第8話「救ってみせる」

 カインはリズに下がっているように指示を出し、改めて剣を握りなおす。

 ここに来るまでに既にスキルを使ってしまった。屋根に上るために一回、そしてリズを助けるために一回。どちらもほんの一瞬だが、足が疲労で震えているのが分かる。

 だが、止まるわけにはいかない。


「死ね! クソガキッ!」


 リーダー格の男の怒号とともに、キメラスライムが動き出した。

 トラのような四足獣の外観に変化した紫色の塊は、凄まじい勢いでカインへと距離を詰め始めた。

 走る方向で、狙いはリズではなくカインだと分かった。

 カインは横っ飛びでキメラスライムの突進を避け、着地の瞬間にスキルを一瞬だけ発動して首を狙う。


「やった……ッ!?」


 キメラスライムが止まった瞬間に首を狙ったカインの剣は見事にそれを捉え、首を切り落とした。

 しかし、すぐに液体状になったキメラスライムは切り落とされた部位を吸収して再び元の大きさへと回復してしまう。


 リズを助けるときと先ほどで二回手ごたえを確かめたが、おそらくこの系統の魔物は闇雲に剣を振っているだけではダメだ。ルフィアも冒険の際には、敵の特徴と弱点を見定めることの重要性を語っていた。

 そして、このスライム系の魔物で、似たものを見た記憶がカインにはあった。


(師匠が魔物と戦っていた時は確か、魔物の命を支える核を壊して倒したはずだ。だから、今回もそれがあれば……)


 カインはキメラスライムの攻撃を避けながらその体を観察する。

 そして、その中にいくつか赤く光る塊を見つけた。

 おそらく、あれが核だ。幸い、キメラスライムは姿こそ多種多様で凶暴な獣に変化するものの、攻撃事態は単調で避けることは簡単だ。

 隙を見て、核を破壊すれば勝てるはずだ。


「【自動操縦ベディオート】!」


 カキン、と水を切っていく感覚の中に確かな手ごたえを感じた。

 核を切ったカインはそのまま振り返ってキメラスライムを見る。

 砕けた核と、その周囲のスライムの体が地面に広がっていく。この調子なら、あと数個ある核を壊していくだけで――


「残念だったな。それくらいじゃ、このキメラスライムは倒せないぞ」


 リーダー格の男が嘲るような笑みを浮かべた直後、砕いたはずの核が切り落とした部分とともにスライムの体に吸収され、瞬く間に壊したはずの核が修復されてしまった。


「そんな……! じゃあ、再生するよりも速く核すべてを壊さなきゃいけないのか!?」

「正解だよ。そんで、驚いてる時間はねえぞ!」


 リーダー格の男の指示を受け、キメラスライムが動き始める。

 もう何度もスキルを使っているせいか、体の反応が遅い。早く決着を付けなければ、避けられるはずの攻撃も当たってしまう。


 だが、五つの核を連続で壊すのなら、これくらいで苦しんでいる場合ではない。

 そう、カインが自身を鼓舞した瞬間、違和感を覚えた。


「しまった……! 次の狙いは僕じゃない!」


 何度も自分を攻撃されて、次も自分だと思い込んでしまった。

 キメラスライムの狙いはリズだ。反応が遅れたうえに、体の動きも遅い。

 スキルを使わなければ間に合わない。

 カインは無我夢中で、スキルを使ってリズへ向かって飛び込んだ。


「ぐぁあああ!!」


 リズへの攻撃に間に合ったはいいが、攻撃が右足に当たり、靴の上から強靭な爪がカインの足の甲をえぐる。

 地面を転がりながら、リズを抱きしめたカインは悲鳴を上げた。


 激しい鈍痛と急な出血で、カインの視界がぐらりと揺れる。

 だがそれでも、泣いているリズへ向かってカインは微笑む。


「大丈夫。僕が君を、救ってみせるから」


 痛みを堪えて、カインは立ち上がる。

 ふと見た後方で、この空き地へとつながる唯一の通路を塞ぐ荷物がスライムの攻撃によって壊れているのが見えた。


 リズを逃がしてあげたいが、男たちの仲間がこちらを見ている以上、ここでリズを一人逃がしたところで逃げ切れる未来はない。

 残された選択肢は、カインがここであのスライムを倒し、彼らを撃退することだけだ。


「さっさと諦めれば、命だけは助けてやるぜ?」

「諦めて、たまるか……ッ!」


 男の誘いを、カインは一蹴した。


「もらったんだ。救える力を、もらったんだ……! ずっと何もなかった僕が、ようやく誰かを守るために剣を握れるんだ……!」

「そうか。だったらここで死んでおけ! お前が死ねば、そいつももう逃げるなんて馬鹿げたことをすることもなくなるだろうからな!」

「それも、断る!」


 死んでも守るだなんて言葉を、カインは言うつもりはなかった。

 ふぅ、と小さく息を吐いてカインは目をつぶる。

 浮かんでくるのは、ともに生きると約束した、師の笑顔。


「死なないって師匠と約束した。だから負けない! お前たちを倒して、リズちゃんを救って、僕も生き残る!」


 目を閉じたまま、カインは記憶の引き出しを開けていく。

 勇者ルフィアは自分のスキルを使う際、敵の大きさや人数などの状況に合わせて、どのように動くかのイメージをあらかじめ固めて攻撃をするという方法を取っていた。


 どのようにルフィアが型を記憶していたのかは分からないが、彼女の戦う姿を見てきたカインは、いくつかの型を記憶していた。

 さらにその中で、五つの核を連続で破壊できるような型といえば、カインの知っている中では一つだけ。


 思い出せ。

 憧れたあの背中を。

 太刀筋を。

 その全てを。


「…………【自動操縦ベディオート】」


 目を一気に開いたカインは、キメラスライムの位置や形などを全力で脳裏に焼き付け、それにイメージを重ねていく。

 そして、動きの全てのイメージが完成した瞬間、カインは小さく呟く。


「――《昇龍演舞》」


 まるで地上にいた龍が波を描いて空へと舞い上がるように、下からスライムに曲線状の切り傷が生じた。そして、その曲線にはすでに砕けた赤い核が五つ並んでいた。


 勢いよく空中に飛び上がったカインが直地するときには、キメラスライムの原型はなく、地面に紫色の水たまりがあるだけだった。

 何が起こったのか理解できない男たちは、目を丸くして崩れていくスライムを見つめることしかできない。


「ぐ、ぅぅうううう!!!」


 全力でスキルを使った反動が津波のように体へ襲い掛かり、力が抜けたカインはガクンと膝をついた。

 ガンガンと内側からハンマーで殴られるような痛みが全身を襲う。筋肉から関節にいたるまでの全てが悲鳴を上げていた。


 しかし、それでもカインは倒れない。

 あまりの気迫に怯えた表情を見せたリーダー格の男は、それでも引きつりながら笑い始める。


「は、ははっ! それで終わりなら、俺の勝ちだ!」


 男が声を上げると同時、地面に広がっていたスライムの一部がじわじわと動き始めた。

 確かに五つ、核を壊したはずだ。なのに、どうして。


「少しだけイメージが悪くて、核を一つだけ壊しきれなかったのか……!?」


 理由はそれくらいしか考えられない。

 目の前のキメラスライムの大きさと動きも、先ほどに比べたらずっと弱弱しい。やはり、一つだけ核を壊しきれなかったのだ。


 だが、キメラスライムは力を振り絞ってカインへと攻撃を繰り出した。

 避けるために体を動かそうとするカインだが、スキルの反動のせいでまだ体が動かない。あと数秒だけ遅れてくれれば、動けたかもしれないのに。


「くっ……! せめてリズちゃんだけでも……!」


 後ろにいるリズに重なるように、カインはわずかに体を動かす。

 その、直後。


「やめろぉぉぉおおおおおおッ!!!!」


 聞き覚えの無い声が、荒れた空き地に響き渡る。

 その音源は、本来ならこの貧困街で介入してくるはずのない存在。


 カインの視界に映ったのは、大きな盾を手に持った見知らぬ少年。

 だが、その素性は一目見るだけで分かる。つい半日前は、同じ鎧を身に着けた者たちから逃げていたのだから。


「で、【硬化デュール】っっ!!」」


 カインとリズを守るために盾を構えたのは、アルリガード王国の兵士だった。

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