第9話 プールじゃないじゃん!

 ウェットスーツに着替えて、訓練場のドアを開けると、景色に思考が凍りついた。

「海じゃん……」

「実践に近い環境で訓練を受けてもらうからね」

 七代の口調が今までとは異なっていた。

 造波プールには船の甲板や岩場などが配置され、天井からはシャワーの豪雨が降り注ぎ、壁からは強風が吹き付けていた。

「実践って……。こんな所に行かされるの?」

「そうよ」

「て、言うか、生徒って、あたししかいないの?」

 場内を見渡す限り、七代と同じ制服姿の大人は何人か視界に入るが、中学生の姿は見当たらなかった。

「第一陣は昨日、出発したからね」

「もう、行ってるやつがいるんだ……」

「大丈夫。すぐ追い付くわよぉ」

 アキラがポンポンと多魔世の肩を叩いた。

「あんた、まだいたの!」

「大事な教え子をこんな所に一人残して帰れないじゃないのぉ」

「あんたが連れて来たんでしょ!」

 多魔世は床を蹴った。


「それじゃあ、早速、訓練を始めます」

 七代は戦艦の甲板に向かって歩を進めた。

 ちらっと、多魔世に視線を寄越したので、静静しずしずと後ろに付いて行った。


 戦艦ふねは護衛艦はぐろを模していた。さすがに全長170メートルのフルサイズとはいかなかったが、艦首部分の甲板は訓練目的のためか再現されていた。


「それじゃあ、水中銃を持って、あれに乗って頂戴ちょうだい

 甲板から七代が指した先にはバナナボートをいかつくした一人乗りの戦闘艇が水面に浮かんでいた。

「あれ、ですか?」

「そうよ」

「あれに乗って、水中銃で闘うんですか?」

「そうよ」

「誰とですか?」

「仮想敵を用意しているから訓練の中で説明していくわ」

「水中銃ってどうするんですか?」

「ああ、そうね。射撃の練習が先ね」

「はあ……」

 多魔世にとっては、どっちでも良かった。

「それじゃあ、一旦、ここを出て、3階の射撃場に行きましょう」

 七代は踵を返し、そそくさと甲板を降りて行った。

「水中銃は持ったままでいいですか?」

 多魔世は七代を追いながら背中に問いかけた。

「いいわよ。実弾は入って無いから」

「そうなんですか……」

「そうよ。いくら訓練だからと言って、こんな所で素人に実弾を撃たせるほど甘くはないわ」

「はあ……」

 撃たせてくれとは一度も言ってないぞ、と多魔世は思った。

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