第5話 何で金髪にしてんだよ!

 思いの外、朝が早く来た。

 夕食を途中で止め、そのままふて寝をしてやったら超熟睡だった。

 北海道の4月の初めは春とは言え、まだ肌寒く、軒下などに所々、降雪こうせつが残っている。


 学校に行くのをすっぽかしてやろうかとも思ったが、自衛隊に身分が割れているのなら逃げ切れるものではないだろう。それにもまして金もなく、他に行く場所も多魔世には無かった。


 気が進まないまま多魔世は、トレーナーとデニムに着替えた。


「おはよう」

 1階に降りると既に母のたねが朝食の用意をしていた。

「おはよう。悪いけど、照男を起こしてきて」

 種はあごで居間の奥の子供部屋を指した。

「うん」

 多魔世が部屋を覗くと既に照男は目を覚ましていて、掛け布団から両目だけを出して多魔世を凝視していた。

「早く起きろ」

 多魔世は布団をまくり上げた。

「ぎゃっ」

 照男は慌てて股間を両手で隠した。

「なんだお前、オネショしてんのか! あたしの出撃の日に」

 照男の尻の下辺りの布団には大きな楕円のシミが広がりほのかにアンモニア臭が鼻腔を刺した。

「怖い夢を見たんだ……」

「どんな夢さ?」

「姉ちゃんが外人に殺される夢さ……」

「止めろ! 縁起の悪い」

 多魔世は照男のパジャマのズボンの両すそをテーブクロス引きの要領で引っ張り、一気に脱がした。

「うわああぁ!」

 パジャマが湿っていたため、それに引きられる様にブリーフも一緒に脱げていた。

「あはははははっ」

 多魔世は何時いつ以来か思い出せないほど久し振りに腹を抱えて笑った。

「最後に良いもん見せてもらったよ。布団は後で自分で干しておけよ」

「変な事言うな! 姉ちゃんの布団と入れ換えておくからな!」

 照男はフルちんのまま風呂場へ走った。

「朝からにぎやかね。ご飯、出来たよ」

 種が台所から子供部屋に声を掛けた。

「朝から豪勢だな?」

 食卓には多魔世の好物の目玉焼きの載ったハンバーグが並んでいた。

 種は無言で微笑んだ。

「いただきまーす」

 多魔世は顔の前で両手を合わせ、素直に朝食に箸をつけた。

「おにぎり作って置いたからね」

 種は台所を見ながら言った。

「ありがとう……。手ぶらでいいって言われてるんだよね」

「そう……」


 照男がシャワーを浴びて戻り、朝食を平らげたのを見届けてから多魔世は身仕度を済ませた。

「それじゃあ、行ってくるわ」

 スカジャンの両ポケットにおにぎりを一個ずつ入れ、多魔世はいつもと同じように家を出た。


「母ちゃん、電話だよぉ」

 多魔世の背中をぼんやり眺めている種に照男が呼び掛けた。

「ああ、ありがと」

清木きよきさんだって。おじさんだったよ」

「ああ、そう……」

 種は少し慌てていた。

「だれ?」

「ああ、知り合い……」

「ふーん」

 照男は納得していなかった。


 校門を抜け、生徒玄関前に出たが、誰も来ていなかった。無人の校舎はかなしくなるぐらい冷たかった。

 5分ほど待っていると遠くから、がさつなエンジン音が聞こえてきた。

 よく見ると自衛隊の高機動車(コウキ)だった。

 10人乗りのこの大型人員輸送用車両の最後部座席に見覚えのある大男の姿を発見みつけた。

「多魔世、おはよー。早かったわね」

 アキラはコウキが校門前に横付けされるや否や多魔世の下に三歩で現れた。

 どういう訳か足の爪先から頭頂まで陸上自衛隊の戦闘服に包まれ、昨日までの黒髪が金色こんじきに輝いていた。

 多魔世はこれから自分の身に降りかかる不幸に反して、軽薄な態度のアキラに怒りを覚え叫んだ。

「何で金髪にしてんだよ! このくそゴリラ!」

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