2  「さようでございますか」


エレベーターが上昇し、ほのかに体に重力がかかる感覚を感じながら、

2秒前に投げられた質問のフレーズを頭の中で再生する。


「「童貞でいらっしゃいますか?」」


邪気のまったくない純粋な顔で、


「ご出身はどちらですか?」


くらいのノリで問われたため、最初は何かの聞き間違いかと思ったが、

何度脳内リピートしても、


ど・う・て・い以外の聞き取り方を見出すことは困難だった。


なぜこんな質問を、可愛いと思ってた女性にエレベーターで2人きり、

という状況でされているのか、その理由は皆目見当がつかないが、


ただ一つはっきり言えることは、


僕、上野真守は、紛れもなく童貞である、


ということだった。

哀しいかな、女性と付き合ったことすらまだ一度もない。


そのためこの質問は、

僕にとってどう答えようともダメージを受けてしまうクリティカルなものだった。


「あ……っと、まあ、そうすねぇ」


嘘をつくのもなんだかむなしいので、

動揺しているのが悟られないように、

特に気にしても、焦ってもいません、

という感じで受け取られるように、なおかつはっきり肯定もしきらないような

微妙なニュアンスで、言った。


しかし、自分でも分かるくらいに、目は泳ぎ、手は不自然に髪を触ったり、腰に当てたり、まるで落ち着きがなかった。

動揺しないようにつとめてはいたが、完全に動揺している。

言わずもがな童貞です、と体で表現しているようなものだった。


……いやしょうがねえだろ童貞なんだから!別に恥じることでもないよね!?

20歳って童貞って別に他にも少なからずいるだろ!いるよね!?

……ていうかそもそもなんなんだよ一体!それ聞いて何になるんだよ!


特に直接バカにされたわけではないのだが、

そうやって心の中で叫ばずにはいられなかった。


女性は、

そんな明らかに挙動不審な様子を気にもとめない様子で、


「さようでございますか」


と言ってにこりと笑った。



………この人は可愛いけど、もしかするとサイコパス的なアレなんじゃねえだろうか。可愛いけど。


だから多分、この意味不明すぎる問答について考えても無駄だ。

忘れよう、これは。

そう自分に言い聞かせる、と同時に、


チン、と

エレベーターが25階に到着した。


が、扉が開かない。


……うん?なんだ?どうした?

と戸惑っていると、


「上野さま」


女性が振り返り、じっと上野を見た。

顔に、さっきまでの笑顔はなかった。


「な、なんすか……?」


「合格でございます」


合格……?何が……?

上野の頭上に「?」マークが大量生産された次の瞬間、


ガン!!!


と、突然首の後ろに、強い衝撃を受けた。


え……何これ……

痛みを感じる暇もなく、わけがわからないまま、

どさっとその場に倒れ、俺は気を失った。




*****




ふう、と一息ついて、女性は、倒れている上野真守を見下ろした。

死角から右手の手刀で一発。完全にノックアウトしている。


「こっちがかわいそうになるくらい弱っちいわねこの子……」


エレベーターのドアが開いた。


スーツ姿の、がっちりした体格の男が3人、ぞろぞろと入ってくる。


「その子は合格。運んであげて」


「了解です」


身長も体重も平均的な上野の体と、キャリーケースを手際よく

外へ運び、担いで、男たちはどこかへ去っていた。


「これでやっと10人そろった……椎名さんに報告しなきゃ」


女性はポケットからスマホを取り出し、ある男に連絡をとった。

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