったんです。そう思ったら、体が勝手に動いていて……」
「なるほど、ね」
わずかな緊張感を持っていたルフィアが、ふうと息を吐いて背もたれに体を預けた。
リズの頭を優しく撫でながら、ルフィアは口角を上げた。
それを見て、カインは立ち上がる。
彼は本当に、リズを助けたいと思っただけだ。
そんな想いを持った勇敢な兵士を信じないなんて、あり得ない。
「本当にありがとう。君のおかげで僕もリズちゃんも助かったよ」
深々と、カインは頭を下げた。
戸惑っているのか、ギールはポカンとした顔のまま、
「僕の、おかげで……?」
「うん。ギリギリだったんだ。あのときの一瞬がなかったら、勝負は分からなかった」
「そう……ですか」
ギールは座ったまま下を向き、肩を震わせた。
鼻のすする音も聞こえた。泣いているようだった。
どうしたのかと問いかけると、ギールは袖で涙を拭きながら、
「こんなこと言われたの、初めてなんです。僕、ずっとみんなから馬鹿にされていたので」
少しの間、ギールは自分の身の上について話してくれた。
副軍将のミーアという人に憧れて、つい半年前に兵士になったらしい。ただ、魔法の適性が何もない彼は、兵士の中でも馬鹿にされていたようだ。
「僕のスキル【
「確か、僕を助けてくれたときに使っていたよね?」
「はい。でもこれ、自分と自分の持っている物が硬くなるというだけなんです」
硬くなったところで、キメラスライムのように自分より大きな敵の攻撃だと簡単に吹き飛んでしまうし、痛覚は変わらないから先ほどのように頭を打ってしまうと気を失ってしまうので、あまり役には立たないらしい。
「熱とかには強くなるんですけど、熱いものは熱いのでそこまで変わらないんですよね」
そんなことをいいながらも、スキルのおかげで傷が浅かったことで頭を打ってから本来よりも早く目覚めてしまい、こんな状況になっていることには気づいていないらしい。
「兵士にとって、強力なスキルを持っているかどうかは生命線です。それがない僕は、みんなよりもずっと弱くて。怖いと頭が真っ白になって何もできなくなるし、こうやってすぐに泣いてしまうし……」
「胸を張っていいと、僕は思うけどな」
「え……?」
カインもつい最近まで、ギールと同じ持たざる者だったのだ。
努力だけでは到達できない場所があることは、痛いほど分かる。
でも、そんな恵まれない才能の中でもがき続けた彼だからこそ、今こうしてルフィアとともにいることが出来る。
そして何が最も大事なことなのかも、よく分かっている。
「今までどんなに馬鹿にされていたとしても、君は僕を助けてくれたじゃないか。誰かを馬鹿にするような兵士より、ギールの方が強くて格好いいよ」
「ぁあ……」
大切なのは才能ではない。
最も大事なことは、守るという決意とそうして動いたことへの勇気だ。
だからカインは、誰かを助けることに必死になれたギールに称賛を惜しまない。
そして、止まりかけていたギールの涙が、また洪水のように溢れ出した。
「ありがとうございます、カインさん……!」
ほんの少しだが、周りに何かを言われてもひたすらに努力を続けてきた日々が、報われた気がした。
それと同時に、この二人には死んでほしくないと、どうにか逃げ延びてほしいと、そう思った。
王国への忠心よりも、国民を守る存在に憧れて兵士になったからだろうか。
勇者を捕まえろという命令に背くことに、抵抗はなかった。
「あ、あの! 僕が力になれることはありませんか!? ルフィアさんやカインさんが悪い人じゃないことはわかりました。でも、僕みたいな新兵が何を言ったところで、誰も聞く耳を持ってくれるわけがありません。だから、ここで力になれることがあれば」
「それなら、私たちが国から逃げだす方法を一緒に考えてほしいわ。兵士だったら、警備の事情とかも詳しいでしょ?」
「はい! この国の地図はありますか?」
カインは、昼間にボルドが見せてくれた地図を持ってきてテーブルに広げた。
王国の兵士を交えて、アルリガード王国脱出計画が始まった。
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