第4話 母ちゃん、あたしを売ったの?
ピンフォール・アキラとの面談を終えた所までは記憶にあるが、その後、どこをどのように歩いて来たかは覚えていない。
気が付けば家の前に
母子家庭だが、異父弟、
「ただいま」
家の奥からお帰りと言う弟の声が聞こえた。スーパーにパートに出ている母の声は当然無かった。
「姉ちゃん、遅かったね」
照男が茶の間の奥の子供部屋から顔だけ覗かせて言った。
「うん。新しい担任にいきなり残された」
多魔世はスクールバッグを床に下ろした。
「へー」
照男も子供部屋から出てきて居間のテーブルの前に座った。
「明日からあたし、しばらく居なくなるから」
多魔世は平静を装い小指で鼻をほじってみせた。
「出張?」
「んな訳ないだろ。小3の癖にどこでそんな言葉、覚えたんだ?」
多魔世は
「学校、どうすんの?」
照男が多魔世に顔を近付けて訊いた。
「特別実習だから出席してんのと一緒なんだって」
「いいなあ」
「代わりに行くか?」
「そんな事、出来んの?」
照男は目を輝かせた。
「知らないけど」
多魔世はぷいっ、と横を向いた。
「なあーんだ」
照男は詰まらなそうな顔をした。
「
夕飯はいつも多魔世が作っていた。
「うん。
この時だけは照男も子供らしく笑った。
肉の代わりに魚肉ソーセージと高野豆腐を入れたカレーができた頃、母の
「お帰りー!」
母っ子の照男が玄関に飛び出して行った。
「良い匂いねー」
種は照男の肩を抱きながら居間に入ってきた。
「お帰り」
多魔世は鍋に顔を向けたまま応じた。
「姉ちゃん、明日からしばらくいないんだって」
照男は種を見上げて言った。
「ああ……」
種は曖昧に頷いた。
「出来たよ」
多魔世は3人分のカレーを皿に盛り付けた。
「やったー!」
「明日の朝もカレーだからね」
「……いいよ」
「何だよ、その間」
「へへへ」
「おいしそうね。いただきます」
種は胸の前で手を合わせた。
「母ちゃん、知ってると思うけど、あたし、明日からしばらく実習でいなくなるから」
多魔世はカレー皿に目をやったまま言った。
「うん……。用意しなくちゃね……」
種もカレー皿から目を話さなかった。
「いつ決めたの? この話、学校と」
今度はちらっとだけ、多魔世は種を見た。
「春休み中だったと思う」
種は長いスパンで曖昧に答えた。
「どんな実習か知ってんの?」
「国の新しい制度で実習生には大学までの学費免除と就職も保証してくれるって……」
「大学なんて行かねえし、就職なんてどうせ自衛隊だろ!」
多魔世はバン! とスプーンをテーブルに叩きつけた。
「うちは貧乏だし、私はパートだし、お前に大したことはしてやれないんだよ」
種はスプーンを静かにテーブルに置いた。
「母ちゃんに何とかしてもらおうなんて
「じゃあ、中学卒業したらどうするつもりなの?」
「……」
「今すぐ決めなくて良いけど、可能性だけを残しておいたら?」
「だから実習なの?」
「その一つよ」
「分かったよ。行けばいいんでしょ!」
多魔世は食べかけのカレーを台所の生ゴミ箱に棄て、二階の自室に引きこもった。
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