第7話

 遠くから聞こえる声。少しずつ少しずつ、近付く声。


 誰?


「…真琴まこと!起きろ!真琴まこと!!」

「…はっ!」


 私はパッと目を開ける。近くに男が見えた。今度は必死な顔。私は男に抱きかかえられている。わからない恐怖を感じた。


 何?


「大丈夫か?」

「…なに…なんなの…。」

「お前、急に泣き出したと思ったら、過呼吸飛ばして気を失いかけたんだよ。」

「そん…な…。」

「よかったよ、すぐ気が付いて…。」


 今度は心配に安堵が混じった顔をして、男は深く長い息を吐いた。そういえば私の息苦しさが消えている。この男が消したのだろうか。


 気を失いかけて。そのまま失ったままでもよかったのに。私は失望の溜め息を吐いた。


 ゆっくりと体がふわっと浮く。私また、気を失うの?


「ここのほうが落ち着くだろ。」


 何だろう。ふわふわする。ベッドだ。男はすっと私を抱え上げ、ベッドに寝かせたのだ。


「もう大丈夫そうだな。」


 優しい声。男はドカっと床に座った。ふわふわする心地好さ、それと優しい声。癒されていく私がいた。優しい。ずっとずっと優しい。でも男は男。優しさだけじゃないはず。癒されてる場合じゃない。


 どうせそうなるんでしょ?だったら早く済ませようよ。


 男はダウンケットに手を掛けようとした。私はガバッと起き上がり、男の胸ぐらを掴む。強引に引き寄せて、キスをしようとした。


 でもできなかった。


 目の前に、サトシが現れた。幻視、幻覚。


 現れたのが頭の中だったらできていたかもしれないキス。男の唇と私の唇、指一本の距離。また思考が止まる。私自身も止まる。


 愚か、無様としか言い様がない。胸ぐら掴んでおきながら、キスのひとつもできないなんて。


 

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