第6話

「終わったぞ。」


 男はそう言った後、私の髪をブラッシングした。どこまでマメなの。ていうか、どうしてここまで私にするの?


「何か飲むか?」


 やけ酒。それもいいかもって思ったけど、体が漬かるほど飲んでもきっと酔わない、酔えない。それほど私は、地上に辿り着けない奈落の底。何も言わず、私は横に首を降った。


「じゃあ、これでも飲め。落ち着くぞ。」


 男は笑みを残し、キッチンへ消えてゆく。優しい笑みに、私は何を飲まされるのだろう。なんてぼーっと考えていた私は見てしまった。雨に濡れて、湿ったギターケース。私の相棒だった、ギターの入ったギターケース。その様を見て、自分でも思った。『かわいそう』だと。


「安心しろ。ギターは無事だ。」


 私は慌ててギターケースから目を逸らす。男はテーブルにマグカップを置いた。


「それより、これ飲め。」


 男が持ってきたのはココアだった。暖かいココア。飲まなくても、見てわかる。淡くて優しいココアの色。これを飲めば、言われた通り落ち着くだろう。


 私はそっとマグカップに触れた。暖かい。そう、暖かいだけなのに、涙が出る。一度出てしまったら止まらない。みるみる溢れ出す。溢れた涙はすぐに目から落ちてしまった。一粒、二粒。三粒落ちたあたり。息苦しくて、涙に集中できない。


 うまく泣くことさえできないほど、私の体に体力は残されていなかった。息苦しさは増し、視界がぼやける。白くなってどんどん薄くなる。


 意識が遠退く。


 そこまでは、覚えていた。

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