第2話 帰宅部一同は帰宅出来ない。中


 古泉は、イライラしていた。

 人相は悪いが形は整っている顔を歪ませ、通常時から鋭い瞳を更にギラつかせている。染めたかのように真っ茶色な髪色は、彼をよく知らない人間は『不良』だと形容するだろう。

 

「生徒会長め。なァにが『ぶ、ブレザーの中に鉄板を仕込むなんて校則違反よ! 没収!』だ。お陰様で肌寒いじゃねェかよ……!」

 

 制服のズボンのポケットに手を突っ込み、寒さに耐えるように背を縮こませながら、早歩きで廊下を歩く。お気に入りのブレザーが奪われた事と、自身が寒がりな事もあり。

 古泉は、イライラしていた。

 

「あァもうクソ! もう放課後だし良いよな!? 返してもらえるよな!?」

 

 ブレザーを没収されたのが、一時間目と二時間目の間の10分休憩時。それから放課後までずっとワイシャツで過ごしてきた古泉には、限界だった。

 寒さの? 

 いいえ、イライラの。

 部室に向かおうとしていた古泉は、進路を変え、生徒会室に。ワックスで固めた茶髪は歩いても風には靡かず、まるで古泉の生来の頑固さを表しているようだった。

 歩く。

 向かう。

 到着。

 眼前には、三年生に上がった古泉が今までに幾度となく世話になった生徒会室。こっちは没収されたブレザーを返してもらう身、ノックなんてお行儀の良い事はしなくて良いだろうとお得意の『オレは正しい理論』を振りかざしてドアノブを握る。捻ると同時に、乱暴に開いた。

 

「おい生徒会ちょ──」

「ああああああああああああ古泉君のブレザー良い匂いだなぁクンクンクンクン周囲には粗暴に振舞っておきながらもポケットには紫陽花アジサイ柄のハンカチとかポケットティッシュとか入れてるんだね可愛いよ萌えだよおおおおおおおおお」

「生徒会長……さん?」

 

 扉を開けると、室内には生徒会長一人。しかし、普段のような背筋をピンとして執務を行う姿はそこにはあらず、床に転がって古泉から没収したブレザーに顔を埋める変態しかいなかった。目撃した古泉も、思わず敬語になってしまうくらいには混乱している。生徒会長は顔をブレザーで覆っているため、古泉の来室には気付いていない。ただただ痴態を晒している。

 逃げようか。いやしかし、ブレザーを返してもらわなければ帰宅が出来ない。

 数十秒間に及ぶ葛藤の末、古泉は生徒会長に声をかけることにした。よく考えてみれば、この痴態を目撃した古泉には非はない。扉をノックしなかったという非はあるにはあるが、古泉が声をかけても変態行動に没頭していた生徒会長の事だ。きっと、ノックしても気が付かなかったに違いない。

 

「……おい、生徒会長」

「何だかんだ理由を付けてブレザーは永久に没収にしてしまおうかしらそうしましょう自宅に飾って起床時に匂いを嗅いで一日の始まりを爽やかに過ごしましょう」

「テメェふざけんな! 返しやがれこの変態会長!」

 

 生徒会長のあんまりな独り言に耐え切れなくなった古泉は、つい生徒会長からブレザーをひん剥いて取り戻してしまう。

 目が合う。生徒会長のトロンとした瞳が段々と澄み渡り、ようやく冷静になったかと古泉が一安心したところで。

 

「キャアアアアアアアアアアアアッ!!」

「どうかしましたか生徒会長!」

 

 生徒会長が叫んだ。その直後、副会長が駆け付けて二人を順番に見る。

 ブレザー片手に生徒会長を見下ろす古泉。

 涙目で床に座り込む生徒会長。

 

「……古泉、貴様ァ!」

「待ちやがれ! テメェの頭の中でどんな結論に至ったかは知らねェが、多分だがその結論は間違──危ねェ!」

 

 誤解を解こうと副会長に語りかけている途中、副会長から黒インクのボールペンが投げ付けられる。顔面ではなく太もも付近を狙っているあたり、まずは脚を負傷させて逃げられなくしてその後ボコボコにしてやろうという副会長の本気度が見て取れる。

 

「よくも……よくも生徒会長を傷物にしてくれたな!」

「血涙とかマジかよコイツ」

 

 その後に「いや、傷物にしてねェし」とツッコミを入れた古泉だが、怒りで我を忘れている副会長の耳には届いていなかった。

 副会長がポケットからスマホを取り出し、どこかにかける。

 

「もしもし、俺だ。今すぐ生徒会室に来てくれ。これより、かねてより会議で具体案を練りに練って、どんな方法で帰宅部を地獄に堕としてやろうかという生徒会史上一番盛り上がった『帰宅部掃討作戦』を実行段階に移す。……あぁ、今からだ。途中で帰宅部の部員を見付けたら捕縛して構わん」

「おい待て、ンだよその物騒な話は!」

「黙れ! これより貴様等帰宅部は生徒会公認の敵だ! 何が何でも裁きを下してやる!」

 

 指の間にボールペンを挟みながら、徐々に距離を詰めてくる副会長。

 

「……クソ!」

 

 後ろを見る。生徒会長が誤解を解いてくれれば済む話なのだが、肝心の生徒会長は恥辱に耐えるように俯き、女の子座りでプルプルと震えている。古泉の事なんて見てすらいなかった。

 数秒考えてから、決断。

 無理だ。分が悪過ぎる。

 古泉は毒吐きながら、窓の外へと逃走した。

 

 

 

 ⁑

 

 

 

「──以上、回想ってか」

 

 場所は変わり、体育倉庫。息を切らしながら、自嘲気味に古泉が吐き捨てた。空気も篭る、砂埃やラインの粉まみれの小汚い体育倉庫に、自他共に帰宅部1の綺麗好きである古泉が居るのには、理由があった。

 身を潜めているのである。

 誰から? 

 勿論、生徒会から。

 

「今頃学校中大騒ぎだろォな」

 

 ブロック塀のような体育倉庫の壁。長年使われ続けたが故に隙間が出来たその壁を覗き、時々外の様子を確認する。幸いにも、生徒会の手は校舎外までは伸びていないようだが、やはりそれも時間の問題。前野や青山の行く末も心配だが、あの二人は後輩ながらも帰宅部の立派な一部員。ちょっとやそっとのトラブルでやられるような教育はしていない。古泉はそう結論付け、連絡を取る為に制服のズボンのポケットから出していたスマホを再び仕舞った。

 これからどうしようか。古泉はふと考えてみる。今回の問題が、1日や2日で解決する程度のモノではないことは古泉がよく理解している。あの生徒会長(もしくは副会長)の気が収まらない限り、役員は生徒会長の手となり足となり帰宅部を追い詰めるだろう。

 

「どォしたもんかね」

 

 手を握って、開いて、握って。

 この状況をひっくり返すような、帰宅部の身の安全も確保出来れば、生徒会との確執も取り除ける、誰の心にも負の感情が残らないような名案を。

 古泉は、思い付いた。

 しかし。

 それを現実にする為には、一人ではどうしようも出来ない。

 二人。

 あと二人、古泉の名案を実行に移す為には、古泉の他に、あと二人必要なのだ。

 アテなど考えるまでもない。古泉は連絡を取る為に、再度制服のポケットからスマホを取り出した。

 

 

 

 ⁑

 

 

 

「大事ありませんか、前野さん」

「うん、大丈夫だけど、大丈夫なんだけど……」

 

 手を差し伸べる青山に、手を伸ばす前野。前野の手を掴んだ青山は、地面に座り込んだ前野を優しく引っ張りあげた。

 

「どうか、致しましたか?」

 

 ハッキリしない前野の様子に、その原因が思い至らずに首を傾げる青山。言える筈もなかった。

 滑車で下り、紐が伸びた先の裏庭のケヤキの太い幹。最後まで滑れば幹に激突してしまうので、直前で滑車から降りて地面を滑るように着地。少しでも前野が怪我をする確率を下げたかった青山は、抱えていた前野の胴体を離し、砂場の方へと投げたのだ。いっその事派手に転んだり怪我をしてしまえば青山を非難出来るのだが、前野も帰宅部として少々格好が付くレベルにまで日々部活動を行なってしまっているので、勢いを殺す為に体操選手さながらの連続技で地面をグルグルと跳び回り、砂場の縁に綺麗に着席までしてしまったので。

 ここまで来てしまうとむしろ自分が女らしくないというか、感謝を述べて良いのやら丁重に扱えと怒るべきなのか、回転技と一緒に脳までグルグルと回転してしまい、上手く台詞が回らなくなっているのだ。

 

「い、いや……何でもないよ。──それより、これからどうするの? 生徒会が敵になるって、現実味こそないけれど、結構拙い事態なのでは?」

「確かに、学生のトップ。その象徴とも言える生徒会が敵に回るとなれば、僕達はこれから先平凡な学生生活を送れる事はまず無いでしょう。今日の内に何かしらの手を打たなければ、『帰宅部』自体の存続も危ぶまれます」

 

 ズレた眼鏡の位置を直しながら、青山が前野の質問に答える。答えてから、前野の手を優しく包んだ。

 

「兎に角、移動しましょう。このままでは、ロープを辿って生徒会がやってくる可能性が高いので」

「……そうだね」

 

 ベネディクト君は大丈夫なのだろうか。古泉先輩は、どこで何をしているのだろうか。前野なりに色々気になっている所はあるのだが、ひとまず、ここに居ては生徒会に見つかってしまう。青山の言う通り、前野は移動する事にした。

 

「そう言えば、どこに行くの?」

「体育倉庫です。先程の古泉先輩からの電話で、体育倉庫に身を潜めていると仰っていたので。そこに向かい、それからベネディクト先輩を救出しましょう」

「きゅ、救出って。ベネディクト君、捕まっちゃってるの?」

「はい。ベネディクト先輩も中々の強者(つわもの)ではありますが、副会長は別格なので」

「あの人、何か部活とか入ってたっけ」

「いえ、その……何と言いますか」

「どうしたの?」

「大変言い難いのですが……俗に言う」

「俗に言う?」

「元ヤンなのです」

「……えぇー」

 

 風紀の鬼のような副会長。彼がカツアゲや暴力等を働いてる姿を想像して、思わず苦虫を噛み潰したような顔をしてしまう前野。確かに、副会長がガタイも良いし、力持ちだし、顔もどちらかと言えば強面。納得と言えば納得だ、と前野は心の中でうんうんと頷く。

 

「前野さん。出来れば、立ち止まらないでいただけると助かります」

「……生徒会の人達に見つかっちゃうもんね。ごめんごめん」

「いえ、いざという時はお守りしますが、争いは無ければそれに越した事はありません。無駄を省き、早急に帰宅しましょう」

「そうだね」

 

 大真面目に眼鏡を光らせる青山の言葉に、柔らかい声色で返事をする前野。

 やがて体育倉庫前に到着。グラウンドの隅に存在するそれは、建設された当初よりもだいぶ色の落ちた壁色をしていて、所々ひび割れた壁の向こうから白線引きの粉の嫌な臭いが仄かに香る。

 青山は待ち伏せがいないか周囲を念入りに確認してから、鉄扉に手を掛けた。

 

「では、開けます」

「う、うん」

 

 ガラララ。多少建て付けの悪くなった鉄扉を開け、埃の充満する室内を確認。

 

「……こ、古泉先輩?」

 

 この場所を指定した筈の張本人。生徒会から追われる原因となる『帰宅部』部長、古泉は、〝体育倉庫内から忽然と姿を消していた〟。

 

「な、何故……」

 

 青山がフラつき、壁に手を付いて額を押さえる。古泉という信頼すべき人間が予想外の行動をし、指示や計算で動く青山はショックを受けていた。何故、どうしてですかと古泉への問い掛けを虚空に吐き捨てる。

 

「青山君、落ち着いてっ。古泉先輩の事だから、何か理由がある筈。メールこそ来てないけれど、この体育倉庫の中にヒントが残されているんじゃないのかな」

 

 日頃の、前野に執行される古泉のイタズラは何の理由も無いソレだが、しかし。前野は信じていた。あの古泉先輩が──悪巧みと人を煽動する謎のカリスマ性に長けている帰宅部部長は、大事な場面では何か意図を残す筈だと。必死に青山を励ますと、青山も顔色を少し悪くしながらも何とか立て直した。

 

「──そ、そうですね。古泉先輩は偉大なお方。僕達が分かるような〝何か〟を、きっと残して下さっている。そうに違いありません」

「探そう!」

「はい」

 

 埃を掻き分け、倉庫内へと入る。カラーコーンを退かし、器材を退け、奥へ奥へと進むと、壁に白粉でこう書かれていた。

 

『17時40分に、屋上で待つッ!!』

 

 成る程。この、倉庫の最奥の壁ならば、入り口からは器材やらで隠れて見えやしない。カモフラージュは完璧ではないが、今日一日の中で完結する内容ならば問題は無くなる。

 メッセージを見た青山は、無言で腕時計を確認する。

 

「……現在時刻は17時26分。14分後に、屋上で何かが起こるという訳ですか」

「何で、屋上なんだろう」

「それは分かりません。ですが、古泉先輩に何か意図があるのは事実。僕達は、それに従いましょう」

「……そうだね」

 

 そうと決まれば、次の目的地は屋上。また校舎内へと侵入し、生徒会にバレないように屋上まで進まなければならない。人目の付かないルート、生徒会を振り切って向かう最速ルート、階段を使わないルート。色々な行き方を考えて考えて、青山は一言、前野にこう言った。

 

「前野さんは、ここでお留守番です」

「えぇっ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よう」

 

「待ちくたびれたぜ」

 

「帰宅部オレ等が生徒会から追われずに終われるには、こうするしかねェんだよな」

 

「だから、アンタに話がある」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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