大地の支配者
再々決戦の三日前、フランスはパリ、コンコルド広場に新たな鉄巨人が降下した。基本的な形状こそアイアントールと同じだが、全高二百メートルは同機の二倍。真っ赤なカラーリングの大地を耕す巨大な耕運機。
その名はランドクエスター。NEOが投入した地上破壊の最終兵器である。
◇
純真たち新討伐隊の三人は、急遽パリに駆け付けた。
しかし、諫村だけは対NEOの切り札として、待機を命じられている。敵の総力が不明なので、陽動作戦の可能性も考えれば、その判断自体は間違ってはいない。それでもランドクエスターは未知の敵。純真たちにも不安が無い訳ではなかった。
パリに着いた純真たちが目にしたものは、廃墟となったシャンゼリゼ通り。ランドクエスターはシャルル・ド・ゴール広場にあるエトワール凱旋門から放射状にミサイルを発射して、パリ市を火の海にしていた。
「Juggernaut...!」
ソーヤとディーンは都市の惨状と、敵機の巨大さに圧倒される。ここで足を止めてはならないと、純真は勢いのままにランドクエスターに突撃した。
「突っ込むぞ! 一撃で終わらせてやる!」
パーニックスは加速して高熱を纏い、炎の矢となってランドクエスターの胴に突撃した。だが、その装甲の厚さに押し止められる。装甲の表面がほんの数メートル削れただけで、内部にまで到達できない。
パーニックスへの衝撃は熱に変換され、機体の方は無事だったが、中の純真は軽い脳震盪を起こした。
「……おぉ、
アイアントールとは比較にならない堅牢さに、彼は驚愕する。パーニックスの高熱に耐えるだけでなく、純真のエネルギー生命体よりも強いエネルギー生命体が、ランドクエスターには宿っているのだ。
「ジュン……マ……!」
「ウォーレン!? あんたが乗っているのか!」
ランドクエスターから聞こえる声に、純真は目を見張った。しかし、ウォーレンの様子がおかしい。弱々しく意識が朦朧としている様。
「ジュンマ……倒す! ワタシこそが、適合者……救世主……」
「エネルギー生命体を吸収し過ぎたのか」
ウォーレンは自分の限界以上にエネルギー生命体を取り込み、自我が崩壊しかかっている。純真はただただ彼を憐れんだ。
「ウォーレン……」
それはそれとして、ランドクエスターは脅威である。アイアントールより堅固というだけでも厄介なのに、肩部にミサイル式大型ジャベリン、背面にバンカーバスターを搭載している。更に自我を失う限界まで適合者の能力を強化したウォーレンが搭乗しているので、エネルギー吸収攻撃で倒す事も難しい。
ランドクエスターは手を拱いている純真たちを尻目に、バンカーバスターを打ち上げながらワグラム通りを北上し始める。
ソーヤとディーンはミサイルを追って上空に飛び、純真に告げた。
「ミサイルは僕たちが止める!」
「純真、あなたは本体を!」
二人は純真の返答も聞かずに、上空でレールガンを構えて、発射されるミサイルの撃墜に専念する。
「ど、どうすれば良いんだよ、こんなの……」
巨大なランドクエスターを前に、純真は妙手が思い浮かばない。とにかく自分に注意を引き付けようと、彼はランドクエスターの正面に回った。
「ウォーレン、逃げるな! オレはここだ!」
「ジュ……ジュンマ、コロせ、殺せ……」
純真の挑発にウォーレンは僅かに反応するが、ランドクエスターは全く止まる気配が無い。そこにウォーレンの意志は無いのだ。彼はただランドクエスターに乗っているだけで、操縦している訳ではない。機体を制御しているのはNEOのプログラム。
(とにかく、やるしかない!)
意を決した純真は再び炎を纏い、ランドクエスターに突撃した。一度では効果が薄くとも、何度も繰り返せば、突破口が見付かるはずだと。
パーニックスは衛星の様にランドクエスターの半径二百メートルを周回する。加速しては突撃を何度も繰り返し、ランドクエスターの装甲を数メートルずつ削り落として行く。
だが、徐々に削れる量は減り、最終的には二十メートルばかり削っただけで、突破不可能な壁が現れる。機体の中心に近付くに従って、ウォーレンのエネルギー生命体が発するエネルギー吸収フィールドが強くなるのだ。
いよいよ手詰まりになった純真は、ウォーレンを正気に返せないかと呼びかける。
「ウォーレン、こんな事がしたい訳じゃないだろう! 何とか答えろ!」
「コロセ……殺せ! 終わりにする……何もかも、コワす」
「ウォーレン!!」
「もうイヤだ……ワタシには価値がナイ……私には何も……。殺せ、壊せ。私をコロしてくれ……」
純真はウォーレンの虚無に支配された心を知る。
ウォーレンは全人類のための犠牲として育てられ、それ以外に生きる希望を持たなかった。地球を離れる際に未練を残さないため、持たせてもらえなかったのだ。ただそのためだけに生きていたというのに、果たせなかったら何が残るのか?
「ウォーレン、生きろ!!」
純真は新たに決意した。必ずウォーレンを助けると。同じ適合者だから、相手の心が分かってしまう。分かってしまうと、もう他人事だと切り離す事ができなくなる。
ウォーレンの罪は許されざるものかも知れない。生き延びて絶望と苦しみを味わうより、このまま楽に死なせた方が良いのかも知れない。純真は彼の未来に何か展望があると確信していた訳ではない。
それでも彼を大罪人にしたまま、見殺しにする事はできなかった。彼の罪は、彼を追い詰めた皆が負うべきだと思うのだ。
純真はランドクエスターのコックピットの位置を探り当て、パーニックスをランドクエスターの胸部に張り付かせた。彼の心が新たな力を目覚めさせる。
「エネルギー生命体の力をもらうぞ!」
純真はウォーレンからエネルギー生命体を引き剥がして、自分の中に取り込もうとする。パーニックスが激しく発光し、ランドクエスターの装甲を少しずつ溶かして、中核部のコックピットに触れる。
過剰な融合を解除されたウォーレンは、正気を取り戻した。
「じゅ、純真……!? 止めろ……」
「誰が止めるかよ!」
「殺せ、死なせてくれ」
「嫌だね! オレは人殺しなんかしたくない!」
「これ以上、私を惨めにさせないでくれ……」
「知った事か!」
ランドクエスターは両手でパーニックスを捕らえて引き離そうとするも、高熱の光球となったパーニックスに触れる事さえできない。三十メートル以上ある巨大なランドクエスターの手が、指先から融け落ちて行く。
パーニックスは遂にランドクエスターから、球状のコックピットを抱える様にして引き出した。
「殺してくれ……」
「嫌だって言ってんだろ!」
「何故……」
「あんたが体験した本当の苦しみは分からない。けど、何も死ななくても良いだろ。オレはそう思う。だから助ける。皆、生きてるんだ。ソーヤ、ディーン、ランドも、ミラも。オレも生きる。あんたも生きろ」
ランドクエスターは完全に無力化され、テルヌ駅に残骸を残す。ソーヤとディーンの乗る二機のビーバスターはゆっくり低空に降下して、パーニックスに並んだ。
ディーンが純真に問いかける。
「純真! ウォーレンは?」
「生きているよ。サイパンに帰ろう」
パーニックスが両手に持つコックピットブロックの中で、ウォーレンは死んだ様に眠っている。
ソーヤもディーンも、何故ウォーレンを助けたのかと純真に聞く事はしなかった。研究所の適合者たちは誰も一度は純真に敵対した。つまりは同じ罪を犯した身分で、許せとも殺せとも言える立場では無かった。
適合者たちの反乱は終わった。純真にとって、恨みでも憎しみでもなく、自分を信じた納得尽くの勝利は、これまでの何より最も価値のあるものだった。
残る敵はNEOのみ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます