第2話 開戦前

タールグルント大陸における平和は崩れ去ろうとしていた。


かつてこの大陸では大きな戦乱を経験している。その激しさはこのまま大陸そのものを焼き尽くすのではないかというほどであった。


その当時、覇権を担っていた大国とて無事ではなく、全てを失った。この時代、無数にあったはずの国々の多くが滅び、生き残ったのは三つの大国と一つの元弱小国のみ。


生き残りし4大国は、このタールグルント大陸で再び戦乱が起こらないことを、平和を願い、不戦条約を結んだ。



それから150余年、大陸は再び戦禍に見舞われんとしていた。かつての戦乱は既に経験したものは絶え、人々の記憶からも失われて久しい。


戦乱の要因は多々あれども、此度のきっかけは2年前から続く大凶作だった。

タールグルント大陸最大の国力を誇り、肥沃な土地に恵まれていたセレニティ王国。その半ば属国となりつつあったコスタール帝国の穀倉地帯が大部分を大凶作によって機能しなくなってしまったのだ。


直撃当時、セレニティ王国はコスタール帝国に食糧を貸し付け、さらなる影響力を手に入れようとしていた。

大凶作に影響を免れた王国は民に重税をかけず、民を労わりながらでも余力は十分にあったのだ。


しかしその翌年、再び大凶作が起きた。王国の影響力がこれ以上増すことを恐れた帝国は、農村に重税を課し、民を絞りとった上で大半の食糧供給を輸入に頼らざるを得なかった。

大陸南西に位置する帝国の北部に位置し、大陸の流通を担う貿易国家オーレリア連合から食料を買い付け、飢えをしのごうとした。


そんな中、オーレリア連合はコスタール帝国に対し、経済封鎖を宣言。セレニティ王国も援助の打ち切りを宣告した。


今回の大凶作で甚大な被害を受けた帝国の様子を見た王国は、従来からの方針転換を決めた。

ここで帝国の息の根を止め、滅ぼす決意をしたのだった。そしてその決定は貿易国家である連合にも影響を与える。

もとより国力が低く、鉄鉱山とそれなりの水準の工業以外に旨味のない帝国と大陸の盟主とならんとする王国。どちらの意向に従うのは当然であった。



王国は帝国から留学生として逗留していた第四皇女ユスティーアを旗頭とし、『帝国解放戦線』を設立。

正面から王国軍正規兵を派兵するのではなく、数人の将校を中核部隊として遣わせるに一旦留め、自国の戦力を温存したまま帝国の併合を目論んでいた。


この王国の動きは、現皇帝に恥辱の中で母を殺された復讐を願うユスティーアにとって悪い話ではなかった。だからこそ、お互いの目的のために手を組んだのだった。

















 コスタール帝国ローカラグ地方セレネアノス城

ここ、セレネアノス城はコスタール帝国北東部にあり、セレニティ王国と大河を挟み対峙する国境付近を守る要衝である。

また、このセレネアノス城から大きく南下した先にはいくつかの集落を挟み『帝国解放戦線』の本拠地ウシャロス城塞がある。

セレネアノス城の築城は古く、老朽化している箇所もあるが、防衛能力は非常に高いといえた。

城壁内部は中央部に城が築かれ、西側には自給用の畑が広がり、万単位の兵士が生活するための数多くの宿舎や練兵場が用意されている。

また城壁は高く、下から矢を射かけても多くは狙いを外れるだろう。その外壁の周りはしっかりと堀が掘られ、堅牢な構えを持つ。


そんなセレネアノス城はコスタール帝国が徴兵した農民・新兵のほとんどが最初に派遣されることになる。

普段は非常事態に備えるという名目のもと適当に訓練をし、飯をもらう。そして時折領内に現れる賊の討伐、大して目的もない小競り合いに参加する。


運が良ければ生き残り、束の間の休息と僅かばかりの金銭を得る。悪ければ、そのまま二度と目を覚まさない。

こんな場所に自ら志願してくるような者はただの変人であり、大半は帝国の課す税として徴兵され、仕方がなく来ている10~20代の若者ばかりである。


そんな集団の中に、異彩を放つ一部分が存在していた。


「なあ、お前本当に徴兵されてきたのか?そんなほそっこい腕で剣なんか握れるとは思えないんだけど…」


少女に声をかける青年は、凶作の影響で税を納めることができず、その代わりとして徴兵された元農民だった。

青年の疑問も尤もだろう。青年が声をかけた相手はどう見ても兵士とは見えず、歳は10にも満たないといったところなのだから。


「徴兵なんかされてないわよ。私は自分でここに来たんだから。後、剣は使えないけど、この子なら使えるわ」


声をかけられた少女は自らの背丈の2倍はある槍をなでながら答える。


「いや、それも使えるようには見えねんだけどな。まあいいか、とりあえず殺されないように隠れておけよ。死なれてあれだし。」


「私は死んだりしないけど。うん、まあとりあえず分かったわ。死にそうになってたら私が守ってあげるわね。」


「全然わかってねえじゃん…」


「おい、新兵ども。気持ちは分かるが無駄口たたくのもその辺にしておけ。」


兵士の集団の中で明らかに浮いていた少女と青年の組み合わせに、伍長の男が声をかける。

男はもともと青年と同じく、徴兵された農民だった。そして王国との小競り合いを10年近く生き残り、下士官にまで出世し、一隊率いる立場となった。だからこそ、士官の中でも彼ら、いや彼の気持ちが分かるのだろう。


「伍長!申し訳ありません。解放軍との戦いが近いって噂をきいて…」


農村から徴兵された男は、不安げに返答した。

最近、セレネアノス城には多くの物資が運び込まれ、戦争が近いのだと思われた。準備が着実に進むその様は、タイムリミットがせまっていることをひしひしと伝えているようにも思えた。


「あら、普段は威勢のいいことばかり言うくせに本番が近いと弱っちゃうのね。」


「なんだと、そういうお前はどうだってんだ。」


「そうね、私は早く喰べたくてお腹が減ったきたわ。」


「お前ら!」


伍長が今度こそ一喝すると、二人は足早に逃げ去り、訓練を再開させにいった。

小競り合いを続けるこの地で、決して目立つ功績を挙げたわけではないが、生き延びてきた男の身体は少し震えている。


彼ら、いや、彼女と相対したときには本人も気づかないうちに身体が震えているのだ。

青年のほうはとりたてて特別な何かがあるわけではない。青年の運が良ければ生き残れるだろうし、運が悪ければそのまま死ぬ。ただそれだけの、どこにでもいる元農民でしかない。


問題は少女、もしくは幼女といっても過言ではないほうだ。男はその娘が志願しに来た現場を思い出す。

もはや汚れていないところが存在しないのではないかと思えるほどに、全身が血にまみれた状態で、ただ、『灯が欲しいの』とだけ言い志願してきた様子を。

邪魔にしかならないと追い返さんとする正規兵の3人組が、彼女の持つ槍でいとも容易く倒されたことを。


「くそ、なんだってんだよ。俺まで臆病風に吹かれちまったのか…なんにもなけりゃいいがよ。」


男は一人、少女の血にまみれながらも輝きを失っていなかった銀髪を思い出しながら呟いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る