最終決戦

最終決戦前日

 再々決戦を翌日に控え、純真はパーニックスの最後の調整を確認した。

 対NEOの秘密兵器として、パーニックスは新たに遠隔操作方式の双三角錐シールド型スレーブユニットを装備する。以前に装備していた断熱シールドが、冷凍砲とレールガンのコンビネーションで容易く破壊されてしまったために、その代用として急遽用意された物だったが、純真は大きな苦もなく順応した。自分から分離させたエネルギー生命体をスレーブユニットに宿して動かせば、制御が容易になる事を、純真は直感的に理解していた。

 機体の調整は十分。翌日の決戦のために、訓練は早めに切り上げられる。



 しかし、訓練が終わっても何もする事が無く、暇を持て余した純真は、南向きの日当たりの良い庭で、日光浴をしながら呆然と過ごす。

 エネルギー生命体を宿している彼にとって、日光浴は軽い食事の様な物。適合が進んでいるから、何も食べなくても、それだけで活動できる。じわじわと心身が満たされて行く感覚に、元の体質に戻るのはウォーレン以上に苦労しそうだなと、純真は他人事の様に思った。その内に彼は俄かに不安になって、日光浴を中止する。


 夏の盛りだというのに、太陽に照らされても暑いとは思わないのは、やはり異常だと言わざるを得ない。まだ地球は寒冷化から立ち直っていないとは言え、それでもサイパンの日中の気温は三十度を超える。それを心地好いと思うどころか、熱が足りないと依存症患者の様に不満に思う事に、彼は恐怖したのだ。



 純真は落ち着かない心持ちで、研究所内を無目的に徘徊した。そしてウォーレンは今どうしているだろうと思い付き、そっと彼の治療室を見に行った。


 治療室前の廊下を歩いていた純真は、ソーヤとディーンに出くわす。


「あっ、純真」

「ウォーレンの様子を見に来たの?」


 二人に声をかけられ、純真は小さく頷いた。


「あれからどうなったかと思って」


 少し間を置いて、ソーヤが改まった態度で言う。


「どうして彼を助けたの?」

「えっ、どうしてって……」


 いかなる心境の変化があって、純真はウォーレンの命を救ったのか?

 彼女は今まで封じていた問いを敢えてぶつけた。純真の本心を知るために。

 だが、当の純真に深い理由など無い。それを彼は素直に答える。


「オレには人を殺す覚悟なんて無かった。それだけだよ」


 謙遜半分の純真の言葉に、透かさずディーンが疑いを差し挟む。


「そうかな? だって、『生きろ』って言ってたじゃないか」

「あぁ、それは……何て言うか、その場の勢いって奴」

「普通は自分を殺そうとした人を助けようと思わないよ」


 ディーンは呆れた風に笑って指摘する。

 純真は今までウォーレンと対峙した瞬間を振り返った。確かに、自分を殺そうとした事は許せない。絶対に許すものかと一時は激しい怒りを抱いた。それがどうして死なせてはならないと思ったのか……。


 数秒の思考の後、純真はニューヨークでのウォーレンと戦いを思い出す。


「……ニューヨークでの戦いだ。オレはあの時、ウォーレンの本心に触れた。ウォーレンは救世主になれない自分には価値が無いと思っていた。人に期待されるのは良い事だ。でも、応えられないから無意味だなんて、そんなの……悲し過ぎるだろ」


 そう答えた純真にソーヤは告げる。


「あなたはウォーレンを救った。それはとても偉大な事。私はあなたを尊敬する」


 真顔で言われて、彼は照れ臭くなった。


「だけど、ソーヤだってディーンを助けただろ? オレはソーヤに教えられたんだ。本気で『そうしたい』と思ったら、自分から動かないといけないって。オレはウォーレンを死なせたくなかった。だから、


 ソーヤとディーンは驚きの目で、お互いの顔を見合う。そうだったのかと無言で尋ねるディーンに、ソーヤは照れ笑いを浮かべるのだった。


 三人が話していると、女性研究員の同伴で歩行訓練をしていた、病衣のウォーレンが戻って来る。

 三人を目にしたウォーレンは数秒間、無言で立ち尽くしていたが、やがて三人に向かって歩き始めた。彼は三人の顔を順番に見詰めると、少し俯いて言う。


「I'm sorry for all that I've done. There's something wrong with me. Very sorry, really」


 英語が得意でない純真にも、彼が謝罪しているという事だけは伝わった。敵対心と同時に以前の堂々とした雰囲気も失われ、彼はすっかり萎らしくなっている。


 ソーヤとディーンは彼を許す。


「That's enough. It depends on what you're going to do」

「Let's start over again, we're pals now」


 二人はそう言って、純真に振り返った。

 純真は正しい英語が分からずに困る。もうウォーレンは適合者ではないから、言葉も思いも通じない。

 ディーンが純真を気遣って言う。


「純真、ウォーレンは反省したと言っている。どうか許してくれないか」

「あ、ああ……反省してるなら良いよ」

「He's saying that he also forgive you」


 純真の言葉をソーヤが意訳してウォーレンに伝えた。

 ウォーレンは純真を見詰めて、ゆっくり感謝の言葉を述べる。


「Junma, I appreciate that you saved my life. And I know that you appealed for clemency for me. You are...uh...I don't know what to say...um, If I am a priest, I will identify you as a saint」


 彼の口振りにソーヤとディーンは苦笑いした。

 多分お礼を言われたのだろうと純真は思うが、はっきりとは分からない。


「何だって?」

「感謝してもし切れない、とっても感謝してるって」


 ソーヤの言葉に純真はウォーレンを見るも、彼は目を合わせずに治療室内に戻る。


 室内で眠りに就いた彼の姿を見届け、純真は再び研究所内を徘徊した。素直にお礼を言われて悪い気はしない。ウォーレンが生きる気力を取り戻したのであれば、それは良い事だ。純真は小さな満足感を胸に、明日の決戦に心を向ける。



 夕方、研究所のロビーに純真の祖父・国立功大が訪れた。彼は純真を呼び出して、電灯のリモコンの様な、小さく簡素な機械を手渡す。


「間に合って良かった。役に立つかは分からないが、これを持って行ってくれ」

「これは何ですか?」

「NEOの中枢へのアクセスコード入力装置だ。エネルギー生命体がNEOのメインプログラムまで弄っていなければ、から出される信号でNEOの中枢に直接アクセスできる――はずだ。信号さえ届けば……もしかしたら、労せずNEOを無力化できるかも知れない」

「どこからこんな物……」

「NEOは未来予測を可能にするための観測機械。NEOの開発者は限られた数人の要人だけが、NEOの未来予測を利用できる様に設計した。日本が世界をリードするために」

「どうやって……誰から手に入れたんですか?」


 疑問ばかりの純真に、功大は何度も頷いて説明する。


「頑迷な臆病者を少し脅してやっただけだよ。日本も多少は今回の作戦に貢献しなければ、後の国際社会でどの様な扱いを受けるか……と。口先だけは勇ましいが、その実は小心で体面ばかり気にする連中だから、弱みさえ握れば動かすのは容易い」


 功大の口振りは自慢げというよりも、寂しげだった。彼は愛国者であるが故に、国の指導者の弱さを嘆いているのだ。一度動き出すと過ちを認められず、自分で進路を変える事ができない。何十年、もしかしたら何百年も変わらないかも知れない宿痾。


 純真はリモコンを手に、功大に言う。


「オレは必ずやり遂げます。それで、生きて帰ります」

「頼む、純真。世界の命運は君たちに懸かっている」


 最後に功大は純真に握手を求めた。純真は祖父の枯れ木の様に老いた手を握る。功大の手は見た目よりも力強く、二人は固く手を結んだ。

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