ウォーレンとの対峙

 その日の午後、純真は上木研究員に連れられて、研究所の適合者たちと顔を合わせる。本音では気が進まない純真だったが、どちらの言い分が正しいかを決めなければならないし、誤解があるなら解消しなければならないと、上木研究員に説得されて応じた。


 いつもの訓練室で純真は五人と対面する。ランド、ミラ、ディーンの三人は警戒を隠そうともしなかったが、ウォーレンだけは落ち着き払った顔をしている。ソーヤは相変わらず呆然と純真を見詰めているだけだ。

 ウォーレンの態度を純真は挑戦だと受け取った。彼は険しい目付きでウォーレンを睨む。

 上木研究員は純真の側に立ち、ウォーレンに説明を求めた。


「Warren, I'm ready to listen your excuse」


 ウォーレンは純真ではなく、彼女に対して答える。


「It was a small misunderstanding. We didn't have the resolve to kill him」


 英語が得意ではない純真だが、ウォーレンの態度と僅かに聞き取れた単語、そして適合者同士の共感から、彼が何を言っているかは理解できた。


「嘘を吐くな! 小さい? 『殺さなかった』だと? 『殺そうとしたけど失敗した』の間違いだろうが!!」


 純真は怒りのままに捲し立てる。話を理解されているとは思わず、ウォーレンは驚愕した。


「お前……」


 いつも純真を「君」と言っていたウォーレンが、初めて面と向かって「お前」と言った。英語的には同じ「you」でも、ニュアンスが違う。その僅かな違いも、適合者同士なら分かる。

 それが本性かと純真の中で敵意が増す。彼はウォーレンの怯みまで読み取り、勢いに乗って責めかかる。


「あんたは『危険だから殺す』と確かに言った!! 暴走が収まってた事も知ってたよなぁ!? 全部知ってた上でオレを殺そうとした!!」


 ウォーレンは純真から視線を外し、上木研究員に訴える。


「He is under the wrong impression, mad in anger」


 彼は徹底的に純真を無視して、第三者の理解を得ようとしている。これが純真の怒りを更に煽った。


「オレには分かるぞ! あんたが何を考えているのか、オレには分かる! あんたはオレが怖いんだ!」


 傍目には、明らかに純真が怒りに我を忘れている風に見える。それをウォーレンは計算しているのだ。ウォーレンは「ご覧の通りだ」とでも言いたげに上木研究員に視線を送る。

 上木研究員も純真の様子が普通ではないと感じている。

 だが、純真は適合者として覚醒しつつあった。彼の言葉は嘘ではない。超能力者の様に、本当にウォーレンの内心が分かるのだ。

 どうしたら信じてもらえるのかと、純真は必死に考えた。そして思案の末に、彼はウォーレンを挑発する。


「ウォーレン、オレを見ろ! オレの目を見て言ってみろ!! 逃げるな、卑怯者!」


 しかし、ウォーレンは乗らない。話し合う必要など無いと言わんばかりに、視線を逸らしている。

 その反応を上木研究員と他の適合者たちは怪しんだ。特に適合者たちは露骨に不安を顔に表す。そこまで宿しているエネルギー生命体に力の差があるのかと。今のウォーレンは純真の言う通り、逃げているかの様。

 ウォーレンも周囲の目を意識して、このまま純真を無視する事はできないと覚悟した。彼は視線を少し落として謝罪する。


「ああ、悪かった、純真くん。戦闘中の事だから、不用意な発言があったかも知れない」

「そうじゃないだろ?」


 ウォーレンは一歩譲ったが、純真は満足せずに踏み込む。

 そもそも純真は落とし所を決めていない。ここまで譲れば良い、何をすれば許すという事を全く考えていない。非情なのでも冷酷なのでもなく、そこまで考えが及んでいないのだ。年齢相応の浅慮である。

 それも見切って、ウォーレンは純真を諭す。


「戦闘中というのは、一種の興奮状態なんだ。君だって、何度も殺す殺すと言っていたじゃないか。言葉や行動、表現が荒っぽくなるのは、しょうがない事なんだ」


 だが、彼の心が読める純真には、表向きの言い訳は通用しない。ウォーレンは興奮状態で勢いのままに純真を攻撃したのではなく、冷静に判断した上で行動していたのだ。


「嘘は止めろ。これ以上、嘘の言い訳を続けるなら……」


 純真はウォーレンに向かって一歩踏み出した。威圧されたウォーレンは反射的に片足を引く。

 純真の口元に笑みが浮かぶ。彼はウォーレンの怯みを読み取った。自分の優位を確信した彼は二歩目を踏み出す。

 それに対してウォーレンは踏み止まり、護身用の拳銃を向けた。純真は驚いて足を止める。


「Warren!!」


 上木研究員が高い声を上げて制止するも、ウォーレンは見向きもせず純真を正面に見据えて話しかける。


「純真くん、君は自分の能力を分かっていない。君は恐ろしい力を秘めている。それを怒りに任せて人に向ければ、銃で撃たれても文句は言えない」


 相手は銃を持ち、自分は素手という状況では、多くの者は引き下がる選択をするだろう。優劣は逆転し、ウォーレンが主導権を握った様に見える。

 ところが、純真は対抗する方法を考えていた。そして彼は適合者の力を使う事を思い付く。覚悟を決めた純真は、再びウォーレンに向かって一歩ずつ確かめる様に足を進めた。

 彼の周囲の積み木やボールが、無重力空間の様に浮き上がって漂い始める。これは純真なりの威嚇だ。今の自分には、これだけの力があるのだというデモンストレーション。

 ウォーレンは驚愕を隠せない。上木研究員も純真を制止する。


「純真くん、止まりなさい!」

「大丈夫ですよ、上木さん」


 心配には及ばないと純真はウォーレンから目を離さず、上木研究員に告げる。そして高圧的な態度でウォーレンに迫る。


「ウォーレン、謝れ」

「……さっき謝ったじゃないか。悪かったって」

「いいや、心から謝っていない。あんたが何を考えているかって言っただろう?」


 ウォーレンは頑なに純真への謝罪を拒否した。彼は自分の優位が揺らぐ事を恐れていた。一歩ずつ近付いて来る純真を見て、ウォーレンは引き金にかかった指先に力を込める。


「純真くん、止めなさい! Stop Warren, too!」


 両者を止めたのは上木研究員だった。彼女はウォーレンに銃口を向けて、二人の間に割り込む。


「純真くん、これ以上は止めましょう」

「でも、上木さん……」

「不満はあるでしょうけど、ここは怒りを抑えて。仲直りが難しい事は分かりました。でも、二人を争わせるために会わせたのではありませんよ」


 上木研究員に窘められ、純真は矛を収めた。積み木やボールがバラバラと床に落ちる。

 それと同時に彼女はウォーレンにも言う。


「Warren, I'll report your behavior to the board. Mind you!」

「As you like」


 ウォーレンは銃を下ろし、寂しげな表情で訓練室を後にする。他の適合者たちも彼に続いて退室した。

 残ったのは純真と上木研究員の二人だけ。和解はならず、決裂はより決定的になってしまった。

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