第16話 落下傘だよ、おっ母さん!

 多魔世が東千歳駐屯地の少年特殊作戦群訓練センターに来て2週間が経った。

 海上訓練場での射撃訓練もそれなりに成果が上がり、何度かに一回ぐらいは仮想海ムカデの肛門に水中銃を命中させる事ができるようになっていた。

 玄関に入り、1階の海上訓練場に向かう途中で背中から声をかけられた。

「多魔世」

「はい?」

 振り向くと3等陸曹の鉢野前はちのまえ七代ななよが立っていた。

「今日から別の訓練を行う」

「え?」

「これに着替えろ」

 迷彩柄のツナギとリュックを手渡された。

「何をするんですか?」

「落下傘の降下訓練だ」

「落下傘?」

「そうだ」

「何でですか?」

「戦地で必要だからだ」

「海なんですよね?」

「そうだ」

「落下傘で海に落ちたら溺れるじゃないですか?」

「海に降下するんじゃない。島に降下するんだ」

「島に?」

「そうだ」

「船で行けばいいじゃないですか?」

「飛行機で向かって、落下傘降下した方が早いんだ」

「あたしも飛行機で島に行くんですか?」

「そう言う事態も想定しての訓練だ」

「そうですか……」

「先ずは着地訓練から始める。屋外おもての降下訓練搭の前に集合しろ」

「はい」

 集合と言っても一人しかいないんだよなあ、と思いながら多魔世は訓練センターを出た。


 話には聞いていたが、高さ80メートルの降下訓練搭の際に立つとその高さに膝が笑った。

 搭の前には遊園地のバンジージャンプのふもとに置いてあるはんぺんの化け物の様なマットがあった。

 ああ、あたしもいずれあそこに着地させられるんだなあと思うと悲しくなった。

「整列!」

 七代3等陸曹が知らぬ間にそばに立っていた。

「あ、はい……」

 一人なんですけど。

「先ずは着地訓練から始める」

「はい」

 さっき聞きました。

「スキーでも転びかたから学ぶように落下傘降下もまず安全に着地する方法から身に付けてもらう」

「はい……」

 例えがピンと来るような来ないような気がした。

「五点着地を知っているか?」

「いいえ」

 知るわけねえだろ! 悪態をつかずにいられなかった。

「見本を見せるからその通りやって見なさい」

「はい……」

 七代はその場でジャンプすると両足で着地し、膝を揃えてくの字に30度の角度をつけ、ふくらはぎの側面から太もも、臀部と順に地面につけながら衝撃を分散し、その後、上半身を反対側に捻り、肩を中心に回転しながら立ち上がった。

 七代はどうだと言わんばかりに多魔世を見つめてきたが、多魔世はポカンと口を半開きにするばかりだった。


「まず、これを百回やりなさい」

「え! 百回ですか?」

「そうだ。着地が一番重要なんだ」

「はい……」

 多魔世は渋々、見よう見まねで五点着地を始めた。


 着地のみの訓練とは言え、その場で横でんぐり返しを百回もぶっ続けでやるとさすがに目が回り吐き気がした。

「お、終わりまふぃた……」

「よし!」

 微動だにせず多魔世の横でんぐり返しを仁王立ちで見ていた七代の声が頭蓋に響いた。

「次は降下訓練だ」

「降下訓練……」

 多魔世の視線の先には降下訓練塔が屹立きつりつしていた。ああ、さっきの80メートルの奴だ。

「あの鉄塔の化け物の上から落下するんですか?」

「さすがに天辺てっぺんから落ちろとは言わない。まずは一階の高さから練習だ」

「はい……」

 多魔世は七代の後ろについて降下塔に向かった。


「高いっすねぇ」

 根元に立って見上げると落下傘を設置する傘が五円玉ぐらいに見えた。

「心配するな。逆さ漏斗ろうとは一階の高さまで下げるから」

 七代は降下塔の中心に設置された操作室に指示をし、落下傘吊り上げ機具を下げさせた。

「よし! 背中のリュックから落下傘を取り出して逆さ漏斗に取り付けろ」

「え? あ、はい!」

 多魔世は慌ててリュックを下ろし中から折り畳まれた落下傘を引出した。

「出しましたぁ!」

「それじゃあ、逆さ漏斗の固定枠に落下傘を固定しろ!」

「あ、はい!」

 多魔世は降下塔に近寄り、リュックから引出した落下傘を吊り上げ器具に取り付けた。

「こんな感じでいいですか?」

「よし! 落下傘を取り付けたままリュックを背負え」

「え? はい!」

 落下傘を背負った多魔世を七代の合図を切っ掛けに逆さ漏斗のアームが引き上げていった。

 3メートル程の高さに上がったところで足元から「よし!」という声が聞こえた。

「多魔世!」

「ふぁい……」

「いいな! さっき練習した五点着地を忘れるな!」

「ふぁい!」

 多魔世は両脇のハーネスを握り締め全身を硬直させた。

「落下ぁぁぁ!」

 七代の合図で逆さ漏斗の固定枠から傘のロックが解除され、ふぁっさぁぁと落下傘が放たれた。


「んぁぁぁっつ!」

 高さはそれほどではないものの、足場のない中空から自分の意思ではないタイミングで落とされ、さすがに恐怖に包まれた。

「多魔世ぉぉぉ!」

 地面の方から上官の絶叫が突き上げてきた。

「ふぁーいっ!」

「五点着地だあーっ!」

「ふぁーいっ!」

 多魔世ははんぺんに足が着いた瞬間、百回繰り返した五点着地を辛うじて決めた。

「よし!」

 七代は多魔世に近づき腕を組んで頷いた。

「しゅみましぇーん」

 落下傘まみれになった布地から這い出し多魔世が懇願した。

「なんだ?」

「この落下傘、どうやって回収すればいいんですか?」

「両腕に8の字を描くよう手前から巻き取って行け」

「こうですか?」

 多魔世は背をっていた落下傘を脱ぎ、両腕を前ならいに伸ばして、手前のロープから8の字に巻き取っていった。

「それでいい。この後、同じ落下訓練を繰り返せ!」

 ええーーーっ! 「はい!」

 多魔世はこの日、日暮れまで、同じ訓練を30回繰り返した。

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