第8話

 私の腕をそっと握る男。そこからぬくもりってものを感じて、私の腕の力が抜けていく。私の手は、やわらかいベッドの上にやわらかく置かれた。


 男は私から離れる。今度は切ない顔。どうしてそんな顔するの?やっぱり同情?それとも、それを通り越してバカにしてる?


「俺、出掛けるから。」


 男は微笑んで、私の頭をぽんぽんとした。大きな手。


「…。」


 立ち上がる男に何も言えない私。情けない。羞恥なんかどこにもなかった。


 男はデスクに向かい、何かを書いている。小さなメモ用紙。それをテーブルに置いた。


「何かあったら、ここに電話しろ。ひどかったら119番でもいい。」


 男の顔を見ることができない。ひどいのは今。


「じゃあ行くぞ。落ち着け。そのまま寝てもいい。」

「…うん…わかった…。」

「聞いてるか?」

「…うん…。」

「じゃあな、真琴。」


 玄関のドアが閉まる音で、私は初めて気付く。


「真琴…。…私の名前、どうして知ってるの…。」


 私はゆっくり目を向ける。テーブルに置かれたメモ。


「あらい…つかさ…。090…070…、番号…。」


 聞いたこともない名前だった。


「…どうして番号が二つも…。しかも070って…。」


 私はドサッとベッドに落ちる。色々と考えたいのに、今日という日を振り返りたいのに、その情報量はキャパをオーバーしていた。


 だめだ、だめだ。何がだめって、全部だめ。


「真琴…マコ…。…私はどっち…。私は…誰…。」


 そこまでは、覚えていた。

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