英雄の帰還

 諫村を警戒するソーヤとディーンだったが、純真は彼の事を上木研究員から聞いていたので、敵だとは思わなかった。「日本人の適合者」という共通点が、親近感を抱かせていた。純真は緊張しながらも自ら呼びかける。


「イサムラさん、上木さんって知ってますか?」

「上木?」

「知らないんですか?」

「聞き覚えはあるが、それが君の言う『上木』と同じかは分からない」

「あなたの友人だったという女の人です」


 純真の言葉を聞いた諫村は、短い沈黙を挟んで問いかける。


「……上木新理か?」


 その反応に希望を持った純真は、諫村に提案した。


「イサムラさん、オレたちと一緒に地球に戻って研究所に来てください。そこで詳しい話をしましょう。上木さんも研究所にいます。あなたに会いたいと思っているはずです」


 それを受けて諫村は、思う所がある様子で答える。


「ああ……分かった。そうしよう」


 頼りになる味方が増えたと純真は単純に喜んでいたが、ソーヤとディーンは不安に思っていた。ディーンは率直に純真に問う。


「大丈夫なのか、純真?」

「何が?」

「会ったばかりの彼を信用して良いのか?」

「ああ。信用できると思う。この人が十年前に地球を救った日本人なんだよ。もしかして聞いた事が無い? 知らないのか?」

「そういう人がいたって事は知ってるけど……彼が? そうなのか?」

「多分。取り敢えず、一旦研究所に戻って、作戦を立て直そう。予想外の事が起こり過ぎた」

「そうだね……純真の意見に従うよ」


 ディーンは頷いて、動かなくなったビーバスター三号機と四号機を見る。二機からは既にエネルギー生命体の反応を感じない。ウォーレンは二人のエネルギー生命体を完全に奪い取ってしまったのだ。

 ソーヤは念のために四号機に近付いて、パイロットの生命反応を確認する。


「純真、ディーン! 生きてる!」

「何だって!?」


 ディーンは急いで三号機のランドの生命反応も確認した。


「こっちもだ!」


 ランドとミラは生きていた。ソーヤの乗るビーバスター五号機と、ディーンの乗るビーバスター二号機は、それぞれミラとランドのコックピットブロックを回収して両手で抱える。エネルギー生命体の力で、大気圏突入の高熱と圧力から、二人を守るために。


 諫村のオーウィル、純真のパーニックス、ソーヤのビーバスター五号機とディーンのビーバスター二号機、全四機は太平洋のサイパン島を目指して降下した。



 サイパン島上空に四機の影が映る。地上数キロメートルで、純真の乗るパーニックスに研究所から通信が入った。


「純真くん、どうしましたか?」


 上木研究員の声は緊迫感に満ちている。NEOの破壊は確認されていない。つまり新討伐隊は任務に失敗したという事。それにしては三機が無事である……ばかりか、新たに一機が加わっている。

 純真は彼女にどう説明したら良いか迷い、自信の無さそうな声で応えた。


「任務は失敗しました……。ウォーレンがランドとミラの二人分のエネルギー生命体を吸収して、パワーアップしたんです。俺たちでは勝てませんでした」

「そうですか……。残念ですが、仕方ありません。それはそれとして、あなたたちが連れているロボットは何者ですか?」

「上木さん、驚かないでください。イサムラ・タダシです。彼が帰って来たんです」

「イサムラ……? 諫村、タダシ?」

「嘘や冗談なんかじゃありませんよ。上木さん、まだ希望はあります」


 十年前に地球を救った英雄が帰還した。本来なら喜ばしいはずの報告だが、上木研究員は返答しない。

 彼女は純真の言葉を信じられなかった……が、パーニックスでもビーバスターでもない機体には見覚えがあった。忘れるはずもない。十年前に諫村忠志が乗っていたロボット――オーウィル!



 四機は研究所の隣のアメリカ記念公園に降り立った。

 そこで二機のビーバスターは、それぞれ大事に抱えていたコックピットブロックを下ろす。すぐに救急隊員がハッチを開けて、中のパイロットを搬送した。

 一方オーウィルは片膝を突き、胸部のハッチを開放してタラップを展開する。


 十年前の宇宙人と同じ黒いローブ姿の諫村忠志は、タラップを一段ずつ降りて地上に立った。武装した警備隊が彼を警戒して出迎える。諫村はつまらなそうな目で警備隊を見た後、その後方の研究員たちに視線を移した。

 彼は上木研究員と目が合うと、小さく笑みを浮かべる。その反応に上木研究員は警備隊を押し退けて、諫村に駆け寄った。


「タダシ!」

「君が上木新理か?」


 彼の問いかけに、上木研究員は怪訝な顔をする。


「タダシ?」

「私は諫村忠志ではない。彼の分身だ。私は諫村忠志の体と記憶を借りて、地球に派遣された。諫村忠志の本体は、今も遠い宇宙の彼方……シリウス星系でエネルギー生命体の群れを率いている」


 二人が話している間、ソーヤとディーンは海中から地下格納庫に帰還する。純真は英語で指示を出すオペレーターを無視して、諫村と上木研究員を静かに見守った。


「あなたはタダシじゃないの?」

「そうだとも言えるし、そうではないとも言える。諫村忠志としての反応を求められているのであれば、その様にするが……」


 上木研究員は落胆の色を顔に表して、小声で答えた。


「そうして。その方が面倒な説明を省けるから」

「分かった。新理、久し振りだな。元気だったか?」


 急に態度を変えた諫村に、彼女は驚いて苦笑いしながら赤面する。


「それはズルいよ……」

「どうした?」

「何でもない。少し背が伸びた?」

「ああ。体は人間だから、十年も経てば少しはね。新理も変わった。一目では分からなかったよ」

「何もできないままの私でいたくなかったから……」


 純真はパーニックスの中から、諫村に宿っているエネルギー生命体の強大さを感じ取っていた。彼になら自分の中のエネルギー生命体を託せるかも知れないと、純真は期待する。


 果たして、十年前の英雄は今度も世界を救う英雄になってくれるのか……。

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