第3話 開戦

春の陽気も薄れ、季節の移り変わりを感じ始めた夏手前、コスタール帝国第七師団アーシラ軍は帝国解放戦線鎮圧の為に出陣した。

解放戦線の立ち上げから鎮圧開始に間ができたのは、昨年までの凶作のせいである。帝国の戦力がどうであろうと、食糧がなければ軍は動けないのだから。今回の凶作によって帝国内の備蓄はすでになく、これまで貿易を行ってきたオーレリア連合からは購入できなかったのだ。

名目上でこそ、大凶作による帝国の圧政と民の困窮を知った第四皇女ユスティーアが義勇に立ち上がったとされている解放戦線。だがしかし、その内部にセレニティ王国の手があることは帝国上層部にとって周知の事実である。

故に、帝国は解放戦線への対処を優先せず、税の回収を最優先にしていたのだ。

だいじょうぶなのしかしそれも一度目の収穫が終わるまでの話。十分な食糧の調達が済んだ帝国は、解放戦線本拠地ウシャロス城塞に近いセレネアノス城詰めるアーシラ軍に出陣の指令を出したのであった。







「栄光あるコスタール帝国第七師団十四大隊に所属する皆よ、喜べ。ついにこの日がやってきた。帝国本部から通達があり、恐れ多くも皇帝陛下に反旗を翻した逆賊ユスティーアを、解放戦線を我らが手で誅する時が来たのだ。アーシア大将から『明日、ウシャロス城塞に向け第一陣として出立し、威力偵察を行え』とのお言葉をいただいている。日頃の訓練の成果を十分にみせよ。」


普段なら訓練が始めようとする昼下がり、セレネアノス城に集められていた兵士は所属部隊ごとに召集され、今回の作戦について説明をされていた。


青年に難しいことは分からない。分かったことは、どうやら解放戦線の鎮圧に向けて動き始めるらしいということと、青年の所属する部隊が不運にも先行部隊に選ばれてしまったことだけだった。偉い人のなかには『名誉』なんてものを有難がり、奪い合うような者もいるが、青年にとっては不要なものでしかない。戦えば必ず死者がでる。そしてそれは、今となりにいる奴かもしれないし、あるいは自分かもしれないのだ。









「おっ、いいの発見!あの木の実けっこう美味いんだぜ。お前も一ついるか?」


税の代わりとして徴兵された農民の青年は、隣を歩くどうにもぶかぶかの鎧姿が似合わない銀髪の少女に声をかける。


「私はいらない。そういうのは別に食べたいと感じないし。」


声を掛けられた少女は、空腹に喘ぐ他の兵士なら喜ぶであろうはずのその言葉に、欠片の興味も抱かずに答える。


「お前って初めて会った時から本当に食べることに興味ないよな。ま、その分俺が食えるからありがたいけどよ。それじゃ、ちょっと取ってくるな。」


青年はそう少女に伝えると、指揮官に見つからないよう部隊から離れていった。

今回の作戦に参加している先行部隊の数は約5000。セレネアノス城を出立して2週間、いまはウシャロス城塞を目指し移動している途中だ。移動をはじめた最初こそついに戦いがはじまるという空気にのまれ、四六時中緊張しっぱなしだったが、今ではその影も見当たらない。良くも悪くも全体的に緩んできているようだ。



その調子で更に2時間程歩き続けた頃だろうか。なかなか野営できそうな場所が見当たらず、陽も半分近くが落ちかけ、兵士の体力も限界に近づき始めたその時であった。



『弓隊、放て!』

『帝国兵を皆殺しにしろ』


突然の出来事であった。帝国兵士の気が緩み、ほぼ無警戒の状態のところに大量の矢が射かけられる。帝国軍の進路に待ち伏せしていた解放戦線の奇襲である。


「なっ!?敵襲!敵襲だ!!」

「なんでこんなところに敵がいるんだよ!?」


敵に接近されていたことに全く気付いておらず、戦いはまだまだ先だと緩んでいた帝国軍にとってその一撃はおおきかった。職業軍人として兵士に専従しているわけでもなく、徴兵され仕方なく従っている農民に突然の出来事への対処など出来るわけもなく、解放戦線の矢によって倒されていく。そもそも争いごとになれていないのだ、深い傷を負ったものはもちろん、腕や足に刺さった者も痛みに耐えられず、絶叫しながら地面に転がりうずくまる。


「落ち着け!敵の数はそこまで多くない。落ち着いて対処すれば ガッ-----」


寄せ集めの兵士をまとめようと指示をだす指揮官もいた。しかし、当然ながらそんな目立つような真似をする存在が奇襲された状態で無事なわけもなく、集中して矢で射られる。最初は喉に、その後は脇腹、右足、左肩、左大腿部、そして右目を貫通して脳に…自分がどうなったのか認識が追い付かないのだろう、あっけない表情をしたまま灯が消える。


『仕上げだ。弓隊、火矢放て!』


解放戦線は、最後の一押しといわんばかりに攻勢を強める。いか奇襲を成功させたとはいえ、この戦場における人数は帝国軍のほうが多い。あまり功を焦った結果、しっぺ返しを食らっては元も子もないのだから。


「おい、めちゃくちゃ火の回りが早いぞ!」

「このままじゃ焼け死んじまう。俺は逃げるぞ!」


帝国軍の動きをつかんでいた解放戦線は、人数の不利を覆すために奇襲を仕掛けたわけだが、用意していたものはそれだけではない。単に奇襲を仕掛けただけでは、落ち着きを取り戻され次第殲滅されるのだから。

事前に油と乾燥させた藁などをまいておいたのだ、道から少しずれたところに仕掛けることで逃げ道を限定させ、追い返す手はずを整えている。


「くっ、このままでは…」


アーシラ大将から指揮を任され、勇んで部隊を率いたザルモミルは悔し気にうなる。解放戦線に良いようにやられて帰っては面子が保てない。かといって燃えるものが豊富なこの場に留まっていては燃え死ぬことしかできない。混乱し、まともな抵抗もできはしないのだから、とる選択肢は結局一つしかない。


「撤退だ!撤退せよ。森を抜け、ひとまず態勢を整えるのだ」


徴兵された側がはじめから戦いたい思っているはずもなく、士気の低い中で奇襲までされたのだ。指揮官が逃亡を認める発言をしたことで、元々逃げていた者はより一層、なんとか踏ん張ろうとしていた者も一目散に焼ける森を突き抜けようとする。


「おい、ここにいたって焼け死ぬだけだ。俺たちもさっさと逃げるぞ。」


「は、はい!でも、どこへ逃げれば…」


「来た道を戻るんだ!!こんな状況になったからには、俺たちは囲われていると考えていいだろう。なら、後ろだ。」


逃げ出すものも多いが、比較的まだ被害が少なく、半数程度が直属の上官の言葉をきける程度に混乱も収まっていた後方。そこにあの少女と青年の姿がある。

前線の崩壊を感じ取り、伍長は自身の部隊に逃走の指示を出す。あたりからは矢が止まないのだから、森の中に解放戦線が潜んでいるのだろう。他の部隊とともに逃げることが最善だと考え、ここまで来た道を戻るように伍長は声を張り上げる。



「おい!死にたくないなら俺たちも急ぐぞ!」


自分の命すら危険な戦場で少女のことを気にかけられる青年は根が優しいのだろう。青年は伍長の声に従って逃げる様子のない少女に怒鳴るように言う。


「あなたは死にたくないの?」


「はあ!?当たり前だろ!死にてえやつなんかいるわけないだろ!」


「そう…なら、あなたが行く道はそっちじゃないわ。」


少女は、伍長達が逃げる先の向こうを見つめながら青年にこたえる。

そして、周りと逆に、これから進むはずだった方向から少しそれた方向を示す。


「ねえ、死にたくないなら一緒に来る?」


少女は一言、そう青年に投げかけ、振り返ることなく歩みを進める。

その顔には、戦場という空間にとても似つかわしくないあどけない笑顔が浮かんでいた。

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残酷幼女による異世界征服 神代 翔 @isyuteru

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