帰宅部オーバーワーク!

大塚ガキ男

第1話 帰宅部一同は帰宅出来ない。上


 

 

「馬鹿なの!?」

 


 帰宅部部室にて、前野がトレードマークでありチャームポイントである長い三つ編みを振り乱しながら(なんなら眼鏡も掛けている前野だが、前野的には眼鏡は別に魅惑チャームでもなんでもないらしい)叫んだ。

 


「な、何がでしょうか」

 


 前野の叫びに応えたのは、帰宅部所属の二年生——青山だ。群青色の髪色をキッカリと七三分けで揃えている。学園内では、その柔らかな物腰と紳士的な行動によって、女子からの絶大な人気を博している。光を全反射する眼鏡が今日も瞳を覗かせない。

 ちなみに、前野も青山と同じ二年生。青山とはクラスこそ違ったが、良好な関係を築いてきた。眼鏡同士、気が合ったのかも知れない。……まぁしかし、仲が良い相手にも、真面目なトーンで「馬鹿なの!?」とは言わないだろう。
 しかし青山は、そんな前野の暴言染みた発言は些細な事だと言わんばかりに読んでいた(難しそうな)本を閉じて、前野に椅子ごと向き直る。

 


「これですよこれ! 新入生歓迎用のポスターですよ!!」

 


 ズバァッ! と前野が一枚のポスターを青山の眼前に突き付けた。勢いに押されて少し後ろに仰け反った青山は、その際にズレた眼鏡のフレームを直しながらポスターに書かれた文字にピントを合わせる。
 そこには、こんな内容が。

 



『帰宅部というだけで、誰かに馬鹿にされた事は無いか? 帰宅部というだけで、部活動所属者から理不尽な誹そしりを受けた事は無いか? 


 俺はそんな帰宅部同胞達の無念の思い、怒りを尊重する。


 今年度から、帰宅部を正式な部活にした! 同好会ではない! 部活動だ! 


 新入部員募集』



 

「おかしいでしょ!」

 


 ポスターを引き千切り、前野がもう一度叫んだ。

 絶叫した。

 


「前野さんが怒ってらっしゃる理由が分からないのですが……」


「なんでこのポスターちょっと格好良いの! ポスターなら、『見易く』『覚え易く』『分かり易く』が鉄則でしょうが!!」

 


 そうだったのか。

 ポスター作りの経験が無い青山は、確かに、その方が通りすがりでも興味を惹きやすいかも知れない。と、頭の中で感心する。しかし、前野がたった今破いたポスターを製作した人物の顔を思い出すと、前野の意見を全肯定する訳にもいかない青山なのだった。

 


「やり直しだよやり直し!」


「……、分かりました」

 

 しかし、反論したらしたで前野の怒りを買うのは明白。青山は取り敢えず前野の言う事を聞くことにした。

 


「何か思い付いたら私に言って。審査するから」


「出来ました」


「早くない? 考える時間なんてほとんどなかったよね?」


「僕のIQを駆使すれば、名案の一つや二つ——何の苦でもないのですよ」

 


 毅然と(よく分からない不思議なポーズをしながら)言った青山に、前野はIQ凄い……! と小学生みたいな感想を呟く。


 ポスターの案を出す程度で自身のIQ知能指数を誇るその姿は無視させていただくとして。

 


「じゃあ、教えてよ」

 


 青山の毅然とした態度と不思議なポーズに気圧されてか、青山に問う前野の声が少し上擦った。

 その言葉に対して青山がまたもや眼鏡のフレームを直すと、前野は名案を予感した。ごくり、と前野の細い喉が鳴る。

 

「『帰宅部というだけで、馬鹿にされた事は無いか? 帰宅部というだk——続きはWebで!』とかどうでしょうか」


「その回答のどこが名案!?」


「最近の学生はスマートフォンやパソコンが大好き、という言葉を以前ラジオで耳にしたので」


「うん、でもね、青山君」


「はい」


「そもそも帰宅部のWebサイトとか無いから」

 


 怒りを通り越して、前野は呆れた。本当に青山は学年トップの秀才なのだろうか? と思わず疑問に思ってしまう程に。

 


「古来から人類は、数多の物を創造し、開拓してきました」


「あ、勝手にWebサイトを作ったりするのは駄目だからね」


「( ゚д゚)」


「はいそこ驚かないの!」

 


 こんな感じで、頭も時間もほとんど使わずに楽しく(?)会話していた前野と青山。しかし突然、テーブルの上に置いてあった青山の携帯が震えて会話が途切れる。放課後だというのに、律儀にもマナーモードにしていたらしい。

 


「電話ですね、失礼します」


「うん、どうぞ」

 

 前野に断りを入れてから席を立つ青山。部室のドアの方へ離れて行き、パカリとガラケーを開いて通話ボタンを押す。

 


「はい、青山です。……はい、えぇ。……分かりました。では、そのように。失礼します」

 

 青山がガラケーを閉じたのを確認すると、前野が「どうしたの?」と問い掛ける。その際に青山が後ろ手に部室の鍵を内側から締めていたのだが、前野は気付かない。

 通話を終えた青山の表情が、いつものクールな表情の三割増しで険しさを増していたものだから、前野は少し不安になる。

 

「……前野さん」

「何?」

「どうやら、まだ帰宅することは出来ないようです」

 

 何で? 

 前野がそう問おうとした瞬間、部室の入口が揺れた。

 ドンドン、と。

 廊下の方から、殴るように。

 鍵は青山がつい先程施錠したので、外側にいる部室に入ろうとしている人間には開ける事が出来ない。

 

「な、何なのいきなり。ビックリしたなぁ」

 

 前野が一瞬肩を跳ねさせる。そんな前野を見た青山が、

 

「逃げましょう、今すぐに。もうそこまで来てしまっています」

「来てしまっている、って何が? 私まだ何も把握してないんだけど!」

 

 狼狽えながら三つ編みを揺らす前野。青山がそんな前野の両肩を掴んだ。それから言い聞かせるように、ゆっくりと言う。

 

「生徒会です」

 

 同時に、部室のドアが吹き飛んだ。

 前野の甲高い悲鳴が響き渡り、舞い上がった埃によってできたカーテンの向こうに、人影が四つ。

 

「帰宅部共ォ! 今日という今日は許さんぞ!」

 

 やがて埃のカーテンは霧散し、人影の正体が露わになる。四人の内の一人。ガタイの良い男が前に出て怒鳴った。

 

「これはこれは、生徒会役員の副会長さんではありませんか。どうかなさいましたか? 何やら常ならざる御様子ですが」

 

 慇懃無礼——なのかは、発言した青山以外には知り得ぬ事だが、その発言によってガタイの良い男、副会長の怒りのボルテージが上がってしまったのは事実。副会長は更に一歩前に出た。

 

「部長を出せ! 古泉だ! アイツをひっ捕らえて、ついでに貴様等諸共停学にしてやらんと気が済まんッ!!」

「古泉先輩でしたら、今は不在です。日を改めてはいかがでしょう」

 

 怒鳴り散らす副会長と、あくまで冷静に、落ち着いて対応しながらさり気無く帰らせようとする青山。前野が何も出来ずにオロオロしていると、コンコン。後方から微かにノック音が聞こえてきた。しかし、後方は窓。ノック音なんて聞こえてくるはずがないと思いながらも後ろを振り返ってみると、

 

「べ、ベネディクト君!?」

 

 帰宅部三年生、ベネディクトが窓の外に立っていた。校舎の出っ張りに足を乗せ、ニコニコと笑いながらノックを続けている。ちょっと怖い。

 

『開けて〜』

 

 綺麗な金髪が風に揺られている。幼さの残るベネディクトの笑顔と、身長190㎝を超えるスタイルも相まって、そこだけ切り取れば何とも絵になる場面だったのだろうが、ベネディクトが立っているのは窓の外。帰宅部の部室は3階なので、前野からしてみれば危うさしか感じていなかった。ベネディクトが恐れを抱いたりしない、能天気な性格なのも逆に危うさを助長させているのかも知れない。

 何やってるんですか! 

 前野が慌てて窓を開けると、ベネディクトは軽い身のこなしで宙返りを決めてから帰宅部の部室の床に着地する。

 土足のままで。

 いつも部室内を掃除している青山の心労が増えた瞬間だった。

 

「いや〜、今日は暑いね!」

「爽やかな笑顔で言ってるけど、多分その汗は冷や汗だと思うよ!?」

 

 能天気アホなベネディクトなら、もしかするとただの汗だったりするのかも知れない。

 ここにきてようやく、副会長もベネディクトの存在に気付いたようで「ベネディクト! お前どこから入ってきた!」と声を荒げてみせた。副会長にとって、目的の古泉に関わるもの全てが敵なのだ。

 

「あ、副会長だ! 元気〜?」

 

 副会長に手を振り、駆け寄ってハグするベネディクト。その隙に副会長との会話から逃れた青山が、前野の元に戻ってきた。

 

「前野さん、今のうちに逃げましょう」

「え、でも、ベネディクト君はどうするの?」

「ベネディクト先輩の背中を見てください」

 

 背中? 

 何のことだと前野がベネディクトの背中を見てみると、背中に『今のうちに逃げろ。by古泉』と書かれていた。成る程、と前野は納得。納得したが、疑問は浮かぶ。

 

「でも、どうやって逃げるの? 入口には生徒会の人達がいるし、逃げられなくない?」

 

 窓から飛び降りたりするって言うなら話は別だけど。

 前野は、この現状に引き攣った笑みを浮かべながら、最後にそう付け足した。

 

「良いですね、では飛び降りましょうか」

「は?」

 

 しかし、青山からの思いがけない了承によって、前野は焦りを覚えるのだった。

 ベネディクトは副会長をハグしながら「久しぶり〜」とディフェンスを続けているが、それも時間の問題。幸いにも今は生徒会の全員がベネディクトと副会長に視線を向けているから良いものの、いつその視線が前野と青山に向けられるか分からないからだ。

 だから、急がなければならない。

 飛び降りなければならない。

 

「ちょ、ちょっと待って? ……本気で言ってる? 勉強のし過ぎで変になっちゃったんじゃない?」

「勉強のし過ぎで変になったりはしません」

「いや、そんな真顔で返されても——兎に角、ここから飛び降りるなんて無理だよ!? ここ3階だから! 飛び降りたら最悪死んじゃうから!」

「大丈夫です。僕を信じて下さい」

 

 真っ直ぐな瞳で前野を見詰める青山。その真剣さに前野は気圧され、一歩後ろに下がる。窓際に近付く。

 

「いや、でも」

「3階から飛び降りても、無傷でいられます」

「本当に勉強出来る人の台詞!?」

 

 一歩後ろに下がる。

 窓際に近付く。

 

「なるべく早く、決断をお願いします。時間がありません」

「う、うぅ〜!」

 

 頭を抱えながらも、一歩後ろに下がる。

 窓際に辿り着く。

 

「——分かった、分かったから! 本当に大丈夫なんだよね!?」

「えぇ、お任せ下さい。あぁ、あと、先程の言葉を訂正させていただくと、飛び降りるではなく跳び降りるです」

 

 前野からの了承を得られたのを確認すると、青山は懐から重りがぶら下がった長い長い紐をマジックのようにスルスルと取り出した。長さ数十メートルに渡るその紐は、どうやら青山の胴体に巻き付いていたらしい。重りが付いている方とは逆の方の紐を手首に巻き付けると、青山は「下がっていて下さい」と前野に注意を呼びかける。

 言う通りに数歩下がった前野を確認すると、青山は重り付きの紐を回し始めた。遠心力を受けて、重りが綺麗な円を描く。やがて重りが風を切り、前野がその意図を問おうとした瞬間、青山は重りを窓の外に投げた。

 遠く遠く、重りが見えなくなり、紐だけがシュルシュルと伸びていくのだけが見える。

 ピンッ。

 紐が張る。

 

「……よし、いけます」

「何が!?」

「理解が追い付いていないかも知れませんが、こうすれば分かると思います」

 

 そう言うと、青山は腕に巻き付けていた紐に滑車を通してみせた。滑車を通すと、腕に巻いていた紐を窓枠に固く固く結び付ける。紐が真っ直ぐに張られ、どこか遠くの終着点へと繋がった。

 

「……まさか、滑車で降りるとか言わないよね?」

 

 下る角度こそ緩やかなソレだが、校舎3階の高さから紐一本と滑車に全体重を預ける事に安心感を覚えることが出来ない前野が、小さな声でそう言った。

 

「降りますよ。この方法が一番早く生徒会から距離を離せます。彼等は都合良く滑車を持ち合わせていないでしょうし、追いかけようとしても階段を使う羽目になりますから。——帰宅部の活動方針の一つ、覚えていますよね?」

「……『より効率の良い帰宅を目指す』」

「はい、正解です」

 

 青山が微笑み、前野の顔が強張こわばる。コイツ、マジで下る気だ。そう言わんばかりに青山にジト目を向ける。

 

「では、失礼します」

 

 前野が反論をしなかったのを遠回しの了承だと捉えたのか、青山が前野の腰に片腕を回す。平均より体重軽めの前野が意図も簡単に中に浮き、手足が宙でプラプラと揺れる。ついでに三つ編みも。

 

「他に持ち方無いの?」

「滑車はベルトの部分に接続するので、所謂いわゆるお姫様抱っこは出来ないのです」

 

 まぁ、『一人で滑車付けて下れ』って言われる方が無理か。

 前野は妥協を覚えた。

 

「——って、お前等! 何をやっている!」

 

 背後から副会長の声が聞こえる。それとほぼ同時に、前野を抱えた青山が窓枠の向こうに跳んだ。

 跳び降りた。

 キャアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァ…………。

 二人分の体重により、紐は一時予想外のしなりを見せ、二人の姿を窓枠から隠したが、その後は颯爽と滑空。段々と遠ざかる前野の叫び声と共に、二人の背中を小さくなるのだった。

 

「クソ、やられた! 会計、庶務、お前等はあの二人を追うんだ!」

 

 副会長の命を受け、部室から退却する会計と庶務の女子二人。残ったのは副会長と、その後ろで存在感無さげに佇む、幸の薄そうな書記の女子。

 

「さて、ベネディクト。大人しくお縄についてもらおうか」

 

 ボキボキ。指を鳴らしながらベネディクトに近付いてくる副会長。荒事は苦手なのか、その後ろで微動だにしない書記。

 対峙するは、ベネディクト。笑顔だ。

 

「ねぇ、副会長」

「何だ」

「目の前は何色?」

「いきなり何だ。金もあるし紺もある。そんなの色とりどりとしか——」

「違う。真っ白だよ」

 

 直後、懐から無骨な懐中電灯を取り出したベネディクトが副会長の眼前にその先端を向け、電源を入れる。突然の発光(もしくは白光)を向けられた副会長は目を押さえ、一瞬怯む。ベネディクトはその隙に、副会長の隣を通り抜けた。ドアの前には書記がいたが、書記はベネディクトよりも怯んだ副会長に駆け寄って「大丈夫ですか!? 副会長! しっかりしてください!」と看護を始めてしまったため、障害にはならず。

 一時は帰宅部の過半数を追い詰めた生徒会だったが、惜しくも逃し、帰宅部は行方をくらませてしまうのであった。

 

 

 

 

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