銀とのその後

その後は、こうなって・・・

 深弥お嬢様に仕える執事としての役目を終える。

 それを許可してくれたのは他でも無い、深弥お嬢様。

 別れの間際には、こんな事があったねとお喋りをしたり、ゲームをしたりして少しの時間だったけど、二人で楽しんでいた。

 そして俺は立ち上がり、深弥お嬢様に別れを告げて部屋を出て行く。

 それを最後に、俺の役目は終わり――――――を、迎えるはずだった。

 部屋のドアが開かなかった。

 力が入らなくなって、その場に倒れた。

 深弥お嬢様が持ってきた、あの飲み物のせいだと分かった。

 体を動かす事のできない俺に、深弥お嬢様が近づいてきて……そして……。


 「このチョーカーも、これから一生・・・大事に着けていてね❤・・・私だけの繋さん❤」


 俺の首に――――――ミエナイ鎖が着けられた――――――。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 広大な敷地に建てられた、豪邸と言う言葉がピッタリと当てはまるであろう建物。

 その豪邸の数ある部屋の中の一つに……更上神深弥お嬢様のお部屋がある。

 あれから2ヶ月は経っただろうか……その深弥お嬢様の部屋に、俺は長い間監禁されている。

 ここに俺がいる事は、更上神家のメイドさん達も知っている。

 けれど、皆深弥お嬢様の言う事を忠実に守っていて、俺が助けを求めた所で返って来るのは、「申し訳ありません」と言う求めてもいない謝罪だけだった。

 気が狂いそうだ……ずっとこの部屋から出られない。

 お風呂も、トイレも、食事も、全部ここで済ます事ができてしまう。

 そうできる様に、深弥お嬢様が手を加えた。

 高さはあるが、窓から脱出しようにも、頑丈な鉄格子が行く手を阻んでいる。

 唯一ある出入り口は、部屋の外から出ないと開けられない様に細工が施されている。

 完全に詰んでいると思った。

 ……でも、まだ一つだけ希望はあった。


 「もう少し……もう少しで……」


 今日は平日。

 現在の時刻は朝の10時前。

 深弥お嬢様は学校で授業を受けている時間だ。

 最初の内はずっと俺に付きっきりだった深弥お嬢様だったけど、流石にそれはマズいと何とか説得して学校に行かせる事に成功した。

 深弥お嬢様のいないこの時間だけが、唯一俺が自由になれる時間だった。

 監禁されているのに、果たして自由と言えるのだろうかと、度々疑問に思う事はあったが……。

 けれど、それも上手くいけば今日で終わりだ。

 いや、終わりにしてみせる。


 「後……1分」


 俺はある事に気付いた。

 毎朝10時丁度に、深弥お嬢様の部屋へ数人のメイドさんが掃除にやってくる。

 それを見ていた俺だったが、その時に思った。

 その時だけは、部屋のドアが開きっぱなしになっている事を……。

 この時しかない。

 この瞬間に、ここから逃げ出すしか……それが、俺に残されたたった一つの希望。

 カチッ。


 「!!」


 時計が、10時を示した。

 同時に、部屋の鍵が向こう側から開けられる。


 「失礼致します」


 ドアが開かれて、数人のメイドさん達が部屋へと入ってきた。


 「無逃様、お部屋のお掃除に参りました」


 俺を目にするや否や、全員で頭を下げてくる。

 これにも慣れる事ができない。

 俺は、そんな事をされる側の人間じゃない。


 「……お疲れ様です」


 一言返事を返すと、メイドさん達はそれぞれ部屋を掃除し始める。

 チラッとドアの方を見ると、案の定ドアは開いたままだ。

 空気の入れ替えの為なのだろうか……今の俺には、その先が天国にすら思える。


 「……」


 メイドさん達に怪しまれない様に、少しづつ移動していく。

 焦るな、慎重に、きっとやれる。

 自分に大丈夫だと言い聞かせながら、確実にドアの方へと近づいて行く。

 時間の流れがゆっくりに感じる程に、少しづつ……少しづつ……。

 ……そして、ドアの真ん前に到着した時。


 「!!? 無逃様っ!! いけません!!」


 俺は走り出し、2ヶ月ぶりに部屋の外へと……足を踏み出した。

 後ろから、メイドさん達の呼び止める声が聞こえた。


 「はぁっ! はぁっ! やった、やったぁ!!」


 走りながら脱出できた事を喜んでいる。

 だがまだ早い。

 ここから更に敷地へと出て、塀を乗り越えてようやく俺は本当の自由を掴む事ができる。

 真っ直ぐ進んだり、右へ左へ曲がったり。

 下への階段を駆けて行ったり。

 そうしてやっとの思いで、玄関へと到着する。


 「以外に、この家の構造、覚えてるもんだな!」


 長らくあの部屋にいたから、忘れてしまっていたらどうしようかと思ったが、人間の脳はそこまでバカでは無かった。

 的確に廊下を進んで行く事ができた。

 そのまま玄関のドアを開ける。

 階段を下りてくるメイドさん達の足音が後ろから聞こえてくるが、ここまで差が開いていれば、捕まる事もないはずだ。

 今の所、ボディーガードさん達の姿も見えないから、大丈夫のはずだ。

 ドアノブに手を掛け、勢いよくドアを……開けた。



 「何をしているの……繋さん」



 2ヶ月ぶりに、外の景色を目にした。

 青い空も、流れる雲も、庭に生える木々も。

 全てが俺の目に映っていた。

 ……けれど、そのどれよりも俺の目を捕らえていたていたのは……、


 「なっ……んで……」


 ――――――深弥お嬢様の姿だった。


 「どう、してっ……深弥、お嬢様が……」


 ついさっき、学校へ行ったはずなのに。

 部屋の前で、見送ったはずなのに。

 どうして……どうして……どうして……。


 「私ね? 毎朝学校へ行く振りをして、家を出てから1時間は車の中で家の傍にいたんだよ。後ねぇ、繋さんが着けているそのチョーカーにも、少し細工してあるんだぁ。……こんな風に、もしもの時に備えてね❤」

 「そん、な」


 よろめく俺。

 その時、後ろから足音が近づいてくるのが分かった。


 「っ!? くぅっ!!?」


 真正面へ突っ走って行く。

 横をすり抜けて、そのままの勢いで逃げる。

 ここまできて捕まるわけには……。

 俺は深弥お嬢様の横へ、身を反らして、通り抜け――――――


 「うぐぅ??!」


 ―――られなかった。

 深弥お嬢様の傍にいた、ボディーガードさん達に意図も簡単に押さえつけられた。

 深弥お嬢様に意識を向けすぎて、忘れていた。

 こんな……こんな初歩的な事で……たった一つの希望を手放してしまうなんて……。


 「繋さん」


 押さえつけられている俺に、深弥お嬢様が近づいてくる。

 顔を上げて、深弥お嬢様を見る。


 「部屋に戻ったら、分かるよね? ……お・仕・置・き……ね❤」


 子供の無邪気な笑顔で、とてつもない絶望の言葉を吐く深弥お嬢様。

 それは嫌だと顔を横に振るが、深弥お嬢様も同じように顔を横に振って見せる。

 腕を抱えられて、元来た方向へと連れられて行く。

 部屋へと押し込まれ、また外から鍵が掛けられた。

 部屋の中に、俺と、深弥お嬢様の二人だけ。

 俺に顔を向ける深弥お嬢様の息が、荒く感じた。


 「繋さんがいけないんだよ❤私から、逃げようとするから❤」


 紅潮とした表情で、近づいてくる。

 俺は、ベッドの脇に追い詰められて……そして……。


 「繋さん❤❤❤」



 ――――――――――――ミエナイ鎖が、音を響かせた―――――――――――

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