第9話 新たな世界

 部屋から出てきたエシスは自分の家臣の元へ向かう。


「ちゃんとできましたか?」


 ハーマントはエシスの顔を見て聞く。エシスは頷く。


「それは何よりです。それと、エリサナ国の王女様が、貴方様に用があると」


「あの人が?」


 エシスは嫌そうな顔をする。昔にあの女に酷いことをされたためである。内容は言わない。


「陛下、今宵はパーティーに呼んでいただきありがとうございます」


「君を呼んだつもりは無いよ」


「お父様に着きていたのです。それと、ファリル様もいらしていますよね?」


「俺はここだよ」


 ファリルは家臣を連れてやって来る。


「貴方様にお聞きしたいです。なぜわたくしとの結婚を破棄されたのですか?」


「だから好きな人がいるって言っただろ?」


「しかし政略結婚ですよ、貴方様にとって光栄な事ですよ」


「それでも俺は君のような腹黒い女とは結婚したくない」


「腹黒いって…わたくしのどこが腹黒いのですか?!」


「君の全てだ。自分が気に入らないものは捨てていくクソ女とは結婚出来ないんだ!家臣のみんなから聞いている」


 ファリルは一瞬ヘリサナを見る。彼女に嫌なことをしたのだろう。それはエシス自身も許せない。彼女のお陰でファリルに自身の思いを話せたのだ。許す訳にはいかない。


「だから嫌われるんだよ。お前は」


 二人の間に割って入ってくる若い男。彼はエリサナ国の王子、ナリス。


「エシス様、どうもです。まさか僕より早く王様になっちゃうなんて」


 優しい笑顔でナリスは言う。彼はエシスの友達みたいな子。唯一本当のことを話せる人。


「お兄様!邪魔をしないでください!」


「邪魔をしているのはお前の方だ!呼ばれたのは僕と父上だけだったのに。お前が駄々をこねるから連れて来てもらっているのだぞ!お前はただ単に勉強をサボりたくて来たんだろ!いい加減にしないとヘンネル学院に行ってもらうぞ」


「そ、それだけは…」


 ヘンネル学院。そこは勉強ができない貴族、王族が通う学校。そのため上下関係は無し。どんなに身分の低い貴族でも平等に接しなければならない。彼女にとってはとっても嫌な場所らしい。


「陛下、我が娘が失礼致しました。お許し下さい」


 国王は謝罪をする。その姿を見た王女は俯く。


「ほら、お前も謝りなさい」


 彼女は何も言わず、ブツブツと何かを言う。


「そうよ、わたくしの思い通りにならないなら殺してしまえば良いのです。ファリル様を殺してわたくしも死ぬ。それだけよ!」


 王女は隠し持っていたナイフを取り出し、ファリルに向けて突き刺す。突然の事で誰も動けない。そしてナイフは突き刺さる。だが、それはファリルに刺さらない。血が付いたナイフを持って王女は下がる。


「なんでよ。なんであんたが邪魔するのよ!」


 彼女が突き刺したのはエシス。咄嗟の判断でファリルを護ったのだ。その姿を見た貴族たちは悲鳴を上げる。


「ナイフを、下ろせ。今すぐにだ!」


 エシスは睨みをきかせた目付きで王女を見る。驚いた王女は思わずナイフを落とす。

 それを見届けると、エシスは崩れる。


「エシスッ!」


 ファリルはエシスの身体を抱き抱える。ファリルは自身の服を破り、傷口を押さえる。


「死ぬな!死ぬんじゃないぞ!」


 珍しく焦りを見せるファリルにヘリサナもパニックになっている。


「ファリル…怪我は無い?」


「俺は大丈夫だ!なんで庇ったりしたんだよ?!」


「俺の、大切な…人だから。死んで…欲しくない…から」


「それはこっちのセリフだ!お前が死んだら俺…生きていく自信無いよ」


 泣きそうな声でファリルは言う。エシスは血で汚れた手で、ファリルの頬に触れる。

 声無しで笑顔になる。ファリルは何も言わずにエシスにキスをする。エシスが何も言わずに笑顔を作る時は「キスをして」という合図。ファリルはその事を覚えてくれている。それだけでエシスは嬉しく思う。そして彼は涙を零しながら身体から力が抜ける。ザワつく周りの声がどんどん遠のいて行く。深い海の中に沈んでいくかのように。

 目をつぶっていると母の声が聞こえる。


『エシス。もう良いのです。幸せになりなさい』


 母様。俺、もう幸せだよ。初恋相手に、こんなに心配されて居るからさ。もう大丈夫だよ。だから、母様も早く行きなよ。本当の好きな人の元にさ。


 エシスは光の粒子が天に昇っていく姿を薄らと開けた瞳でそれを見る。そしてエシスは眠ってしまった。

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