第16話

 私はゆっくり目を開けた。


「真琴?」


 声をたどる。司がいた。呆れた顔の司が。


「お前は何度倒れたら気が済むんだ。」

「…?…何度?」

「今度はベッドの下だ。でも安心しろ。何も問題はない。」


 最悪。目が回ってベッドから落ちたんだ。


「明日、ちゃんと家帰れるか?」

「え?」

「朝食済んだら退院だ。家に帰れる。」

「退院…。」


 ここを出たら、私は…。考えたら怖くなって、身体が硬直しそうだった。


「いや…ここにいたい…ずっとここにいたい!」


 司は少し困った、少し悲しい顔。


「お前は家に帰りたいのか帰りたくないのか、どっちなんだ。」


 その言葉で、私は初めて冷静になる。そして考えた。


「帰り…たくないけど、帰らなくちゃ…。帰って、荷物をまとめて部屋を出て…。それから…。」


 それから?それから私はどうするの?どこへ行くの?行くとこなんか、ない…。


「それから?どうするんだ?」


 司の質問に、答えられない自分がいた。情けない。私はまだ考えられない。考えなくちゃ、いけないのに。


「逃げたいのに逃げられない時、あるよな。その逆も。」


 そんな簡単に言わないでなんて思わなかった。司の言葉には、心がこもっていた。そう感じた。


「たまには逃げてもいいんじゃないか?お前は今まで頑張ってきた。支えてきた。あのバンドを、あのボーカルを。」

「なんで知ってるの?!あ…私の名前も…!」


 私は心底驚いた。司はニコッとする。なぜ?


「あのライヴハウス、お前らの解散ライヴやったあのハコ。そこの店長が俺の古くからの友人なんだ。」

「店長って…ジョーさん?」

「あぁ。譲二じょーじは俺の友人で、元バンドのメンバーだ。」

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