第15話 聞けば聞くほど行きたくねーな!

 訓練二日目にして仲間が増えたが、謎も深まった。

 あたしを棄てた親父がなぜあたしを化物退治に指名したのか。国家権力を使って。

 訊いてみたいが手立てがない。

 母ちゃんに頼もうか。いやいや、さすがに別れた夫に連絡させるのは酷だ。

 仕方がない。このまま、騙された振りして付いていって、どこかで誰かに探りを入れるか。


「多魔世! ブツブツ言っていないで、ボートに乗れ!」

 鉢野前はちのまえ七代ななよ3等陸曹の怒声が響いた。

「二日目でこんなに厳しくなるのかよ……」

 多摩世は声が漏れないよう口を閉じて愚痴った。

 二位戸の方を見るとピンフォール・アキラに連れられて海上訓練場から出ていくところだった。3階の射撃場へ行くのだろう。


 昨日は乗りそびれたが、いかついバナナボートの戦闘艇は船というよりスノーモービルと言った方がしっくりきた。

 こんな全身がき出しの状態で水中銃一丁で化物と戦うなんて正気の沙汰じゃない。

 化物の模型は長さ30メートルほどあり、ムカデのような姿をしていた。

 うねうねと海中から海面まで動き回り、生きているようだった。

 こんなものが作れるなら、もっとましな兵器を作れそうなものだが、言っても仕方のないことだった。


「すみませーん! 乗り方、わからないんですけどー!」

 多摩世は、十メートル先で自分を監視している七代に声を飛ばした。

 七代はすたすたと大股で近付いてきて、「よけろ」と言って、戦闘艇に跨がった。

「いいか。この機は戦闘用だから鍵はいらない。このスターターボタンを押せばエンジンはかかる」

 七代は運転席の膝辺りにあるボタンを指差した。

「それと、オートドライブ機能があるから、射撃の時は、ハンドルの右にあるこのスイッチを押せばいい」

 七代は言い終わるとエンジン始動し、多摩世から水中銃を奪って、発進した。


 30メートルのムカデの化物を全速力で追い抜くと、七代は右旋回で回り込み、ムカデの尻尾に貼り付いた。

 ムカデが尻尾を天に突き上げたのを見計らい、七代はオートドライブに切り替え、戦闘艇のステップに両足で踏ん張り、水中銃で肛門に狙いを定め連射した。

「グワオーーッ!」

 ムカデは急所に三発の銃弾を食らい、悶絶した。


 七代はムカデが停止したのを確認してから多摩世の元に戻ってきた。

「すげえ……」

 多摩世は呆気に取られて口が開いたままになっていた。

「どうした? よだれが垂れているぞ」

「凄いっすね、鉢野前3等陸曹。あたしが行くより3等陸曹が戦地に戻った方がいいんじゃないですか?」

「実戦はこんな単純じゃない」

「でも、ド素人の自分が行くよりも絶対いいじゃないですか?」

「本物のムカデはこんな簡単に背中を見せない」

「でしょうね。だったら尚更、あたしなんかより3等陸曹の方がいいんじゃないですか?」

成人おとなではダメなんだ」

「どうしてですか?」


 ムカデ型生物が人類の前に初めて姿を表したのは今から2年前のことだった。

 C国のイーシャンテン島沖合で海上観光船が数匹のムカデ型生物に襲われ、成人だけが餌として喰われた。何故か子供だけは無事だった。

 子供たちを救うべく、C国海軍が出動したが、あっけなく返り討ちに会い、戦艦十数隻が沈没した。が、子供たちはその間、襲われる事もなく、無事、輸送機で保護された。

 その後もC国海軍は海ムカデを駆逐するべく総力を上げて攻撃したが、固い甲羅に阻まれ、一匹も退治することができなかった。

 日本の海上保安庁はC国の戦闘行為を自国海域から注視していたが、傍観していた。

 しかし、日本とC国との境界に位置する境界島にムカデ型生物が現れ、海上保安庁の巡視船2隻が抵抗するまもなく、あっという間に撃沈された。

 C国からの攻撃ではないことを確認した日本政府は境界島に設置していた海上自衛隊の訓練施設から護衛艦3隻を派遣した。が、ムカデ型生物5匹に囲まれ、なぶりものにされた上に壊滅的な打撃を受けたのだった。

 その後も秘密裏にムカデ型生物に対する軍事作戦を敢行してきたが、思うような成果を上げるに至らなかった。

 七代が境界島に訓練で訪れたのは去年の春先だった。

 七代自身は陸上自衛隊所属であったが、人事交流の一環により特別訓練生として派遣されていた。

 表向きは合同訓練であったが、一年経っても海上自衛隊が地球外生物を撃退できない事に業を煮やした防衛省幹部が省をあげて取り組んだのがハイブリットタスクフォースだった。

 七代は射撃の腕と身体能力の高さが買われて選抜された。元々、陸上自衛隊特殊作戦群に所属しており、白兵戦のリーダーとして期待された。

 いつもの通り、仲間と一人乗り小型戦闘艇で訓練していると境界島の海上自衛隊本部からムカデ出現の一報が入った。

 沖縄に遊びに来ていた観光客のモーターボートがエンジン故障のため沖合50海里(約90㎞)近くまで流され、そこを襲われたとの事だった。

 七代のいる海域からは20海里ほど離れていた。戦闘艇の最高速度が40ノット(時速約80㎞)、燃料の残量が60リットルあることを確認し、護衛艦を待つことなく直接、現地に向かう判断をした。

 仲間の自衛官10名と30分後に現地に着いた時にはモーターボートは壊滅的な打撃を受けていた。

 破壊されたボートに近寄り、七代が船内を確認すると操縦席の下の隙間に小学生らしき子供の姿が二つあった。

 恐る恐る、七代が声を掛けると二つの影が動き、いぶかる目で七代を見てきた。

 奇跡的に二人は無傷だった。しかし、彼等の家族はムカデに捕食されていた。

 二人を自分の戦闘艇に乗せようと下船しかけた時に海面が黒く盛り上がり、ムカデが姿を現した。

 七代と子供たちが襲われるのを回避するため、仲間の自衛官10名が一斉に水中銃で攻撃を始めたが、ムカデの固い甲羅で全て弾丸は跳ね返された。

 おまけに餌が向こうからやって来たと悦んだムカデは自衛官を襲い食い散らかした。

 七代は仲間を救うべく、ムカデの後方に回り込むと偶然ムカデが上げたシッポの影から見えた肛門に水中銃を乱射した。

 幸運にもその内の一発が命中した。しかし、断末魔の最後っぺよろしく、大暴れしたムカデの鞭のような胴体が七代を襲い、瀕死の重症を負ってしまった。

 溺れ掛けた七代を救ってくれたのはボートに潜んでいた子供たちだった。

 ムカデは絶命し海中に沈んでいった。

 七代たちは助けに来た護衛艦に回収され、境界島に戻った。

 七代はその後、治療のため自衛隊福岡病院に移送された。怪我と精神的な損傷が大きく、境界島基地に復帰する事はなかった。

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