お嬢様のワガママ。~・ミエナイ鎖に、繋がれて・~

toto-トゥトゥ-

金との未来

ミエナイ鎖に、繋がれて・・・

 行く当ての無い俺を雇ってくれたのは、世界的大企業のトップに立つ女性、神之超瑠輝(かみのごえるき)様……奥様だった。

 そこで俺は執事として奥様の一人娘である少女、神之超光璃(かみのごえひかり)お嬢様に仕える事になった。

 お嬢様はとても我儘で、俺に対してまるで何でも言う事を聞く下僕の様に接していた。

 その時の俺は、まさかお嬢様が俺に好意を抱いてくれているなんて思いもしなかった。

 お嬢様の我儘にも慣れてきた時、一人の少女に出会った。

 更上神深弥(こうじょうしんみいや)様……お嬢様の通う女学校の同級生であり、神之超に並ぶと言われる程の大企業である更上神、その更上神家の一人娘。

 この二人の仲はとても悪かったらしく、とある現場を目撃した事もあった。

 お嬢様の執事を辞め、今度は深弥お嬢様の執事として仕える事になった。

 それをお嬢様が良く思わないのも当然で、俺を拉致監禁までする始末に……。

 そんな二人に関わった俺の運命は今、何処へ向かっているのか――――――それは俺にも、分からない……。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 「繋、大好きよ❤幸せになりましょうね❤」


 何も見たくなかった・・・この現実を目にしたくなかった・・・これからされる事を考えたくなかった・・・だから・・・。


 「ま、待ってくだ、さい、お嬢様」

 「……何? まさか、この期に及んでまだ抵抗する気なの、繋」


 手にしているそれを俺に向けて脅してくるお嬢様。

 すでに恐怖が体に刷り込まれているのか、その動きだけで意志に反して体が身震いを起こす。


 「違い、ます……お嬢様のお気持ちは、分かりました、から……だから」

 「だから?」

 「……言う通りに、しますから。もう、こんな事は止めて、下さい……お願いします」


 自暴自棄になっているのは分かっている。

 でも、もう嫌だった。

 痛い思いをするのも、悲しい思いをするのも……二人のお嬢様の間にいる事も。

 こんな思いをするのならいっそ……いっそ自分の全てを委ねてしまえば良い。

 そうすれば、こんな思いをしなくて良いんじゃないのだろうか……。

 これが正しい事なのか、誰かが答えてくれなくていい。

 そんな事してくれなくても、もう関係ないから。


 「本当に? 何でも聞く?」

 「……はい」

 「っっ❤繋ぅ❤」


 俺の答えに気を良くしたお嬢様が、下着姿のまま抱き着いてくる。

 俺の上半身も脱がされていて、ほぼ裸に近い二人が密着している。


 「あぁ繋私の繋私だけの繋❤私を選んでくれた私だけを選んでくれた❤ねぇ繋抱きしめなさい私の事を抱きしめなさい❤」


 耳元で吐息を漏らしながらそう言うお嬢様に従い、両腕をお嬢様の背中に回し、力強くお嬢様を抱きしめた。


 「んっ、ふぁ❤そうよそれで良いのよ繋❤好き大好きよ繋私の繋❤」


 また、お嬢様の唇が俺の唇を奪った。

 啄(ついば)むだけの、触れ合うキス。

 何度も離れてはくっつけるを繰り返す。

 俺はそれを、ただ受け入れていた。

 どれくらいの時間そうされていただろうか。

 突然、この空間にあるたった一つのドアが、勢いよく開かれた。


 「光璃!!無逃さん!!」


 ドアの方へと視線を向けたお嬢様。

 同じ様に、俺も視線をゆっくりとそこへ動かした。


 「……奥、様」


 ドアの前に立っていたのは、奥様。

 その後ろで、数名のメイドさん達が中の様子を窺っていた。


 「光璃、もうこんな事は止めなさい。分かっているでしょう? もう繋さんは貴女の執事じゃないのよ?」


 事の状況を見て、お嬢様に向けて声を掛ける奥様。

 怒るわけでは無く、諭す様に、親が子に言い聞かせる様にそう言った。

 それを聞いたお嬢様は、奥様に対してこう言った。


 「それなら大丈夫よお母様。繋は私の執事になったのよ。ねぇ繋❤」

 「えっ……どういう事なの? ……無逃さん」


 お嬢様から視線を移動し、今度は俺を見る奥様。

 俺は淡々と答えた。


 「奥様、大変勝手な事だとは承知の上でお願いがあります」

 「な、何かしら」

 「もう一度、光璃お嬢様の執事として、雇っていただけませんでしょうか」

 「え……でも、無逃さん貴方……」


 何かおかしいと勘付き始めたのか。

 奥様が俺に何か言いかけた時、お嬢様が話に割って入ってきた。


 「勿論良いわよね、お母様。そもそも私はそんな事認めていないんだから。ねぇ繋❤」


 もう誰に見られていようがお構いなしと言わんばかりに、俺を抱きしめるお嬢様。

 メイドさん達が驚いた顔でこっちを見ていた。

 奥様も……と思ったが、小さく溜息を吐いただけだった。


 「分かりました。無逃さんがそう言うのなら、私としてもありがたいです。でも本当に良いんですか?」

 「はい、もう、決めましたから」

 「?」

 「これからは、お嬢様にずっと仕えると」


 俯きがちにそう言うと、奥様はなんとなく分かってくれたのか、頷いて見せた。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 鎖を解いてもらい、お嬢様も俺も服を着直して、この四角い部屋から出る事になった。

 どうやらここは、神之超家の所有する土地に建てられた別荘らしかった。

 その地下に、俺は監禁されていたらしい。

 狭い階段を上がって行くと、家具が並んだ広い空間に出た。

 地下に比べると明らかに空気が違っていた。

 家の外へ出て行った奥様の後に続くようにして行くと、少し先を行っていた奥様が足を止めた。

 メイドさん達も、同じ様に立ち止まっている。

 どうかしたのかと、声を掛けようとして傍に近寄った。


 「お待たせ、繋さん❤」


 その先に、ここの居るはずの無い少女……深弥お嬢様が立っていた。

 俺を見つけて、笑顔で小さく手を振っている。

 流石に、これには驚いた。


 「何故……ここに」

 「勿論、繋さんを迎えに来たんだよ❤あっ、助けに来たって言った方が合ってるかな?」


 その言葉に、確かに反応したお嬢様。

 深弥お嬢様を睨みつける……と、思ったが……。


 「……何よ、その顔」


 睨みつけているのは、深弥お嬢様の方だった。

 お嬢様は、勝ち誇った様な顔をして、深弥お嬢様を見ていた。

 いや、見下している様にも見えた。


 「別に。ただ、哀れだと思ったのよ」

 「何が言いたいの」

 「何が? 教えて欲しい? 繋はね、もうアンタの所になんか行かないわよ。繋は私を選んでくれたの。アンタでも他の誰でもない……私だけを選んでくれたの。ねぇ、繋❤」


 深弥お嬢様にそう告げたお嬢様が、俺の腕に抱き着き、自分の指を俺の指に絡めてくる。

 それも見た深弥お嬢様は、嘘だといった顔で俺を見つめてくる。


 「何バカな事言ってるの……離れてよ! 繋さんから離れて!! ねぇ繋さん嘘だよね?! 繋さんがいるのは私の傍でしょ!!」

 「深弥、お嬢様……」

 「だから早くこっちに来て!! 私の傍に来て繋さん!!」


 叫ぶ深弥お嬢様の方へ、俺は1歩、足を踏み出した。

 それを見た深弥お嬢様は段々と笑顔を取り戻していく。

 ……俺は、その笑顔を消してしまう。

 これで、最後にしたい。

 こんな思いをするのも……最後に。


 「すみません、深弥お嬢様」

 「えっ? 何が?」

 「俺は、深弥お嬢様の元へは戻れません」

 「……何、言ってるの……繋さ」

 「俺は、光璃お嬢様の……執事です」

 「……嘘、だよね? ねぇ……繋さん」


 よろよろと俺に近づいてくる深弥お嬢様。

 生まれたての小鹿の様に覚束ない足取りで歩いている。

 あと少し、もう少しで伸ばした手が、俺の手を掴もうとした時……俺は後ろに引っ張られた。

 誰がそうしたか、言うまでもない。


 「そういうことだから、私の繋に近づかないでもらえる? 後、これも返しておくわ」


 深弥お嬢様を睨みながら、俺を自分の方へと引き寄せるお嬢様。

 懐から、俺の首に着けられていた白いチョーカーを取り出すと、それを深弥お嬢様の前に落とた。

 ペタリと、深弥お嬢様が地べたに尻もちをついた。

 そんな事はお構いなしと、お嬢様は俺を引っ張り、そのまま座り込んでいる深弥お嬢様の横を通り過ぎた。

 通り過ぎる際、深弥お嬢様にも聞こえる声で、こう言った。


 「繋、もうアイツの事はお嬢様なんて呼んじゃダメよ? 繋のお嬢様は私だけなんだから。 分かったわね?」

 「……はい。お嬢様」


 そのまま、歩いて行く。

 奥様も、メイドさん達も、着いてきているだろうか。

 後ろを振り返る事はしない。

 真っ直ぐに進んで、出入り口が見えた所で……後ろから、泣き叫ぶ様な声が聞こえた……。

 それでも振り返らずに、俺は仕えるお嬢様と車に乗り……その場を去った。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 お嬢様の執事として戻って来て、1ヶ月が経った。

 相変わらずお嬢様は我儘だが、それを受け入れている。

 そうしていれば、もうあんな事にはならずに済むから。

 望むままにしていれば、間違った方へ行かなくて済むから。

 だから俺はもう、取る事は無いだろう。

 この首に着けられた物を。

 お嬢様が俺に着けた、チョーカーを。


 ……いや、違うな……

 …………これは、鎖だった…………

 ………………もう二度と、俺を逃がさない為の………………


 ――――――――――――――――ミエナイ鎖―――――――――――――――

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